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裁判所がかつてない迅速な対応を始めた「1人1票」訴訟

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授
「違憲状態」の国会に正当性はあるのか…

日本のどこに住んでいても、国民は等しい「1票」を行使できるーーそんな、民主主義国家として当たり前のことが、ようやく実現するかもしれない。弁護士の有志らが、等しい「1人1票」を求めて全国各地で起こした裁判は、かつてないスピードで審理が始まろうとしているのだ。

昨年12月16日に行われた第46回衆院議員総選挙は、最高裁に「違憲状態」と指摘された区割りのまま実施された。翌17日、弁護士グループは、この選挙は無効だとしてやり直しを求める27件の訴訟を東京、大阪、名古屋、福岡など全国14の高裁・支部に合わせて27件の訴訟を一斉に起こした。

弁護士グループの中心となってきた升永英俊弁護士は、次のように指摘する。

「議会制民主主義においては、国会での多数決で物事を決めていくが、それが正当化されるのは、主権者である国民の多数意見を反映しているから。ところが日本では、国民の少数が国会議員の多数を選んでいる。これでは、国民主権とは言えない。憲法は投票価値の平等を求めている」

裁判所の対応は、訴えを起こした弁護士たちも驚くほど迅速だった。提訴の翌日には札幌高裁から、翌々日には仙台高裁から、地元の弁護士に期日を入れる打ち合わせの電話が入った。そして、今年1月15日の札幌高裁を皮切りに、23日仙台高裁、25日東京高裁、28日高松高裁、仙台高裁秋田支部、名古屋高裁金沢支部など、次々に口頭弁論期日が決まった。原告側は1回での結審を求めており、早ければ2月、遅くとも3月には続々判決が出される見通し。ちなみに、2月12日に弁論が行われる大阪高裁は、すでに3月26日に判決を言い渡すことが決まっている。

公職選挙法213条は、選挙無効などの裁判は「訴訟の判決は事件を受理した日から100日以内に、これをするように努めなければならない」「他の訴訟の順序にかかわらず速かにその裁判をしなければならない」と定めている。裁判所は通常、受理した順番に対応をする。国政選挙の有効無効を判断する裁判だけは、他の事件を飛び越して審理を行い迅速に結論を出すよう求めているのは、選挙が違憲違法だった場合に、それによって選ばれた議員が国政を担っている状態を早く解消するためだろう。

それでも、これまでの同種事案では、原告側の主張を門前払いしたもの以外は、最高裁判決が出るまでに年単位の時間がかかっている。比較的迅速に行われた最近の事例でも、民主党への政権交代が行われた2009年8月の第45回総選挙の時は1年半、2010年7月の第22回参議院議員選挙でも2年3か月かかった。

しかし、升永弁護士は、「今回は、最高裁も9月頃には判決を出すのではないか」と、期待を高めている。

この裁判所の姿勢の背景には、公選法の規定の他に、2つの特筆すべき事情がある。

司法をなめきった国会の対応

1つは、司法判断に対する国会の反応の鈍さだ。

09年の総選挙では、一票の格差は最大2.30倍だった。高知3区の有権者が1人1票を持つのに対し、千葉4区の有権者は0.43票しか持っていないことになる。11年3月24日に言い渡された最高裁判決は、これを「違憲状態」と判断。格差の原因ともなっている「1人別枠方式」(注1)の廃止を求めた。

ところが、国会はこれを放置。「違憲状態」の国会で「違憲状態」の議員が総理大臣に選ばれ、国政を運営する状態が続いた。それを考えると、少なくとも最高裁判決が出た後の民主党政権は、「違憲状態政権」だったと言わざるをえない。

国政が混乱するなどの影響を恐れてだろう、裁判所はこれまで、選挙の「違憲状態」は認めても、選挙無効は認めてこなかった。「合理的時間内に是正がされてなかったものということはできない」など、あれやこれやの事情を見つけて、選挙のやり直しまでは求めずにきた。

このような司法の配慮(もっと率直に言えば、腰の引けた態度)をいいことに、国会、とりわけ政権与党は「違憲状態」を放置してきたのだ。さすがに衆議院解散間際には、いわゆる0増5減などの小手先の法改正を行った。だが、この改正は最高裁判決の主旨を反映していないうえ、今回の選挙では区割りが間に合わなかった。

最高裁判決から1年8か月もの時間がありながら、結局、「違憲状態」のままの選挙が強行された。格差は09年より拡大し、2.42倍。高知3区と比べた格差が2倍以上となった選挙区は、72に上った。このような選挙の小選挙区で当選した300人は、「違憲」議員と呼ばざるをえない。「違憲」議員が大半を占める「違憲」国会によって、内閣総理大臣が選ばれ、予算が作られ、法律が制定され、条例が批准される。果たして、その活動に正当性はあるのだろうか。しかも、今の「違憲」政権は、国の枠組みを決める憲法改正まで踏み込もうとしている。

裁判所としては、これほどまでに司法をなめきった国会の対応は看過できないはずだ。

国民審査がもたらすプレッシャー

もう1つは、先の衆院選の時に行われた最高裁国民審査

今回は、有効投票のうち罷免を求める×がつけられた割合(罷免率)は7.79~8.56%となった。前回は最も罷免率が高かった裁判官で7.73%。今回は10人の裁判官全員がそれを上回ったことになる。しかも、8人の裁判官が罷免率8%を超えた。

升永弁護士ら弁護士グループは、最高裁は前回の総選挙の「違憲状態」は認めたものの、等しい「1人一票」まで認めなかったのは問題だとして、新聞の意見広告などで再三にわたって、10人全員の罷免を求めてきた。また、総選挙の前に、私が裁判所の国民に対する情報提供の仕方や司法のあり方を理由に10人全員に×をつける「×10プロジェクト」を呼び掛けたところ、多くの反響があった。

今回の国民審査の結果は、裁判所へのプレッシャーになっているはず。とりわけ1人1票を巡る裁判に関しては、国民の視線を意識せざるを得なくなっているだろう。

日本は真の国民主権国家になりうるか

今後の注目点は、今回の訴訟で裁判所がどのような結論を出すか、だ。もし、「違憲状態」とした最高裁の判断を無視する形で強行した選挙結果を追認すれば、司法は国会に従属する存在に成りはてることになる。

そのような事態を避けるため、「違憲違法」もしくは、さらに踏み込んで「違憲無効」を判断することは、大いに考えられる。

升永弁護士らは、「違憲」の判断が出たら、ただちに国家賠償訴訟を起こすつもりでいる。かつて、在外投票を認めていなかった時期に、海外在住の人たちが起こした裁判で、1人5000円の損害賠償が認められたことがあった。1人あたりの賠償額は少額でも、多くの有権者が訴訟に参加すれば、総額としての賠償額は巨額となる可能性がある。

また、国家賠償法では、公務員に「故意または重大な過失」があった場合、個人に賠償金の支払いを求めることになっている。升永弁護士は、「『違憲状態』を放置していた国会議員には、故意があった、と言える。国会議員も、個人に賠償請求が来ることを考えれば、選挙制度の改革に取り組まざるを得ないだろう」と見る。

日本は、国会議員主権国家から国民主権国家へと脱皮できるかーーこれから始まる裁判は、そのきっかけになりうる。ぜひ、強い関心を持って注視していきたい。

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ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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