Yahoo!ニュース

米ドキュメンタリー番組「危険な時代に生きる」が描く気候変動と社会

江守正多東京大学 未来ビジョン研究センター 教授

(WEBRONZAからの転載が第1話放送の事後になってしまいすみません。第1話は、英語ですが、YouTubeでご覧になれます。)

NHK BS1深夜24時からの「BS世界のドキュメンタリー」で、3月2日から連続で「危険な時代に生きる」というアメリカのドキュメンタリー番組が放送される。原題は”Years of Living Dangerously”。CBS系のテレビネットワークShowtimeが制作したもので、昨年4月に公開され、エミー賞を受賞している。

内容は、ハリソン・フォードやアーノルド・シュワルツェネッガーといった著名人が、世界中で起こる気候変動の影響とそこに関わる人々をレポートするものだ。こう聞くと、一部の人たちからは、「いつぞやのアル・ゴアの映画よろしく、またぞろリベラルの連中が気候変動の危機を煽る映像を作ったか」という反応が返ってくるだろう。そういった評価がまったく当たっていないわけではないが、このドキュメンタリーの作りはもう少し深い。

実は、第1回がYouTubeでプレミア公開されており、無料で視聴できる。この回では、インドネシアの森林伐採に迫るハリソン・フォード、シリアの内戦の背景に干ばつがあった可能性を探るジャーナリストのトーマス・フリードマン、干ばつの影響で失業者が増えるテキサスを訪れるドン・チードルの3つのエピソードが並行して進む。筆者が特に秀逸と感じたのは3つめのテキサスの話だ。

以下はネタバレを含むので、それが嫌な人はぜひ先にYouTubeで第1回を視聴してから読んで頂きたい。

よく知られているように、アメリカでは保守とリベラルに社会が二極化しており、気候変動問題は、銃規制や妊娠中絶などとならんで、二極化を象徴する論点の一つだ。その背景の一部には、温室効果ガスの排出規制が自由市場経済を阻害するとして経済的な保守から敵視されることや、より即物的に、化石燃料産業をはじめとする従来型の巨大産業による規制への抵抗があるだろう。

もう一つには、アメリカ保守勢力の基盤の一部とされるキリスト教保守(福音派)の存在がある。彼らは、ダーウィンの進化論を信じないのと同様に、気候変動の科学を信じない傾向があるようだ。人間活動による二酸化炭素などが気候を変えることはありえず、気候が変動するとすれば、それは神の意志によるということになる。実際、ドン・チードルが出合う、干ばつにともなう精肉工場の閉鎖で職を失ったテキサスの住人は、気候変動の科学のことなど聞いたこともない。

そこに登場するのが、敬虔なキリスト教徒であると同時に気候科学者であるテキサス工科大学のキャサリン・ヘイホー准教授である。しかも、彼女の夫は牧師だ。夫はこう語る。「私は敬虔なキリスト教徒だし、共和党員だし、あらゆる意見は保守的だ。同時に、気候変動の科学を信じている。気温計は共和党員でも民主党員でもないのだからね。」

保守的なキリスト教徒たちに向けた、キャサリン・ヘイホーの気候変動の講演が、科学と宗教の対立をどのように解きほぐしていくのかは、ぜひ本編をご覧頂きたい。

このように聞くと、アメリカは変わった国だから、そのような珍妙なことが起こるのだ、と思う人もいるだろう。では、翻って日本はどうだろうか。なるほど、日本では地球温暖化問題についてほとんどの人が聞いたことくらいはあるだろうし、政治家も官僚も企業も、温暖化対策の必要性に表立って反対する人は(いないわけではないが)少ない。

しかし、どうやって対策するかという話になると、日本でも二極化の傾向が現れる。すなわち、高効率火力発電の新設や原発の再稼働で温暖化対策に貢献すべきだと主張する人たちと、再生可能エネルギーの大規模導入によるエネルギーの民主化や大量生産・大量消費のライフスタイルからの脱却の必要性を主張する人たちの間では、明らかに価値観が異なる。

気候変動や、より一般的には持続可能性の問題を論じる際に、多様な価値観の存在を認識し、その間の対立構造を解きほぐしていくことが重要だと思う。Years of Living Dangerouslyに描かれたテキサスのストーリーは、そのことを戯画的なまでに明快に教えてくれているようだ。

※「危険な時代に生きる」の放送スケジュールは以下のとおり。

第1回  3/2月・深夜24時~(3火・午前0時~)

第2回  3/3火・深夜24時~(4水・午前0時~)

第3回  3/4水・深夜24時~(5木・午前0時~)

第4回  3/5木・深夜24時~(6金・午前0時~)

第5回  4/6月・深夜24時~(7火・午前0時~)

第6回  4/7火・深夜24時~(8水・午前0時~)

第7回  4/8水・深夜24時~(9木・午前0時~)

第8回  4/9木・深夜24時~(10金・午前0時~)

第9回  4/13月・深夜24時~(14火・午前0時~)

初出:WEBRONZA 2015年2月17日

東京大学 未来ビジョン研究センター 教授

1970年神奈川県生まれ。1997年に東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程にて博士号(学術)を取得後、国立環境研究所に勤務。同研究所 気候変動リスク評価研究室長、地球システム領域 副領域長等を経て、2022年より現職。東京大学大学院 総合文化研究科で学生指導も行う。専門は気候科学。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次および第6次評価報告書 主執筆者。著書に「異常気象と人類の選択」「地球温暖化の予測は『正しい』か?」、共著書に「地球温暖化はどれくらい『怖い』か?」、監修に「最近、地球が暑くてクマってます。」等。記事やコメントは個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。

江守正多の最近の記事