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【PC遠隔操作事件】雲取山USBメモリの謎

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

威力業務妨害やウイルス供用など10の罪に問われた片山祐輔氏についての、3回目の公判前整理手続きが7月18日午前、東京地裁(大野勝則裁判長)で行われた。その後に行われた記者会見で、弁護人が特に熱を込めて語ったのは、犯人が雲取山の山頂に埋めたとするウイルスのソースコードなどが保存されたUSBメモリについてだった。

埋められたのはいつなのか?!

佐藤博史弁護士
佐藤博史弁護士

片山氏は、昨年12月1日の午前、この山を上ったことは認めている。検察は、その際にUSBメモリを山頂に埋めた、と主張している。

警察は、1月1日の犯人からのいわゆる「謹賀新年メール」を受けて、スコップを持って山に登ったが、山頂は地面が凍結していて歯が立たなかった。山荘でツルハシを借りて掘ったが、この時には発見していない。山頂から700メートル下った場所にある山荘で図っている気温の記録によれば、この日の最低気温はマイナス9.5度、最高気温はマイナス5.3度。一方、片山氏が上った昨年12月1日は、最低がマイナス10.6度、最高はマイナス0.9度だった。

12月1日の雲取山は雪も降る寒さだった(ヤマレコより)
12月1日の雲取山は雪も降る寒さだった(ヤマレコより)

「山頂は、これより1度低いとされている。片山さんが上った日は一日氷点下で、地面は同じように凍っていたはずだ。埋めることは物理的に不可能」と佐藤博史弁護士。公判前整理手続きでは、検察官に「まさか、片山さんがツルハシを持って登ったと主張するつもりか」と問い詰めた、という。

登山愛好家が登山記録を書き込むサイト「ヤマレコ」で、この日登った記録を見ると、途中で雪も降るほどの寒さだったようだ。ちなみに、「ヤマレコ」に載った雲取山山頂の三角点の写真を、犯人は1月1日の「謹賀新年メール」に利用している。

犯人が登ったのは「紅葉の初めの頃」?

さらに、弁護側は犯人の「ラストメッセージ」に注目する。これは、1月1日の「謹賀新年メール」に添付された暗号化されたファイル。雲取山山頂のUSBメモリや江ノ島の猫に取り付けられたSDカードに、暗号を解くキーがはいっていた。警察が、江ノ島の猫からSDカードを回収した後、解読した「ラストメッセージ」は、犯人のこんな言葉から始まる。

お疲れ様でした。冬山はいかがでした?私は紅葉の初めの頃に行ったので快適でしたが、雪が積もった山は大変だったと思います

これが事実だとすれば、犯人はもっと早い時期、11月の初めから中頃にかけてUSBメモリを埋めに山に登ったことになる。

また、1月5日の「延長戦メール」で、犯人はUSBメモリが見つからなかった理由について、こう書いている。

掘った穴が浅すぎました。

ネットで見た12月の写真だと、三角点の土台周りの土が風化して減っているようです。

これでは私の埋めたものは露出して拾われたか飛ばされたか・・・

この記述は、犯人が登ったのは12月より前という前提で書かれていると言えるのではないか。なので、元日までの一月以上の間に、土が風化してせっかく埋めたものが風に飛ばされてしまったのではないか、と犯人は推測しているように読める。検察側は、こうした疑問に、どう答えるつもりだろうか。また、12月1日に片山氏がUSBメモリを埋めた、という検察側の主張は、どの程度の証拠に基づくものなのだろうか…。

「片山さんが埋めた証拠はない!」

犯人から送られた媒体を埋めた場所を示す写真。
犯人から送られた媒体を埋めた場所を示す写真。

USBメモリの発見の経過も、未だ不明朗だ。江ノ島の猫からSDカードを回収する時には、DNA鑑定を考えてだろう、手袋など完全装備で慎重に扱っている状況が映像で記録されている。それに比べて、USBメモリの捜索や発見の経過については、1月1日の捜索について写真が添付された捜査報告書が未だ開示されていない、という。5月16日になって、突如、発見に至った経緯も、はっきりしない。

発見後に作成された報告書で、1月に未発見だった理由が絵入りで解説されているそうだが、斜めに掘ってしまったために発見できなかったという趣旨の説明には、佐藤弁護士は「どうやったらツルハシを使ってそういう掘り方になるんでしょうね」と皮肉たっぷり。

さらに、佐藤弁護士は、こんな仮説を提起する。

「犯人からのメールにあった山頂の写真は、山好きの人たちが自分の登山記録を書き込むサイトからダウンロードして使われていた。つまり、犯人は山に登らないでメールを送ることができた。実際には埋めておらず、その後の江ノ島の猫の写真をつけた『延長戦メール』を送ることまで計画して『謹賀新年メール』を送った可能性がある。そして、温かくなってから、犯人が埋めに行ったのではないか」

それは、片山氏が逮捕された2月10日より後のはずだ、というのが佐藤弁護士の推理だ。

いずれにしろ、弁護人は「片山氏がUSBメモリを雲取山に埋めたという証拠はない」と言い切る。今後の証拠開示の進み具合にもよるが、この問題は、もしかしたら検察側のアキレス腱になるかもしれない。

検察側は間接事実の寄せ集め、弁護側に課題も

また、犯人からの長文の「ラストメッセージ」が完成したのは、昨年12月31日の午後11時37分39秒。1月1日午前0時18分に「謹賀新年メール」が送信されていた。昨年の大晦日の夜は、片山氏は家で過ごし、家族と一緒に食事をして年越し蕎麦も食べ、紅白歌合戦を見ていた、という。母親の供述も一致しており、弁護人は「片山さんにはアリバイがある」と主張。

公判前整理手続きで、検察側は「証明予定事実をよく読んでもらえば、被告人が犯人であることは分かってもらえるはずだ」と述べた、という。これに対し、佐藤弁護士は「間接事実の寄せ集めに過ぎない」と批判した。

検察側は、直接証拠がないのを補うように、片山氏が犯人からのメールなどで使われていた言葉を検索した履歴があることを、証明予定事実の中で強調している。前回の記者会見で明らかにされた1月2日に「猫、首輪」という言葉を検索していた問題については、片山氏本人は、「覚えていない」と述べている、という。弁護側は、「その問題は、弁護団としても課題。検索に関しては、検察官が言うような言葉だけでなく、片山さんが犯人であれば、マルウェアやセキュリティについても調べているはずだ」として、それについての検索履歴も明らかにするよう求めたことを明らかにした。

次回の公判前整理手続きは8月22日に行われる。

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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