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左派はなぜケルンの集団性的暴行について語らないのか

ブレイディみかこ在英保育士、ライター
ドイツの難民受け入れ反対デモ(写真:ロイター/アフロ)

大晦日にケルンで起きた集団性的暴行事件で、「容疑者のほぼ全員が外国出身者」と州当局が発表している。これを受けてドイツは年初から連日、大勢の移民をオーストリアに送還しているというし難民のアパートが放火されているという報道もある。

ケルンでの事件は難民受け入れ反対派にとってはクリスマスとイースター(日本なら盆と正月)がいっぺんに来たような出来事だが、これは左派にとっては由々しき問題である。ガーディアン紙のDeborah Orrは「レフト」と「ハルマゲドン」を合わせた「レフタゲドン」という言葉でこの事態を表現している。

ああ何てこと。これはレフタゲドンだ。プログレッシヴなハートが大切に思う2つの事柄が互いに戦わされている。一方には、我々女性が自分のしたい格好をして自由にストリートを歩き回っても、性的に誘っているなどと見なされるべきではないという女性の権利。そしてもう一方には、女性や男性や子供たちは戦争や抑圧から逃れることができ、彼らは受け入れ国で寛容かつ考えの甘い現地の人々につけ込む寄生虫のように扱われるべきではないという人間の権利。

これはトリッキーだ。

出典:Guardian:Deborah Orr ”The left must admit the truth about the assaults on women in Cologne”

昨年からの難民問題の流れや、率先して難民を受け入れていたドイツで起きた事件だったことを考えれば大々的に報道されるのも無理ないが、しかし、これを知った英国の人々の最初の反応は「ああ、来たか」みたいな既視感だったのではないだろうか。

というのも、ムスリム系移民による大規模な性犯罪は以前から起きていたからだ。

例えば英国では、サウス・ヨークシャー州ロザーハムでパキスタン系移民のギャングたちが約16年間にわたって実に1400人の十代の子供たち(最も年少で11歳)をレイプしたり、監禁したり、強制売春させていたことが明らかになって大きなニュースになったことがある。これだけの大規模な犯罪だけに、地元ではみんな薄々知っていたが、ムスリム・コミュニティーは英国人コミュニティーからのレイシズム攻撃を恐れて沈黙していたし、警察も「セックスは合意の上」として少女や親たちからの通報をまともに取り合わなかったと言われている。ムスリム・ギャングに囚われた自分の娘を奪回しに行った英国人の親が、逆にレイシズム攻撃をしたとして逮捕されたケースもあったという。どうにもやり切れないのは、被害者の女子たちの3分の1がソーシャルワーカーが介入している問題を抱えた家庭の子供だったことで、ミドルクラスの家庭の子たちが被害者であれば十何年もこうした犯罪を続けることができただろうかと思う。少女たちはギャングに洋服や欲しい物を買ってもらい、酒やドラッグを与えられ、集団レイプされ、殴られ、ピストルで脅されて北部の様々な街で売春させられていた。1997年から2013年まで続いたというこの組織犯罪については、2014年に報告書が発表されており、「レイシストだと言われるのを恐れていた」ために犯罪を半ば容認していた地方自治体の失態が指摘されている。

同様の組織犯罪事件はマンチェスターのロッチデールでも発生しており、9人のパキスタン系ムスリムの男性たちが刑務所に送られている。裁判所の外では極右政党BNPやEDLが「我々の少女たちはハラル肉ではない」などのスローガンで激しい抗議活動を行った。こちらでも、やはり「レイシズムが絡んだ複雑な問題だから」と福祉当局や警察当局が事件解決に弱腰だったことが指摘されている。

レイシズムだ、ポリティカル・コレクトネスだ、と、自分の体面ばかり考えてぐずぐずしている大人たちをバックに、少女たちが犠牲になり続けていたと思うとなんともやり切れない話だが、左派は往々にしてこうした事件について語りたがらない。もしかしたら、「下着同然の格好をして昼間っからストリートにたむろしている下層ティーンたち」にも「非がある」と思っているんじゃないかと訝りたくなるほどだ。一方では「女性がどんな格好をしてストリートを歩こうが非はない」という女性の権利を信じているくせに、パキスタン系ギャングに狙われたティーンたちには「非がある」と思っているのだとしたら、これは左派のジレンマというより、単なるダブルスタンダードだ。

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ケルンの集団女性襲撃でも、左派からまず出て来たのは陰謀説だった。難民受け入れに反対する右翼が、わざと仕組んだ事件だったというのだ。

どうして左派にとって難民は「聖人」でなくてはいけないのだろう?彼らは「聖人」でも「悪魔」でもない。正邪入り混じった普通の人間だ。

前述のロッチデールの事件では、犯人の一人が「白人たちは、少女たちに早くからセックスさせ、酒を飲ませるから、彼女たちは俺たちのところに来た時にはすっかり準備ができている」と発言して大きな物議を醸した。

ムスリム家庭の少女たちが非常に厳格に育てられるのは真実だし、わたしの親友のイラン人も、彼女は相当リベラルな人だと思うが、やはり自分の娘が同級生たちのように制服のスカートをミニ丈にすることは絶対に許さない。

「体に染みついた文化と慣習は抜けない」と彼女は言う。

「前代未聞の難民問題」とか「欧州に極右台頭」とかいうセンセーショナルな報道が増えて一番困るのは、こうしたことを語ることそれ自体が「右翼的」と言われるために、目を瞑り、耳を塞ぐ人が増えることだ。だが、文化の違いは歴然として存在するし、砂の中に頭を埋めるのではなく、声をあげてその違いを語り合わなければ、「聖人」または「悪魔」程度のレベルでしか相手を理解することはできない。

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だが同時に、ケルンでの事件を見て

「移民・難民の受け入れはミステイク」

などと声を張り上げるのも無意味だ。そんなことを今さら言ってももう遅い。

英国の例を見るだけでも、ケルンでの事件は何ら新しいことではないし、すでに多くの移民を受け入れている欧州の国々では、「レイシストと思われるから」大っぴらには語られなかったが、裏ではいろいろ起きているからだ。

だが、もっと根源的で、決定的な「今さらもう遅い」の理由は別にある。

こちらはガーディアン紙のGaby Hinsliffの言葉を借りたいと思う。

昨日、英国の複数の新聞が、移民・難民のことを「人口統計的な時限爆弾」と表現していた。移民・難民には圧倒的に若い男性が多く、若い男性は圧倒的に暴力的犯罪を起こす確率が高いからだいう。

それは知らなかった。これまでは、欧州が恐れる「人口統計的な時限爆弾」とは、高齢者への年金を提供する若年の勤労者が足りないということだったのだが。

出典:Guardian:Gaby Hinsliff "Let’s not shy away from asking hard questions about the Cologne attacks"

前者と後者の時限爆弾はリンクしている。

が、より大きいのは後者だ。

だから若い移民を受け入れることを「ミステイク」とか言っててもはじまらないのだ。

欧州だけではない。

自国の若者が家庭を持ち、子供を産んできちんと育てて行ける経済を選択していない国は、すべてこの爆弾を抱えている。

在英保育士、ライター

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)、『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)、『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。

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