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「個別対応はしない」KDDIの論理から見る日本の消費者

dragonerWebライター(石動竜仁)
ピンクがauの75Mbps対応のLTEカバーエリア。だが、iPhone5では……

iPhone5から5Sへ機種変

自分の携帯をiPhone5から5Sに変更して2週間以上過ぎた。割賦支払いの残債が1年分残っていたが、”パケ詰まり”と呼ばれる現象(特に電車での移動中の)でストレスを強いられ、肝心のLTEの電波はほとんど掴む事が無かったため、LTEのプラチナバンドである800MHz帯に対応したiPhone5Sに変更すれば、少しはマシになるのではないかと思ったからだ。出先で大量の写真や動画などのアップロードを行うには、3Gでは心許ないし実際に不便だった。その時はそんな軽い気持ちで機種変をした。

au版iPhone5Sの画面。LTEはiPhone5とは比較にならないほど快適
au版iPhone5Sの画面。LTEはiPhone5とは比較にならないほど快適

結果を言うと、iPhone5Sは別次元だった。購入当日には関越道で長野へ向かったが、常時LTEの電波を掴んでいた。今までLTEの波を掴む事は都内でも稀で、むしろ岡山等の地方都市の中心部の方がLTEを掴みやすかった。機種変した当初は快適さにニコニコしていたが、あまりの快適さに次第にある疑問が浮かんできた。iPhone5でも同等の高い金を払っていたLTEとは何だったのか?

今年の5月、KDDIに対して消費者庁が景品法表示違反で措置命令を出した。その理由は、LTEのカバー率の誤表記だ。

KDDIがiPhone 5で利用できるLTEカバーエリアについて、実際の計画より過大なカバー率と誤認させる記述をカタログやWebサイトに掲載して宣伝していたとして、消費者庁は5月21日、KDDIに対し景品表示法違反(優良誤認)で措置命令を出した。

同社は下り最大75Mbpsの「4G LTE」サービスについて「2012年度末時点で実人口カバー率96%に拡大」などとしていたが、これはAndroid端末の場合で、iPhone 5で下り75Mbpsを利用できたのは実際には14%に過ぎなかったという。

出典:iPhone 5のLTEカバー率誤表示でKDDIに措置命令 消費者庁 「96%」、実際は14%

つまり、iPhone5で使える75MbpsのLTEのカバーエリアは、KDDI主張の7分の1のエリアしかなかったのだ。サービスの公証と実態の差が、ここまで大きい事例はあまり聞かない。消費者庁の措置命令も妥当なものだろう。KDDIはこの措置命令を受け、役員報酬の一部返上などの「処分」を行った。

この話は5月に報道された段階で知っていたが、「まーそんなもんか」程度にしか思っていなかった。しかし、iPhone5Sの快適さを体験するにつれ、同じLTEサービスに加入しているのに、その内容のあまりの違いに納得いかない思いが募っていた。そこで、微々たる金額にしかならないが、3GサービスとLTEの差額分について返金・補償は可能なのか、KDDIのお客様センターにメールフォームから問い合わせた。返ってきた答えは、「弁解の余地もない」と完全に非を認めつつも、「お詫びの言葉しかございません」と本当に言葉だけで終わってしまった。この程度は予想の範囲内だったので、次は直に本丸を攻める事にした。KDDIの代表電話からお客様センターに繋いでもらい、正社員(と思われる)の担当者と直接電話で話すことにした。そこで明らかになったのは、KDDIの驚くべき認識だった。

送った1万円クーポンはお詫びの品

名乗った担当者はLTEサービスの誤表記について説明・謝罪した後、「お客様にお詫びとして、割引クーポンを送った」と言った。

これを聞いた時は驚いた。確かに以前、auが販売するiPad/iPhoneなどで使える割引クーポンが、私宛にも送られてきていた。同様の経験はauの契約者の方なら覚えのある方が多いと思われるが、それはあくまで顧客向けキャンペーンの一環なのだと思っていた。第一、同封の書状には一切LTEエリアの誤表記問題について書かれておらず、謝罪の言葉も何一つ書かれていなかった。問題の責任の所在や、対応の経緯についても書かれてない。これでKDDIの謝罪だと理解することはまず無理だ。ただ一方的に有効期限付きクーポンを送っただけで謝罪のつもりとは、一体どういう了見なのだろうか。この事を指摘すると、担当者はただちに謝罪したが、それ以前はクーポン送って解決していたと信じきっていたと白状しているようなものだ。この顧客を露骨に舐めきった態度に、返金の問題以上に怒りを覚えるようになった。

約款に契約者と個別対応するとは書いてない

いくつかのやりとりを経て、結論が伝えられた。「今回の件で個別対応はしない」と。

しかし、KDDIの「au(LTE)通信サービス契約約款」には損害賠償の規定が存在する。契約者はその条件に当てはまるなら、損害賠償を請求することができる。以下に引用してみよう。

第74 条 当社は、au(LTE)通信サービスを提供すべき場合において、当社の責めに帰すべき理由によりその提供をしなかったとき(その原因が協定事業者の責めに帰すべき理由による接続専用回線の障害であるときを含みます。)は、そのau(LTE)通信サービスが全く利用できない状態(その契約に係る電気通信設備によるすべての通信に著しい支障が生じ、全く利用できない状態と同程度の状態となる場合を含みます。以下この条において同じとします。)にあることを当社が認知した時刻から起算して、24 時間以上その状態が連続したときに限り、その契約者の損害を賠償します。

出典:au(LTE)通信サービス契約約款

今回の件はKDDIに責任の全てがある。サービスインしたエリアの7倍も過大に盛った宣伝をし、サービスを提供しているとした地域でサービスを提供しておらず、その期間は長期に及んでいた。文面について解釈の余地があるものの、そこは契約者同士で詰めていく問題だ。この約款に則った損害賠償のスキームを要求したが、そこでも「個別対応はしない」の一点張りだった。

「この約款はKDDI側が定めたもので、損害賠償のスキームも提示してあるのに、それに応じないのはどういうことか?」と尋ねた所、驚くべき答えが返って来た。

「約款に個別対応するとは書いてない。個別に対応はしていない」

あまりの言葉に耳を疑ったが、要は個人客の相手はしないとのことだった。だが、契約書にそのような文言は無い。「契約とはKDDIと個人が結ぶものなのに、それで個別に対応しないとはどういうことだ。それで、どうやって賠償に応じているんだ」と問い詰めても、「個別対応はしない」を繰り返すだけであった。個別に対応しないのに、なぜ個人客相手の約款に賠償規定なんてものがあるのだろうか?

契約書に書いてある事に応じる気配を見せず、埒が明かないので電話を打ち切り、KDDIのCSR・環境推進室に電話をかけた。「私の解釈では個人客とKDDI間の契約になるはずだが、貴社のコンプライアンス(企業の法令遵守)上はそうでないのか」と確認したところ、CSR担当者は個人客とKDDIが契約関係にあることを認め、折り返し電話をかけると約束した。

その後、お客様センター担当者からまた電話がかかってきた。先ほどと同じ担当者は、少ししおらしさを装ったトーンでこう話した。「先ほどの問い合わせですが、個別に対応をしないのではなく、”今回の件では”個別に対応しないとのことです」。初めて聞いた話だ。約款の内容について話そうとしても、一貫して「個別対応しない」しか返さなかったのに、今になって「今回の件は約款に該当しないと考えており~」と約款の解釈について話し始めた。だが、何もかも遅すぎる。

個別対応しないとのことだが、先に謝罪だと送ったクーポンは、送った客と送っていない客がいることをこの担当者は認めていた。「お客様の使用状況は分からないので」個別対応しないという説明だったが、じゃあなぜ個別に客を選別してクーポンを送りつけていたのか。話にまるで説得力が無い。

今回の件で、auのiPhone5利用者に何一つ落ち度は無い。全てはKDDIの落ち度によるものだ。96%のエリアで使えるとしたサービスが、14%しか使えなかった事に対して契約に定められたスキームでの補償処理を求めたが、約款の解釈上の説明もなく対応を当初は拒否された。担当者はベストエフォートと繰り返していたが、ベストエフォートとはサービス品質補償が無い事を指す用語であり、そもそもサービスインすらしていない物に適用できるものではない。そう指摘しても要領を得ない答えしか返ってこない。

そして、KDDIの認識が垣間見える言葉もその担当者は残していた。

「今回の件では既に消費者庁から措置命令を受けているが、個別対応しろとは指示されていない。よって個別対応はしない」

意識が完全に監督官庁のみに向けられており、顧客への配慮を窺わせる言葉は何一つ無かった。

要は、一般消費者は舐められているのだ。

このようなKDDIの姿勢は他にも見て取れる。大企業向けへの特別対応がそれだ。

JR名古屋駅前のトヨタ自動車が入る高層ビル内の奥まった場所にある、電波が届きにくそうなトヨタ役員が記者会見で使用する会議室では、くっきりと「LTE」表示だった。同じく名古屋駅近くの電波環境が良いと見られるホテルではauのiPhone 5は「3G」表示だったが、ソフトバンクのものは「LTE」表示だった。

これらの疑問についてKDDI広報に聞くと、トヨタへは「特別対応」しているという。トヨタはKDDIの大株主であり、業務用携帯はauを使っているからであろう。

出典:auのKDDI、あきれた二枚舌営業〜購入時に虚偽説明、強いクレームには特別に補償対応

なお、この問題について書いた上記の井上氏の記事において、KDDIの担当者は個別に対応して返金を行っている旨を述べている。つまり、組み易しと見た顧客には「個別対応はしない」と嘘をついているということだ。

消費者問題に関心の無い日本の消費者

KDDIの消費者へと背を向けた対応の数々に辟易としたが、これは消費者側の問題によるところも大きい。海外の旅行事業者への調査で、日本の旅行者はサービス提供者に対しては文句を言わないが、ネットなどで悪評を書き立てる傾向があるとされる。これは一般消費についても同様の事が言える。2chにしろ、SNSにしろ、ネット上には企業のサービス・製品への悪評に満ちている。しかし、消費者は悪評を吐き出して気分を晴らすが、書いた悪評にはそれだけの効用しか無い。ホテルや飲食業などの代替選択肢が多い業界なら、悪評はサービス改善に効果があるかもしれない。しかし、寡占状態にある業界ほど、または生活インフラに近い業界ほど、悪評による改善効果は期待できない。つまりは、今の携帯業界だ。

日本の消費者の発言力の弱さは、消費者の関心の無さに直結している。アメリカの消費者団体であるコンシューマーズ・ユニオンが発行する「コンシューマー・レポート」は世界的に影響力のある商品評価月刊誌として知られている。独自の試験設備を持ち、製品調査に年間2,100万ドルの予算をかけており、定期購読者は雑誌・オンライン版合わせ700万人と消費者からの信頼も厚く、企業に対してはサービス向上、政府に対しては規制法令の整備を訴えかけるなど、アドボカシー活動を積極的に展開している。

コンシューマー・レポートの表紙。公称部数700万部(虚偽記載ではない)(Wikipediaより)
コンシューマー・レポートの表紙。公称部数700万部(虚偽記載ではない)(Wikipediaより)

これに対し、日本で見られる商品評価雑誌は、中立的・科学的評価を辛うじて行っていた独立行政法人国民生活センター「たしかな目」があったが、発行部数は低調で2008年4月には廃刊となっている。後は、企業の広告てんこ盛りの、中立性は極めて怪しい雑誌しかない。国民生活センターは独法化によりますます予算が削られており、その予算総額はコンシューマー・レポートの年間調査費を割りそうなレベルにまで落ちている上、業界団体から献金を受けた国会議員により、国会で攻撃も受けるなど前途が危うい。だが、これら日本の消費者問題の現状は、消費者の無関心が招いた面も大きい。「コンシューマ・レポート」の10分の1でも「たしかな目」が売れていれば、今より少しは状況が変わっていただろう。

話をauのiPhone5に戻そう。個別対応はしない(でも個別に一方的にクーポン送る)不思議な対応をしているKDDIだが、この問題でauのiPhone5購入者は、相当数が影響を受けている。公称値を信じて買ったが、公称値の7分の1エリアのiPhone5と、公称値通りのiPhone5S。この2つの実質料金は変わらないという理不尽はKDDI側の責に帰す問題だが、不満の声を上げる人は数少ない。個別に交渉しないとは集団での交渉には応じることなのかもしれないが、KDDIはそうされないと高をくくっているのだろう。

商品の購買を巡るトラブルは日常的に存在する。だが、我々消費者はそのことを当然と思ってはいないか。企業間取引において、公称値の1割程度の性能しか出ない製品を受け取ったら訴訟トラブルに発展しかねないが、こと一般消費者向けについてはそれがまかり通っている。我々はこの状況を座視していて良いのだろうか。

Webライター(石動竜仁)

dragoner、あるいは石動竜仁と名乗る。新旧の防衛・軍事ネタを中心に、ネットやサブカルチャーといった分野でも記事を執筆中。最近は自然問題にも興味を持ち、見習い猟師中。

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