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【PC遠隔操作事件】初公判で被告人冒頭陳述を聞く

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授
東京地方裁判所
東京地方裁判所

片山祐輔氏を巡る刑事手続きでは、異例なことが多い。被告人自身が1時間にわたって冒頭陳述を行うというのも、かなり珍しいのではないか。冒頭手続きの中で被告人が長めの意見を述べることはあるが、私はこのような被告人冒頭陳述というのは初めて聞いた。

2月12日に行われた初公判。21ページに及ぶ被告人の冒陳では、検察側の訴追に対して、片山氏自身が一通りの回答をしている。よく覚えていることと曖昧なこと、あったこと、ありえること、ないことの違いを明確にしつつ、かけられた疑惑に丁寧に答えている。それは、どちらかというと「主張」と言うより、「説明」と呼ぶのがふさわしいように思えた。

ウイルスを作成したとされる時期に何をしていたか

たとえば、検察側は、片山氏は一昨年6月から、職場PCで仕事はせずに遠隔操作ウイルスiesys.exeの開発を始めた、と主張している。片山氏も、この時期はスランプで仕事はほとんど進捗していなかったことは認め、次のように書いている。

〈5 月、6 月ごろから業務でスランプ状態に陥りました。11 月からそれまで作ってきたものを土台に、新しく上から言われたとおりの改修や機能追加していくことが私の仕事でしたが、「前に作った部分に機能変更したら全体がうまく動かなくなった」「新規に作る機能部分もどこから手をつけていいのかラチがあかない」といった具合です。単純な私のスキル不足、一人で担当するにはシステムが大きくなりすぎていた、そういう事情もありました。次第に、「前に自分で書いたプログラムすら読めない、新しく書くのも困難」という不調の沼にハマっていってしまいした。

検察官の証明予定事実にはそのあたりの期間、「業務にほとんど従事していなかった」とされていますが、決して遊んでいたわけではなく、あくまで本来の業務を試行錯誤したり、前のものを作り直して後退したりと、苦しんでいました。その状況を報告せず、チェックが甘かったことから、できていないものを「できました」と報告する等、自分では抜け出せない状態になっていました。

しかし、乙社での人間関係は良好で、同僚の何人かとはプライベートでも遊ぶようになっていました。5 月の私の誕生日にはケーキを買ってきてくれたりもしました。

そういった雰囲気の良さと、実際の仕事の進捗に問題があることのギャップに追い詰められて行き、7 月から心療内科を受診するようになりました。〉

〈バグだらけだったとしても、私なりに作業を進めていたのであり、それなりの成果物は存在するのです。是非とも、当時の私の成果物が何だったのかを確認してほしいと思います。そうすれば、当時私がiesys.exeを開発作成していたのではないことが分かって頂けると思います。〉

「成果物」が残っているなら、それをきちんと点検することで、この点についての彼の主張の真偽は見えてくるように思う。

雲取山山頂の状況

犯人はこの写真でUSBメモリを埋めた位置を示した
犯人はこの写真でUSBメモリを埋めた位置を示した

2012年12月1日に雲取山に登った際、ウイルスのソースコードなどを入れたUSBメモリを頂上三角点のところに埋めた、という疑惑については、彼はこう述べている。

〈「その日私がUSB メモリを埋めた」と検察は主張していますが、どう考えても不可能です。私が山頂にいた30 ~ 40 分の間に1 人になったことはなく、最低でも3 人、多いときで6 ~ 7 人にはなっていました。面積が広いわけではない山頂で、誰にも見とがめられることなく穴を掘って何かを埋めるようなマネはできません。他の登山客と,「どちらからおこしですか?」程度の軽い会話もしましたし、カメラのシャッター押しをたのまれたりもしました。

地面を掘ることができたか?について。弁護側は地面は「凍結していた」と主張し、検察側は「凍結していなかった」としています。私としてはそもそも地面を掘って何かを埋めるという発想自体がなかったのでどっちなのかは分かりませんが、少なくとも山頂の土は多くの人が訪れて踏み固められた状態でした。フカフカの土などではない、固い地面だったと思います。仮に凍っていなかったとしても,スコップのような道具がなくては、(例えばそこらで拾った棒きれなどでは)穴を掘ることはできません。これは夏に行ったとしても同じだと思います。そして、私がスコップのようなものをかついで登った事実はありません。〉

これもまた、同じ頃にこの山を登った人から話を聞けば、彼の話の真偽は分かるだろう。警察は、登山客からも写真の提供などを受けているようだが、それに照らして、片山氏の話は不自然と言えるだろうか。

江ノ島では手袋をしていた?!

さらに、江ノ島で、グレイと呼ばれる猫に首輪をつけたことははっきり否定。江ノ島では「5~6匹の猫を10~15枚、私のスマホのカメラで撮りました」というものの、グレイの写真を撮ったかどうかは記憶が鮮明でない、という。

〈かなり後になって開示された防犯カメラ映像のDVD を面会室で見せてもらいました。グレイに触れた、抱いた、までは事実のようです。写真を3 枚「撮った」かどうかについては、防犯カメラの映像では必ずしも明らかではないようです。

それについても、撮っていない可能性があります。江ノ島にいたとき、屋外では防寒用に手袋をつけていました。写真を撮るなどスマホを使う際はタッチ操作できないので、いちいち手袋を外して使っていた覚えがあります。しかし、映像の中の私は手袋を外す行動をしていません。そうなると、あの場所でスマホを取り出して画面を見たかもしれませんが、操作せずロック画面で見られるメールかLINE の着信、または何かのアプリのプッシュ通知を確認しただけということになります。私のスマホのOS はAndroid4.0 でした。4.1 からは音量ボタンでシャッターを切る機能が追加されたそうですが、4.0 では画面をタッチするしかありません。〉

首輪を回収される直前のグレイ(ロケットニュースより)
首輪を回収される直前のグレイ(ロケットニュースより)

この映像は、法廷で再生されたが、片山氏とされる人物は、手の部分が際立って白く、手袋をしているように見える。そして、それを外すような動作は見られない。

このように、検察側の主張に対し、被告人は一つひとつ具体的に反論をしており、それを裁判では丁寧に検証していく必要がある。

取り調べをしなかったツケが…

それにしても、と思う。こういう作業は、本来、捜査段階で行うべきものではないのか。

本件では、捜査のかなり早い段階で、捜査機関の調書の作成の仕方に不信感を抱いた弁護人が、取り調べの録音録画を要求。それが実現すれば、黙秘権を行使せずに供述すると公言し、やらなければ取り調べを拒否する意向を表明していた。検察官に対しては、録音だけも行えば、取り調べに協力する旨を伝えた。

ところが、警察も検察も、その要望を拒否。そして、録音録画をした取り調べを行うより、取り調べを行わない道を選んだ。そのために、事実に関する片山氏の供述を全くとれずに終わった。彼の言い分と、客観的事実とをすりあわせ、それに矛盾があるのか、それとも説明は妥当なのかという検証を、捜査機関はまったくしなかった。その機会を放棄したのだ。そのため、検察は捜査段階で行えていたはずの証拠の吟味を、十分に行えないまま、公判に臨むことになってしまったのだろう。

彼は遠隔操作されていたのか?

片山氏の「主張」として語られたのは、自分が真犯人によってスケープゴートにされた、という点だ。

〈検察の証拠を見て私が思ったのは、私自身の職場・自宅のPC とスマホ自体が遠隔操作や画面監視,または犯人自身のWeb アクセスのためのプロキシのような踏み台にされていた可能性が非常に高い、ということです。雲取山、江ノ島という私が訪れた2 ヶ所を真犯人が利用したことも偶然だとは思いません。どちらの場所も,行く何日も前から(雲取山については1 ヶ月以上前から)

ネットで下調べしていた事実があり、画面監視等ができる犯人に把握されていたと考えます。そして,真犯人が使ったウイルスはiesys だけとは限らないのです〉

彼の行動が真犯人によって監視されたり、遠隔操作されて行ってもいない検索履歴を残されたり、PC内に何らかの痕跡を残されたりしたのではないか、という主張だ。彼は、その原因として、ポータブルアプリケーションの類いを入れて持ち歩いていたUSBメモリではないか、と述べる。

〈そのUSB メモリを自宅の複数のPC、ネットカフェや友人宅等の出先で使い回していました。職場ではセキュリティ上USB メモリの使用は禁止ですが、中身のコピーをオンラインストレージ等を介するなどして転送し,同じようにそれらのソフトを使用していました。大体がPortableApps.com というサイトから入手したものですが、中にはネットで拾った怪しいものも含まれていたため、どれかに感染していた犯人からの悪意あるプログラムが含まれていたのではないかと思います。そして、犯人に私のパソコンを覗かれ,私の前科や私がプログラマーだったことから、私が身代わりに選ばれ、犯人に立て上げられていったのだと思います〉

この仮説を裏付ける証拠を弁護団が提出し、検察側主張に対する合理的な疑いを、裁判官たちに生じさせる程度までにまで補強していけるかどうか。これも、今後の裁判のポイントの一つだろう。特に、ITの専門家らによれば、スマートフォンの遠隔操作はそれほど容易ではないはず、という。この点について説得力のある立証を行えるのかどうかが、弁護側の最大の課題の一つだろう。

また、そうした説明があった場合、検察側は「被告人は遠隔操作されていない」という主張を、どのように立証するのか。あるいは、裁判所は、どの程度の立証を検察側に求めるのか。こうした判断も含め、この裁判は、今後のサイバー犯罪に関するリーディングケースになるだろう。

リアル世界を裁いてきた裁判官がサイバー事件を裁く不安

ただ、心配なのは、裁判所にはITの専門家がいない、ということだ。もっぱらリアルな世界での犯罪を裁き続けてきた裁判官が、サイバー事件の証拠を正確に理解できるか…。

検察は、この事件に専従検察官を2名を配置しているほか、IT捜査の警察官、民間のセキュリティ会社などの協力を得られる。弁護人も、わずか一人ではあるが、ITの専門家が特別弁護人となった。それを、この分野にはまったく素人の裁判官が裁くことになる。

裁判官がよく理解しないまま、プレゼンテーションがうまい側に説得されて、判断を下すことにならないよう、検察・弁護側のどちらも、ITに関しては基本的なところから、丁寧に説明、立証していくことが求められる。

また、サイバー犯罪は今後増加が考えられることから、裁判所の体制が今のままでいいのかを考える機会にもしてもらいたい。

「真犯人は私が刑務所へ行ったのを知らない」

話を被告人の冒頭陳述に戻す。

本質的な事柄とはやや離れるかもしれないが、聞いていて、おや、と思った点がある。それは、真犯人によってスケープゴートにされたという主張の流れで、自分の前科について触れたところだ。

〈(ターゲットにされたのが)他の誰でもなくなぜ「私」なのか?ずっと考えていました。真犯人は、その気になれば何十人にでもマルウェアを感染させることができ、「犯人候補」にできる人はいくらでもいたはずなのにです。私には前科があり、名字を変えています。私の自宅PC には、プライバシー情報の書かれた書類が多数置いてありました。前の名字のときの書類もです。前の氏名で検索すれば前科のことも出てくる状態でした。真犯人はそれを見て、「コイツならスケープゴートに適任だぞ」と思ったのかもしれません。ラストメッセージで、「刑務所に行かずに済んだ」のように、本当の私とは微妙にズレた自己紹介だったことにも説明が付きます。自分で検索していたので知っているのですが、私の前の氏名で検索すると、昔の私の事件の記事や、被告人質問等や論告求刑が行われ、結審となった第二回公判の様子を記した法廷ウォッチャーのブログ記事が出てくる状態でした。しかしその後実刑判決を受けたという記事も情報もどこにもありませんでした。私のPC に保存していた履歴書等には、服役期間を隠す書き方をしていました。そういう理由から、真犯人は私が「刑務所へ行った」ことを知らなかったのだと思います〉

法廷では聞き流したこの部分を、帰ってからネットで検索してみて、なるほど…と思った。実際、彼が有罪、しかも実刑判決を受けた旨の記載は、彼が今回逮捕されてからのものばかりなのだ。報道のデータベースで、彼の前の姓で検索してみても、前回の事件での逮捕、再逮捕、送検のニュースばかりで、判決結果は見つからなかった。

この部分は、彼が犯人が否かを認定するうえでは、決定的な要素を含むものではない。しかし、こうした彼の言い分を確かめる状況証拠の一つひとつもまた、無視できないように思った。

ちなみに、彼は前科については「本当に反省しています」と述べ、「実刑になったことも仕方ない」と述べている。

都知事選で不在者投票

被告人の冒頭陳述の最後に、片山氏は身柄拘束が続いていることのつらさや憤りを訴え、一刻も早い保釈を求めた。

〈自由の身ならもっと有意義に過ごせているであろう日々、1 日1 日がただ無為に過ぎていくだけの「生活」とすら呼べない暮らし、人生の浪費が耐えられないです〉

接見禁止処分のために、家族とも面会や文通ができず、新聞の購読も許されない。拘置所に流れるラジオニュースと弁護人が差し入れる書面や本以外、情報遮断の状態に置かれている。

〈受刑者でも面会は最低月2回、手紙は4通出されるというのに、これは何の罰なのか?〉

それでも、先日の都知事選には不在者投票を行った、という。その時の状況を、彼はこう語った。

〈私の場合、投票用紙等の授受に限り接見禁止一部解除してもらうことを裁判所に願い出る書面を出す必要がありました。その用紙に、「事件名」の記入欄がありました。私は事件を起こした覚えはないので、赤ペンで「なし(無実)」と大きめに書きました。それを渡した刑務官に、「これじゃ投票できないぞ、起訴状に書かれてる罪名を書け」のように言われました。「罪名」という言葉を使われたことにカチンときたので、「これで投票できなくても自己責任でかまいませんから、いいからこのまま裁判所に送って下さい!!」と強めに言ったら、黙って持っていきました。

結果的に、先週それで問題なく投票用紙が来ました。しかし、分かってはいたことですが、世の中の情報と切りはなされている私には、どの候補者がどんな政策をかかげているのか?候補者名一覧を渡されただけでは何も分かりません。仕方ないので知っている名前を書いて投票しておきました。私の一票は世の中に取って毒にも薬にもならなかったでしょうけれど、「意地を張って選挙に参加した」こと自体に意義があったのだと私の中では納得しています〉

「人質司法」をどうするのか

弁護側は、検察側が申請した証拠をすべて同意し、採用された。もはや、検察側が言い続ける「罪証隠滅の恐れ」はなくなったと言えるし、これだけ大々的に報じられた彼には「逃亡の恐れ」もないのではないか。

裁判が始まったばかりなのに、確定受刑者以上の罰を受けている。これは、彼1人の問題ではない。否認していると身柄拘束が長期化することが様々な弊害をもたらしている「人質司法」と呼ばれる状況について、裁判所がどう対応するのかが、問われている。

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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