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「箱根駅伝の全国化を」~青山学院の原晋監督に聞いてきました

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授
箱根駅伝で3連覇を達成した青山学院大学の原晋監督(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

箱根駅伝は、今年も往路が27.2%、復路が28.4%と高い視聴率を挙げた。私も見ていて、わくわくしたりハラハラしたり楽しんだのだが、10区で最も早く走った関東学生連合チームの照井明人選手(東京国際大)の”幻の区間賞”はちょっと残念な気がした。オープン参加だからと言うけれど、区間記録は個人のものでは?

そうツイッターでつぶやくと、賛否いろいろな意見が寄せられた。過去はどうなっていたかしら、と調べてみたら、「関東学連選抜」として混成チームが参加するようになったのは、2003年の第79回大会から。この時は、チームとしての順位はつかなくても、個人の区間順位はついた。第83回(2007年)から第89回(2013年)までは正式参加で、チームとしての順位もついていた。学連選抜は第90回(2014年)に一度廃止になったが、翌年に「関東学生連合」として復活。ただし、オープン参加で個人の区間順位もつかなくなった。

この混成チームが、最も高順位だったのは2008年の第84回大会の4位(前年は最下位)。この時チームを率いたのが、青山学院大学の原晋監督だった。そこで、毎年箱根駅伝を楽しみにしている1人として、混成チームのあり方や今後の駅伝のあり方、三連覇を成し遂げた後の目標などを伺った。

そのキーワードは「大義」だった。

大義が明確でないのが問題

――この”幻の区間賞”、関東学生連合チームのあり方をどう思います?何度もルールが変わっているようですが……

「10区ではこういう現象が起きうるんだと思います。彼(照井選手)はうちの合宿にも来ていましたし、力はあるのは確か。ただ、うちの安藤悠哉にもっと力を発揮させて、彼以上の記録を出させる戦術もありえた。でも、あの暑さの中、ぶっ飛ばして脱水症状を起こして倒れ、ゴールできなくなったら負けてしまう。なのでペースを落とさせました。シード権争いをしているチームも、10位以内に入るための戦術として、やはりペースを落とすことがある。アンカーの役割は、区間順位でなくチームとしての順位を確定させること。そこが(オープン参加の)選抜チームとの違い。

ただし、そういう戦術と、選抜チームをオープン参加にするか、公式参加にするかなどは別に考えるべき問題。原理原則を言えば、箱根駅伝は大学の対抗戦。全国高校駅伝、実業団のニューイヤー駅伝、広島の全国都道府県対抗男子駅伝なんかの全国大会でも、選抜チームというのはないですよね。だから、原理原則から言えば、本来は学生連合チームはなくていいんです。

でも、何らかの大義、目的があるから、選抜チームを入れているはずなんですね。ところが、その大義が不明確。もしくは一貫性がない。そこをはっきりさせて進めていかないから、いろんな疑問を招くんじゃないでしょうか」

――2008年に原さんが監督を務めた時には4位になりましたね。それは、公式参加でチームとしての順位がついたからでしょうか。

インタビューに答える原監督(町田寮で)
インタビューに答える原監督(町田寮で)

「それだけでなく、チームとしての一体感を持たせたからです。予選会での個々の選手の持ちタイムからいくと、本当は(チームとしても)相当いい順位につけてくるはずなんです。そうならないのは、チームとしての和がないからでしょう。

あの時、(2008年の大会のために)全員を集めて最初にやったのは、『どういう目的で出たいのか』を意識づけすることでした。『何位になりたいか、まず君たち自身で考えてくれ』と言って、2時間のミーティングでグループ討議をさせた。『10位以内に入ればいい』と言う者もいれば、『出るからには優勝を目指す』と言う者もいたし、『いや、それは現実的じゃない』と諭す者もいて、結局3位を狙う、ということになった。

今はメールやLINEとかもある時代ですし、力のある子たちなので、チームとしての一体感を持たせれば、『やろう!』となる。(大学としての出場権を逸した)監督が、どこまで奮い立ってマネジメントをやるか、です。ただ、選抜チームの意議は、関東学生陸上競技連盟が決めなきゃいけないんですけど、それがぶれてるんですね。大義が定まってない。そこが一番問題なんですよね」

箱根駅伝の全国化を

――なかには、箱根駅伝は関東の大学だけの試合なのに、なんで全国放送するのか……という声もあります。

「僕は、箱根駅伝は全国化するべきだと思うんですよ。それには二つの大義があります。

なにしろ少子化で若者が少なくなる。僕は今、ライバルは早稲田でもなく、陸上界のどこのチームでもないと思っています。ターゲットは野球界やサッカー界。このままだと、元気のいい身体能力が高い子は、みんなサッカーや野球に流れてしまう。そうなると、陸上の競技人口は減り、競技レベルも下がる。

地方都市の大学が箱根駅伝に出られるようになれば、全国の陸上人口の裾野が広がって、競技レベルが上がる。それで世界と戦える人材を求める。

もう一つの大義は、これが地域の活性化につながるということ。箱根駅伝に出ている学生の多くは、地方から来ています。そして、そのまま東京に就職する子が多い。地方でも箱根に出られるようになれば、地元の大学に進んで、地元に残って就職する者も出てくるだろう。この二つの大義をもって、第100回の大会を目処に、全国解放をしていくべきだと思う」

――陸上界の偉い人たちから、賛同は?

「う~ん……。そもそも誰がどうやって決めていくのか、誰が責任を持つのかがよく分からない。伝統も大事だけど、これまでの100年だけでなく、これからの100年を考えれば、(考え方の)切り口も変わってくると思う。将来の陸上界の発展を願っているなら、箱根は全国化して欲しいし、そこを変える度量と責任が欲しい」

――全国化すると、関東のチームが今より出られなくなるという抵抗もあるかも……

「パイを奪い合うんじゃなく、パイを広げればいいんです。今の20チームを25チームにして、そのうちシードが10校。予選会から出る15校のうち10校を関東枠にすれば、既得権益は守れる」

変化には劇薬も必要

――ほかに提案はありますか?

「箱根が頂点というのでは発展性がない。甲子園の上にプロ野球があり、学生サッカーの上にJリーグがあるように、箱根の上が必要。実業団はあるけど、ニューイヤー駅伝をもう少し華やかにしないと。

それから、実業団では円満退部のはんこがないと移籍できないというのは、絶対やめてもらいたい。指導者との相性の善し悪しはある。それなのに、はんこがもらえずに、飼い殺しになっている選手が何人もいる。これは職業選択の自由にも反している。選手を囲い込むのはやめて、目を世界に向けて選手が続けやすい環境を競ってもらいたい。

あと、国内の大会でゼッケン広告の規制緩和。特にフィールド競技がそうなんですが、大学院を卒業した後の環境が整っていなくて、競技を続けるのを断念してしまう選手がいる。ゼッケンの自由化をすれば、個人でスポンサーを募って自前で食っていける」

――そういう建設的な提案がすぐに実現しないのは……

「陸上界でボクは野党だから(笑)」

――箱根を三連覇して野党?

「私がやっているのは、今までの陸上界の常識と真逆のこと。なにしろ陸上界と言えば、辛抱、忍耐、根性、謙虚……。私も、そういうことは伝えますよ。でもそれより上位にあるのは、チャレンジとか、明るくハッピーに行こうとか、わくわくしようぜとか……」

――偉い人たちは、それを認めちゃうと、自分たちを否定されたように思うんでしょうか。

「でも、若い指導者はだいぶ変わってきました。早稲田の渡辺康幸(現住友電工陸上部監督)、駿河台の徳本一善、GMOアスリーツを立ち上げた花田勝彦……。私の教え子たちも受け継いでくれたら、もう少し時間はかかるかもしれないけれど、現場は変わっていく」

――やはり時間が必要

「記録が停滞するようになって、なにしろ失われた20年ですから。この時間をどう挽回するか。そのためには、自分で言うのもナンですが、私みたいな劇薬も必要なんじゃないかと思うんです」

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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