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地球温暖化影響の政府報告書、パブコメ始まる ―「適応計画」の策定に向けて

江守正多東京大学未来ビジョン研究センター教授/国立環境研究所

地球温暖化が進むと日本にはどんな影響がもたらされ、それに対してどう備えておくべきか。これを検討する専門家の委員会が昨年度から議論を重ね、この度「日本における気候変動による影響の評価に関する報告と今後の課題について」と題する報告書の案が環境省によりとりまとめられた。筆者も小委員会と2つのワーキンググループの議論に参加した。

報告書案の内容については、1月20日の委員会後に既に各社により報道されているので、そちらをご覧頂きたい。(たとえばということで、日経の速報NHKの解説TBSのニュース映像をあげておく。ざっと見た限り、この報道に関して各社間で論調の違いは特にないだろう。)

この報告書案について、1月26日から2月22日までパブリックコメントが募集されているので、みなさんぜひ報告書案をご覧になり、コメントがあればお送りいただきたい(案内はこちら)。

以下に、簡単な解説を兼ねて、筆者の思うところを少し述べておく。

地球温暖化の緩和策と適応策

地球温暖化の対策は、大きく分けて2つあるといわれる。一つは「緩和策」(mitigation)で、温室効果ガスの排出量削減や森林等による吸収の増加によって大気中の温室効果ガス濃度の上昇を抑え、温暖化そのものを抑制する対策である。もう一つは「適応策」(adaptation)で、ある程度起こることが避けられない温暖化の影響に対して、個々の影響に対症療法的に備えていく対策である。(「適応策」のやさしい説明は、たとえばこちらのNHKエコチャンネルをどうぞ)

これまで、国や自治体での温暖化対策の議論は緩和策が中心であったが、適応策も重要という認識は専門家の間では以前からずっとあった。英国など適応策の推進が既に法制度化されている国もあるが、日本では取り組みが遅れていた。日本政府も近年になり検討を本格化し、この夏に日本の「適応計画」を策定することを目指している。今回の報告書はそれに向けてのステップである。

適応策の検討は、地域によって異なる気候や産業(特に気候の影響を直接受ける農業等)の特性に合わせて行う必要があり、地方自治体の役割が極めて重要だ。自治体によってはこれまでも先進的な取り組みがなされてきたが、自治体の環境部が適応策の観点から他部局の政策を調整するのは容易ではなかっただろう。今回の国の取り組みでは、環境省が中心となって、国交省や農水省等を巻き込んだ検討が行われている。これがよいお手本となり、また、国から「適応計画」の号令がかかることで、各自治体においてすべての関係部局がうまく連携した形で適応策の検討が進むことを期待する。

地球温暖化の影響を包括的に整理すること

今回の報告書の作成過程では、水資源、水災害、農林水産業、健康、生態系、産業・社会生活といった様々な分野の専門家が検討に参加して、地球温暖化が日本にもたらす影響の包括的な整理を試みた。国外の気候の変化が日本に間接的にもたらす影響(貿易、サプライチェーン、気候難民など)についても、文献が限られているのであまり具体的な記述はできなかったが、一応意識した。

筆者は、地球温暖化の影響を包括的に整理することに以前から関心を持ってきた(たとえばこちら)。それは、この問題の議論が、温暖化対策(緩和策)を推進したい人は深刻な悪影響を強調し、逆の立場の人は適応が容易な影響や良い影響を強調するという、双方にバイアスがかかりやすい傾向を持っていると思っていたためだ。緩和策の議論(被害をどれだけに抑えるために、温室効果ガスをどれだけ削減するべきか)では、温暖化の影響に関する人々の意見は分かれやすい。しかし、今回のような適応策の議論では、その傾向はあまり表れないようだ。それは、緩和策の議論が遠い将来・遠い国の人々や野生生物への配慮を含むため「他人事」になりやすいのに対して、適応策の議論は自分が被るかもしれない被害の軽減に関する「自分事」と感じやすいからだろう。

また、今回の報告書では影響の各項目に対して、重要性、緊急度、確信度のランク付けを行っている。これは、できる限り共通の考え方を設定し、できる限り文献に基づき、理由も書くようにしたが、どうしても検討に参加した専門家の判断を含んでおり、客観的だと言い張れるようなものではない。複数の専門家でクロスチェックをして、大きな偏りが無いように配慮しているが、気を付けて見て頂きたい点である。

パブリックコメントの意義

この報告書については、昨年4月から5月に中間報告を発表し、パブリックコメントを募集したが、学会からの文献情報の提供を除いて、頂いた意見は少なかった

政府のパブコメ募集といえば、どうせ「一応皆さんの意見も聞きました」というポーズだけだろう、ガス抜きだろう、と思われがちであり、筆者も実際それが当たっているところがないとは言わない。しかし、少なくとも今回に関していえば、専門家によるまとめが、皆さんの心配を掬いきれているかどうか、チェックして頂くことの意義は大きいと思っている。皆さんが生活や仕事の中で素朴に感じる、「温暖化が進むとこんなことが増えて心配なのではないか」ということがあれば、ぜひ教えて頂きたい。

「エネルギー基本計画」へのパブコメ(筆者自身も一市民として前々回、前回と送った)などでは、脱原発の意見が何割といったことが話題になったりもするが、筆者の考えでは、一般にパブコメにおいて重要なことは、そのような意見の分布ではない。母集団の偏りをコントロールしていないからだ。それよりも、多様な立場で多様な生活を送る市民が、それぞれに感じる疑問や懸念、専門家だけで話していても出てこないような発想など、多様な視点を掬い取る可能性が重要なのだと思う。結果的に意見のほとんどは報告書に影響を与えないかもしれないが、その中に一つでも二つでも専門家が見落としていた視点があれば、それは報告書への重要なインプットになるだろう。

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最後に、このような委員会の報告書は、集まった専門家がゼロから書いているものではない。委員会の事務局を務める、省庁の担当官や委託先コンサルティング会社の担当者が膨大な資料を整理して、下書きを書いている(今回は特に参考資料が膨大で、433ページにもおよぶ)。これにより(委員会の人選も含めて)、役所が議論の方向性をコントロールしてしまうという心配も出てくるので注意するべきであるが、今回の委員会に関しては筆者自身はそのような問題を感じなかった。むしろ、(おそらくかなり睡眠時間を削って)報告書のとりまとめ作業を行ってくださった、事務局の方々に感謝したい。

東京大学未来ビジョン研究センター教授/国立環境研究所

1970年神奈川県生まれ。1997年に東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程にて博士号(学術)を取得後、国立環境研究所に勤務。2022年より東京大学 未来ビジョン研究センター 教授(総合文化研究科 客員教授)/国立環境研究所 地球システム領域 上級主席研究員(社会対話・協働推進室長)。専門は気候科学。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次および第6次評価報告書 主執筆者。著書に「異常気象と人類の選択」「地球温暖化の予測は『正しい』か?」、共著書に「地球温暖化はどれくらい『怖い』か?」「温暖化論のホンネ」等。記事やコメントは個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。

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