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裁判の「公開」とは何か~法廷メモを解禁させたレペタさんに聞く

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授
現在は明治大学で教鞭を執るローレンス・レペタさん

日本の裁判所では、かつて傍聴人のメモが禁じられていたことを知っているだろうか。許されていたのは、司法記者クラブ用の「記者席」に座った記者だけ。フリーランスの記者やノンフィクション作家を含めた一般傍聴人は、開廷中、メモも取らずにじっと座っているしかなかった。この状況を変えるために立ちあがったのが、アメリカ人の弁護士で日本の司法制度を研究していたローレンス・レペタさんだった。それから30年。法廷で公開された映像をNHKに提供した弁護士が懲戒請求をされるような日本の現状に、レペタさんは「日本は30年経っても変わりませんね」とあきれ顔だ。

メモの騒音で裁判ができない?!

レペタさんは、日本の国際交流基金から奨学金を受けるなどして、日本の経済法を研究していた。その一貫として、仕手集団「誠備グループ」の脱税事件に注目し、裁判の傍聴を重ねた。日本語でメモが取れる語学力はあった。ところが、裁判所はレペタさんにメモを禁じた。7度にわたって許可の申請をしたが、裁判所はいつも何の理由も述べないまま却下。法廷で裁判長に”直訴”もしてみたが、返ってきたのは、これ以上発言をすると退廷させる、という脅しだった。

レペタさんが書いた法廷メモ許可願い。「否」の所に判子が押されている。
レペタさんが書いた法廷メモ許可願い。「否」の所に判子が押されている。

やむなく、裁判を起こしたのは1985年3月。メモを妨げたのは、憲法21条(表現の自由)と憲法82条(公開の裁判)に違反するとする国家賠償訴訟だった。国側は、憲法21条や84条は、法廷においてメモをする権利まで認めたものではない、とし、メモをとられることで証人が萎縮する「おそれ」とか、法廷の静謐(せいひつ=静けさ)が害される「おそれ」などを並べて、メモの制限の正当性を主張した。メモを取ることで、審理に影響するような騒音が発生するのか…。こんな失笑したくなるようなバカバカしい主張が真顔で展開されたのだ。

裁判は、一審の東京地裁、二審の東京高裁とレペタさんの訴えは退けられた。レペタさんは最高裁に上告。その上告審の途中、最高裁が調査研究などの公益目的に限って、事前申請をした場合はメモを認める方向で検討中、という情報が流れた。だがレペタさんは、「傍聴人のメモは原則自由であるべきで、特別な場合のみ許すのは本末転倒。公益性があるかどうかを権力機関である裁判所が事前に審査するのは、検閲にあたる」と批判。あくまで、誰もがメモを取れる状況を求めて戦いを続けた。

最高裁が認めるや全国一斉に解禁

最高裁でようやくメモが解禁となった
最高裁でようやくメモが解禁となった

そして1989年3月8日、最高裁判決は、「上告棄却」で損害賠償は退けつつも、判決理由の中でメモ禁止は間違っていたと認めた。

〈傍聴人のメモが訴訟の運営を妨げることは通常はありえず、特段の事情がない限り、これを傍聴人の自由に任せるべきであり、それが憲法21条1項の規定の精神に合致する〉

〈裁判所は、今日においては、傍聴人のメモに関し配慮を欠くに至っていることを率直に認め、今後はこれに配慮しなければならないことを認める〉

午前10時に出されたこの判決は、たちまちのうちに全国の裁判所に通知されたらしく、各法廷前に掲げられている「傍聴についての注意」から、メモ禁止の表示が一斉に削除された。今、私たちが当たり前のように傍聴席でメモを取れるのは、レペタさんと代理人となった弁護士たちの戦いの成果だ。

人々から隠しておく仕組みが…

そのレペタさんと弁護士たちが書いた『MEMOがとれない・最高裁に挑んだ男たち』(有斐閣)には、こんな記載がある。

レペタさんと弁護士が書いた本
レペタさんと弁護士が書いた本

〈法定内メモに対する制限によって引き起こされる問題点のいくつかは、法廷記録を確かめることによって解決することができたはずである。しかし、ここで私は、もう一つの不可思議な障害を発見した。すなわち、日本では、裁判の当事者以外は、審理中の刑事事件の法廷記録を確かめることもまた禁止されていることを知ったのである。裁判所のシステムは、それがどのように働いているのかを日本の人びとから隠しておくように、注意深く仕組まれているようにさえ思った〉

刑事訴訟法では、確定後は「何人も」記録を閲覧できることになっているが、刑事確定訴訟記録法が出来てからは、閲覧が非常に難しくなった。同法が「公の秩序又は善良の風俗を害することとなるおそれ」「犯人の改善及び更生を著しく妨げることとなるおそれ」「関係人の名誉又は生活の平穏を著しく害することとなるおそれ」など、様々な「おそれ」を列挙して、その場合は閲覧させなくてよい、としたからだ。

残されたほとんど唯一の道は、当事者(もしくは弁護人)から記録を見せてもらうことだ。しかし、これも2007年の刑事訴訟法改正で閉ざされた。検察官が開示した証拠については、訴訟準備など以外で使う「目的外使用」を禁止する条項が加わったからだ。この禁止は、審理中だけでなく、確定後も続く。弁護士に関しては営利目的でない限り罰則はないが、当事者の場合は一年以下の懲役。それまでは、私も冤罪事件の取材で捜査段階の調書を読んで、その矛盾や変遷を検証することができたが、今ではそうした取材が非常に困難になっている。「目的外使用」とされるのを怖れて、弁護士が見せてくれないか、見せてくれたとしても、それが分からないようにしなければならない。

レペタさんが言う「裁判所のシステムがどのように働いているかを人々から隠しておく仕組み」は、以前よりさらに巨大かつ巧妙になり、国民の知る権利はどんどん狭められているのだ。

今は明治大学で特任教授として教鞭を執るレペタさんに、改めて日本の司法手続きについて尋ねてみた。

レペタさんに聞く

ローレンス・レペタさん
ローレンス・レペタさん

ーー4月のボストン・マラソン爆発事件では、アメリカの裁判所の対応にびっくりしました。ケガをしていた被疑者の病室を裁判官が訪れ、黙秘権などを告げる手続きを行った時には、その日のうちに速記録がネットで公開されていたんです。

「びっくりしないで下さい。手続きは公開なんですから」

ーー捜査当局も、FBIが被疑者に対する告発状をホームページで公開していました。当局が把握した事実を詳細に記した捜査官の宣誓供述書も添付されていて、本当に驚きました。

「手続きは公開なんですから、当然です」

米国では誰でも記録にアクセスできる

ーーアメリカでは、裁判所の手続きの公開はどうなっていますか?

「実際に確かめてみましょう。レッツ・トライ・グーグル。"court recors access"で検索すると、バーッと出てきます。たとえば、上の方に出てくるMinnesota州を見てみましょう。"Minnesota RulesOf Public Acces To records of The Judicial Branch"の"general policy"を読むと書いてあります。裁判所の担当者の所に行って、口頭でいいからこここれの記録を見せてくれ、と言えばいいのです。そうすれば、刑事でも民事でも記録は見られるし、コピーもできます。基本的にはすべて公開。ただし、DV事件の記録や法廷に証拠として出されなかった個人情報など、非公開のものもあります。例外については具体的に決められています」

ーー日本では全く見られません。

「30年前、それを知ってびっくりしました。メモが取れないのも信じられませんでしたが、それ以上に、記録を見ることができないのは問題だと、当時から考えていました。メモをとるより、裁判所の記録の方が詳細で正確なわけですから。それが見られないのでは、公開された手続きとは言えません。公開された裁判であれば、傍聴が自由にできるだけでなく、手続きの記録が誰でも見られるのが当然です

レペタさんが取り出した2001年11月5日付朝日新聞の記事
レペタさんが取り出した2001年11月5日付朝日新聞の記事

「ところで、これを知っていますか(と、左の新聞記事のコピーを取り出す)。平成13年に大阪の裁判所で刑事裁判を受けている被告人が、自分の裁判の記録をインターネットで公開しました。僕は、この記事を見て、『素晴らしい!』と思いました。無罪を訴えている被告人が、自分の運命がかかっている裁判が公正な手続きで行われているのか、できるだけ多くの人に見てもらってコメントが欲しい、という気持ちになるのは当然でしょう。

ところが、裁判所は『記録は裁判のみに使われるべき』と行って、弁護人に管理を徹底するように、と言うんですね。この当時は、目的外使用禁止の規定がなかったので、何の問題もないのに、裁判官は『弁護人の管理が悪い』と。そうすると、依頼人である被告人に記録を渡さない弁護人も出てくるでしょうし、いったいこの国はどうなってるの?と思いましたよ」

証拠が全て開示されなければ公正な裁判はできない

ーー裁判員裁判の導入に伴って、公判前整理手続きが行われるようになり、その際、証拠開示の幅を広げるのと引き替えに、「目的外使用」禁止の規定が入れられてしまいました。

「そもそも、国が被告人に有利な証拠を持っているのに弁護人に見せないなんて、これほどアンフェアな手続きはありませんね。アメリカでは、絶対に許されません。公正な裁判ができるはずがないじゃないですか。これでは、ラスベガスのカジノと一緒。必ずカジノが勝つようになってるんですよ。公判前整理手続きが出来て、前よりは改善されましたが、今でもすべての証拠を見せる義務はないようですね。これでは、フェアな裁判はインポッシブルです」

「『目的外使用』で驚いたのは、僕が法科大学院で教えていた時のこと。弁護士が中心となって法律相談所を作ったんですね。相談にくる依頼者を、弁護士の指導に基づいて学生が対応する。ところが、刑事事件をやる時に、弁護士が検察庁に証拠の開示を求めたら、『学生には見せないと約束しない限り、開示できない』って言われたんですね。実践的な教育は最も価値が高いのに、記録を見なければ何もできません」

ーーアメリカでは、どうなってますか?

「もちろん記録は見られます。検察とpublic defender(公設弁護士)の両方に学生がついていて、法廷に出て主張をすることもやります。検察庁には常にロースクールの学生がアルバイトのような形でアシスタントとして働いています。現場で、資格を持っている人のもとで教育されるのが普通です」

ーーそういうことも、日本では「目的外使用」と…

「信じられません(苦笑)」

日本は「非公開」が原則?!

ーー日米で、裁判の「公開」の意味が全然違うようですね

「アメリカでは、原則公開で、ちゃんとした理由がある時だけ例外的に非公開。日本は逆です。原則は非公開。できるだけ非公開にする。ただ、憲法82条に裁判は公開にすると書いてあるので、仕方なしに傍聴人は入れて、最小限の公開をしている、と思います。だから僕が30年前に裁判所に行った時に、傍聴席に座ってもいいけど、『メモ?何考えてるんだ。そんなのダメだ』と。そういう考え方。素晴らしい弁護士がすばらしい準備書面を書いて、やっと憲法21条に照らして傍聴人のメモは尊重しなければならない、となったけれど、記録を見るところまではいかない。ジャーナリストに記録を見せちゃいけないなんて、実際は非公開と同じですね。『裁判の公開』は、裁判という手続きを公開するんですよ。法廷という部屋のドアを開けておけばいい、というものじゃない。記録を見られなければ、どういう証拠が出たのか分からないじゃないですか」

ーー大阪の弁護士が、法廷で再生された取り調べのDVDをNHKに提供したのは「目的外使用」だとして、検察に懲戒請求されました。すでに無罪が確定している事件です。

取り調べDVDをNHKに提供した佐田元弁護士を、レペタさんは絶賛
取り調べDVDをNHKに提供した佐田元弁護士を、レペタさんは絶賛

「この弁護士がNHKにDVDを提供したのは、立派なことだと思います。NHKで放映されれば、多くの人が日本の刑事裁判について理解できます。刑事裁判の目的は公正な裁判で有罪か無罪を決めることですが、もう一つ、それを公開することによって公正な手続きが行われるか市民がチェックすることも大切です。この弁護士は、市民が刑事裁判や手続きを理解できるよう、大きな貢献をしました。検察官は、どうして刑事裁判を公開しなければならないか、よく考えて欲しい。一人ひとりの検察官は一生懸命仕事をしていると思うけど、一般の人が刑事手続きを信用するためには、できる限り公開にして、公務員は、どういう裁判が行われているかを説明する義務があります」

ーー記録をオープンにすると、関係者のプライバシーや名誉毀損の問題がある、と言われます。

「法廷はプライベートな場所ではありません。道を歩いていてプライバシーを期待できないのと一緒です。もちろん例外はあります。しかし、原則は公開です。名誉毀損に対しては、民法があります。名誉毀損は不法行為ですから、ちゃんと処理ができるような法律が日本にはあるんです。ひょっとしたら不法行為があるかもしれないから、すべて非公開にしますというのは、全く適切ではありません。特に今回の出来事は、裁判は終わっていて、放映したからといって裁判の邪魔になることはありません」

「目的外使用」禁止は「知る権利」に反する

ーー被告人だった人も、DVDが放送に使われることは了承していたそうです。

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「誰も困らないじゃないですか。その一方で、一般の人が裁判について理解を深められるという利点があります。『目的外使用』の禁止は、国民の知る権利と矛盾しています。裁判は主権者である国民がちゃんと理解して、監督できるような形で公開されなければなりません。検察の対応は憲法21条に反していると思います。あなたのようなジャーナリストは、ちゃんと記録を見なければならないでしょう?」

ーーでも、こうやって弁護士に圧力をかけて、情報の手口を閉めちゃうんです。

「記者が報道しなければ、一般の人は刑事裁判がどうなっているのか分かりません。だから、こういう時、NHKは戦わなければならない。戦って欲しい。検察官も裁判官も神ではない。人間です。間違うこともある。悪いことをする人も出てくる。それはどこの国でもあります。だからこそ、そういうことが起きないためにも、できるだけ手続きは公開されていなければならない。ジャーナリストができるだけ情報にアクセスして報道できるようにしなければ、民主主義社会は機能しません

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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