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『民主主義』が説く民主主義とは

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

選挙権年齢が18歳へと引き下げが決まった。安全保障法制や労働者派遣法の改正などで与野党が激突する中、この公職選挙法改正は全会一致で可決。これが若者の投票率の向上につながることを期待する向きもあるようだが、年齢引き下げが、抜本的な対策とは思えない。政府は、高校生向けに選挙の意義などを解説した副教材を作成し、学校での「選挙教育」を促していくようだが、せっかくやるなら、通り一遍の解説ではなく、民主主義とは何か、しっかり学んで考える機会を提供して欲しい、と思う。

命をとられないから素晴らしい…?

そう考えるのは、「大阪都構想」の是非を問う住民投票の後の橋下徹・大阪市長の言葉が、今なお気になっているからでもある。しばしば選挙を「いくさ」と表現する橋下氏が、「大いくさ」と位置づけた住民投票。僅差で敗れた直後の記者会見で、こう言った。

「負けたのに命を取られない政治体制は素晴らしい。絶対に民主主義は守らなければならない」

「選挙戦」という言葉もあるくらいで、政治家が選挙を「いくさ」と位置づけるのは分かる。だが、民主主義の本義は、命のやりとりをせずに勝ち負けを決められるいくさ、ではないだろう。

こんな発言もあった。

「(都構想は)受け入れられなかったということで、間違っていたということになるんでしょう」

彼は日頃から、選挙結果こそすべて、との信条を披瀝してきた。勝者の主張は全肯定され、敗者のそれは全否定される。そんな発想で、自身を権威づけてもきた。負けた時も主張が一貫している態度には敬服するが、選挙が政策の「正しさ」を証明する、という考え方には違和感を覚える。

有権者も誤ることがある。だからこそ、民主主義では、多数決と併せて少数意見の尊重が説かれるのではないか。多数派は少数者の声に注意深く耳を傾け、自らの主張や政策を精査し、問題を改めるのをためらってはならない、と私は思う。

もっとも、橋下流の、もっぱら勝ち負けや正否を決める仕組みとして民主主義を理解する発想は、なにも彼の専売特許ではない。ひとたび選挙で多数議席をとれば、実質的な憲法変更に等しい解釈変更すら内閣の一存で行える、という安倍政権の手法は、まさにこうした「多数派こそ正義」の民主主義観を体現している。そして、橋下氏や現政権が、個々の政策に対しては批判が強くても、それなりに多くの支持を集めているのは、国民の中にも、この種の民主主義観が広がりつつあることも意味しているのではないか。

「民主主義の根本精神」を説く

多数派によってビシバシと「決める政治」は頼もしく映るかもしれない。

しかし、歴史を見れば、国民の多数派が判断を誤ったのは例はいくつもある。これでいいのか……。このままで日本は大丈夫なのだろうか……。そんなことを悶々と思っている時に、一冊の本に出会った。

教科書「民主主義」(上)の扉(国立国会図書館デジタルコレクションより)
教科書「民主主義」(上)の扉(国立国会図書館デジタルコレクションより)

タイトルは、ずばり『民主主義』。終戦まもなくの時期に、文部省が作った中学高校生向けの教科書である。上下二巻で合わせて約四百五十ページという大部なもので、教育図書という出版社から刊行された。上巻は昭和二十三年の発刊で、初版百五十万部が刷られた。教育者であり、片山・芦田両内閣で文部大臣を務めた森戸辰男の計画で作られた、とされている。

そのはしがきで、著者は「民主主義とはなんだろう」と問いを立て、次のように記している。

〈民主主義を単なる政治のやり方だと思うのは、まちがいである。民主主義の根本は、もっと深いところにある。それは、みんなの心の中にある。すべての人間を個人として尊厳な価値を持つものとして取り扱おうとする心、それが民主主義の根本精神である〉

同書は、至る所で「人間の尊重」「個人の尊重」こそが、民主主義の要諦であると繰り返す。たとえば――

〈社会生活における民主主義の根本の原理は、人間を個人として尊重するということである〉

〈民主主義の根本精神は個人主義に立脚する。軍国主義の時代の日本の政治家や思想家たちは、民主主義を圧迫した。したがって、その根本にある個人主義を、いやしむべき利己主義であるとののしった。しかし、これほど大きなまちがいはない〉

民主主義の対極である「独裁主義」が志向するのは、全体主義。その問題点を指摘しつつ、個人主義における権利と責任を論じる。さらに、民主主義は政治のみならず、社会生活や経済活動においても重要であり、それはいかにあるべきかなど、歴史に触れながら諄々と説く。民主主義の特徴についても、他国の例をあげるなどしながら、様々な角度から述べていく。

本書を執筆・編纂したのは、法哲学者で東京大学で教鞭を執った尾高朝雄。各章ごとに憲法や政治、経済の専門家が下書きを作り、それを尾高が全面的に書き改めた。統治機構の説明などより、まずは「根本精神」をじっくりと、平易な言葉で、しかも生き生きと解き明かしていったのは、まさに法哲学者としての面目躍如だろう。

多数決原理についても、丁寧に説明が尽くされている。それによれば、本来、正しくあって欲しい法律も、どうすれば「正しい」のかは意見が分かれ、論議を尽くしても一致点を見ないことがある。多数決は、そうした場合に、やむなく便宜的に行うものであり、正しさを競うものでもはない。

〈多数決は、これならば確かに正しいと決定してしまうことではなくて、それで一応問題のけりをつけて、先に進んでみるための方法なのである〉

〈多数決の結果を絶えず経験によって修正し、国民の批判と協力とを通じて政治を不断に進歩させて行くところに、民主主義のほんとうの強みがある。少数の声を絶えず聞くという努力を怠り、ただ多数決主義だけをふりまわすのは、民主主義の堕落した形であるにすぎない〉

当時の受け止め方は…

戦時下の生活から解放されたばかりの青少年は、この教科書を歓迎したらしい。もっとも、それは必ずしも内容に触発されたというだけではなく、いかにも本らしい、しっかりしたつくりも魅力だったようだ。当時中学生で、後にノーベル賞作家となる大江健三郎は、その体験をこう書いている。

〈終戦直後に配給された、新聞紙をいくつかに折ってとじただけの国語教科書を、ぼくらはにせの本と呼んでいたものだったが、それほどひどくはないにしても、新制中学で、ぼくらに与えられた教科書は、やはり、ひとつの物として愛着を感じさせる、という対象ではなかった。ところが、このこの『民主主義』だけは、分厚く、がっしりした、素晴らしい本で、滑稽なさし絵まで入っていたのである。誰もが夢中になった〉

生徒の数に比べて届いた教科書が少なく、くじ引きが行われ、外れた生徒の中には「肩を震わせてすすり泣くものまでいる始末だった」(『厳粛な綱渡り』より)というほどの人気だった。

一方、当時の教育評論などを読むと、左翼陣営からはすこぶる評判が悪い。それは同書が、「プロレタリア独裁」を掲げるソ連の共産主義を、非民主主義的な独裁主義、全体主義の範疇に入れたからだろう。この教科書が出版された当時、日本は占領下にあった。米国が日本人の若い世代に反共教育を施すために作らせたと、親ソ派は受けとったのだ。

これに対し尾高氏は、GHQの協力があったことは認める一方で、次のように反論している。

〈この本の内容が日本人によって書かれ、日本人がこれが正しい民主主義であるとして理解したものを、日本の青少年に理解してもらうためにできたものであることは、それ以上に事実である〉

〈この本の内容を客観的に批判し、この本に関心をもつ多くの人々の意見を基礎として、これをもっともっとよい民主主義の読本に育てていきたい。それが最も民主主義的な『民主主義』の成長であろう〉(「教育現実」1949年12月号))

終戦直後の空気が分からない私たちに伝わりにくい部分がゼロというわけではないが、その内容は、今読んでもまったく古びることなく、民主主義の真髄を瑞々しく伝えつつ、今の政治のありよう、国民の役割を考えさせてくれる。できれば、さらに今の視点から筆を加えて、「もっともっとよい民主主義の読本」にできないものだろうか、と思う。

今日の教育で必要なものは何か

中学・高校で使われている公民の教科書
中学・高校で使われている公民の教科書

一方、今の中学の「公民」や高校の「現代社会」や「政治・経済」で使われている教科書はどうだろう。何冊か求めて読んでみた。「現代の民主政治と社会」「日本国憲法と民主政治」などの章で、市民革命の歴史をさらっとおさらいし、憲法の基本原則や国家の仕組みなどが効率よく説明されている。ただ、民主主義は政治制度として説明されていて、その本義については、多くが「国民の、国民による、国民のための政治」という有名な言葉を引くだけで済ませている。

民主主義の基本とは何なのか、国民一人ひとりはどのようにふるまうべきなのか――そういう根本からじっくり考える機会を、選挙権の年齢引き下げをきっかけに、高校生たちにぜひ提供して欲しい。もちろん、それは現在すでに有権者である大人たちも、考え直すべき課題だろう。

なお『民主主義』は、国立国会図書館のデジタルコレクションで上巻が無料で読めるほか、当初とは別の出版社(径書房)から上下が一冊にまとめられて出版されている。

(6月13日付熊本日日新聞に掲載の『江川紹子の視界良好』に大幅加筆しました)

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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