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元人質が語る「ISが空爆より怖がるもの」

ブレイディみかこ在英保育士、ライター
(写真:ロイター/アフロ)

戦争や紛争とまでいかなくとも、例えば地べたレベルの喧嘩でも、普通は敵の欲しがるものは与えないのが戦いの鉄則だ。が、どうも対IS戦に限ってはこの鉄則が完全に無視されている。

ローマ教皇はテロを第三次世界大戦の一部だと言い、英国のキャメロン首相はISをヒトラーやナチに例える発言をしている。いくら何でも極端というか、「もっとパンチの利いたタイトルをください」と言われたライターが苦渋の末に思いついたような言葉を教皇や政治指導者まで使わなくとも。と思うが、ISに人質として捉えられ、彼らと共に過ごしたことのあるフランス人ジャーナリストによれば、こうした反応こそがISの大好物だという。彼はこう書いている。

ネット上のニュースやソーシャル・メディアを追い、今回のパリ襲撃後に書かれている様々の反応を見て、彼らはおそらく今「我々は勝利している!」と大声で連呼しているだろう。彼らは、すべての過剰反応、分裂、恐怖、レイシズム、排外主義の兆しに気分を鼓舞される。ソーシャル・メディアの醜さのすべてが彼らを惹きつける。

出典:The Guardian:"I was held hostage by Isis. They fear our unity more than our airstrikes” by Nicolas Henin

このジャーナリストは、人質として監禁されていた時に数多くのISのメンバーと知り合い、先日ドローンで殺されたジハーディ・ジョンとも「ハゲ」と呼ばれた仲だったそうだが、彼が気付いたのは「非情な殺し屋」「冷酷な戦士たち」といったISのイメージはPR・マーケティング戦略の賜物で、一人一人はみな非常に子供っぽく幼稚だったという。「イデオロギーと権力に酔っているストリート・キッズ」という感じだったそうだ。時折、彼らは人質を相手に「メンタル拷問」を行ったそうだが、その言動の幼さに笑ってしまうこともあったという。

彼らはよく「疑似処刑」をやったものだった。一度、彼らは僕にクロロホルムを嗅がせた。別の時は、斬首を真似た。フランス語を喋るジハーディストたちが「我々はお前の首を切って、それをお前の尻の穴に入れた動画をYoutubeに投稿してやる」と叫んでいた。それぞれ手にアンティーク・ショップで買って来たような刀を握って。こちらもそのゲームに乗って叫んでやったら、彼らは笑っていた。楽しそうだった。彼らがいなくなるとすぐに、僕はフランス人の人質のほうを見て笑った。あまりにバカらしかった。

出典:The Guardian:"I was held hostage by Isis. They fear our unity more than our airstrikes" by Nicolas Henin

偏執的なほどニュースが好きという彼らは、その全てを自分のフィルターに通して読んでいて、陰謀によって全てが繋がっていると信じ、世の中には矛盾が存在するということを受け入れなかったという。「全世界のムスリムVSそれ以外の人々(十字軍)」という構図を狂信する彼らは、たとえどんなことが起こっても、それはアラーの祝福であり、すべてが正しい方向に進んでいると信じるそうだ。無敵の楽観主義者である。だが、そんな彼らにも弱点はあるらしい。

彼らの世界観の中核を成すものは、ムスリムとその他のコミュニティーは共存できないというものだ。そして彼らは毎日アンテナを張り巡らせて、その説を裏付けする証拠を探している。だから、ドイツの人々が移民を歓迎している写真は彼らを大いに悩ませた。連帯、寛容、・・・・それは彼らが見たいものではない。

出典:The Guardian:"I was held hostage by Isis. They fear our unity more than our airstrikes" by Nicolas Henin

彼は自分の国であるフランスが標的にされたことをこう分析している。

なぜフランスが狙われたのか?その理由はたくさんあるだろう。だが、僕が思うに、わが国は彼らに欧州の最弱リンクと見なされている。最も分断の裂け目が作りやすい場所だと思われているのだ。だからこそどういうリアクションを取ればいいのかと聞かれたら、僕は慎重に行動するべきだと答える。それなのに、我々のリアクションは空爆強化である。僕はISのシンパではない。僕がそうなる筈がないではないか。だが、僕の知識のすべてが、この反応は間違いだと告げている。(中略)僕はカナダのようにフランスにも空爆離脱して欲しい。理性的にはそれは可能だと思うが、プラグマティズム的には不可能だ。

事実は、僕たちは身動きできないということだ。僕たちはISがしかけた罠にはまっている。

出典:The Guardian:"I was held hostage by Isis. They fear our unity more than our airstrikes" by Nicolas Henin

彼の説が正しければ、それでなくとも難民問題で排外主義が高まって殺伐としている欧州は、まさにISが求める「ムスリムVSその他」の様相を呈しており、「だんだん本当のことになってきた」と彼らを興奮させているだろう。これに「正義の反撃」を謳う西側の空爆が怒涛化すれば、彼らにとっては歓喜の状況だ。彼らのドリームが現実に、妄想がリアルになる。

フランスどころか、世界が彼らのしかけた蜘蛛の巣にかかっているようだ。

ジハーディ・ジョンは人質ジェームズ・フォーリーにナイフを向けて言った。

「オバマ、中東への介入をやめろ。さもなくば彼を殺す」

彼は人質の運命を知っていた。そしてそれに対する米国のリアクションが爆撃であることも。彼らはそれが欲しいのだ。それなのに僕たちはそれを彼らに与えるべきだろうか?

出典:The Guardian:"I was held hostage by Isis. They fear our unity more than our airstrikes" by Nicolas Henin

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この元人質のジャーナリストが書いた記事を読んだとき、わたしの頭にはバンクシーの有名な作品が浮かんでいた。

「ISのメンバーたちを悩ませたのはドイツ国民に歓迎される難民の写真だった」と書いてあったからだ。

どうせ投げるなら彼らが一番怖がるものを。
どうせ投げるなら彼らが一番怖がるものを。

英国でも空爆に参加するべきか否かが政治の焦点になっている(タックス・クレジット問題はどこに消えたのだろう)。

英国もまたブレア元首相の過ちを繰り返すのだろうか。

あれだけ後でボロクソにけなしたくせに、あれでブレアを大嫌いになったくせに、違う方向に足を踏み出す勇気がないから、また同じことをするのだろうか。

ガーディアン紙のサイモン・ジェンキンズの言葉が印象に残った。

今週のISへの対応は、聖戦を遂行しているという彼らの主張を有効化するものだ。

どうして我々は彼らに勝たせようとする?

どうして我々は静かに軽蔑する強さを持てないのだ?

出典:The Guardian:"Terror can only succeed with our cooperation" by Simon Jenkins

在英保育士、ライター

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)、『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)、『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。

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