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本音トーク:地球規模の気候変動リスクと向き合う(第2回)企業とNPO・NGO(1/2)

江守正多東京大学 未来ビジョン研究センター 教授

年末にパリで行われる国連気候変動枠組条約COP21に向けて、地球温暖化対策の新しい国際枠組づくりが大詰めを迎えている。先日はドイツのG7サミットで先進国首脳が2050年までに世界の温室効果ガス排出量を70%近く削減すべきだと宣言した。安倍首相は2030年までの日本の削減目標(2013年を基準に26%削減)を発表したが、不十分との評価も多い。

これらの議論の背景となる重要な認識は、国際社会が「産業化以前を基準に世界平均気温上昇を2℃以内に抑制する」という目標を掲げていることと、その達成のためには今世紀末までに世界のCO2排出量をほぼゼロにする必要があるというIPCC報告書の結論である。我々はこの壮大な課題にどう向き合ったらよいのだろうか。

筆者が代表を務める研究プロジェクト(ICA-RUS)の活動として、今年3月に4名の識者に集まって頂き、この問題についての座談会を開いた。

企業からお二人、トヨタ自動車(株)環境部担当部長の長谷川雅世氏と損保ジャパン日本興亜CSR部上席顧問の関正雄氏を、それぞれ製造業と非製造業からお招きした。

NPO・NGOからお二人、経済に配慮するポジションのNPO法人 国際環境経済研究所で理事・主席研究員を務めていらっしゃる竹内純子氏、環境NGOの公益財団法人 WWFジャパンで気候変動・エネルギーグループリーダーを務めていらっしゃる山岸尚之氏をお招きした。

筆者は進行役を務めた。

以下に、2回に分けてその内容をICA-RUSのホームページより転載させて頂く。メンバーの略歴は、転載元をご覧頂きたい。

また、シリーズのバックナンバーとしてこちらもご覧頂きたい。

江守:今日は、気候変動枠組条約の交渉で目標とされている「産業革命以降の気温上昇を2℃以内に抑える」をテーマに、お話いただきます。

この目標の達成は容易ではありませんが、温暖化を放置すれば影響が深刻化することもわかっています。どちらのリスクをどれくらいとるのか、リスクトレードオフの発想が求められています。

実は前回の会合で、「産業界とNGO の対立をどう見るか」と、お尋ねしたところ、「その両者の考え方は近くなってきているのでは?」というヒントをいただき、今回の会合につなげることとなりました。

さまざまな立場から考える温暖化

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長谷川:トヨタ自動車環境部ブランド企画グループの担当部長を務めております。以前は笹川平和財団で環境政策の支援をしたり、LEAD ジャパンで研修プログラムを実施していましたが、「企業が変わらなければ、環境問題は解決しないのでは?」と思いはじめ、環境部を立ち上げたトヨタに 1999 年に中途入社して企業での活動を開始しました。

企業にとっても環境と経済の両立は重要な課題です。現在は WBCSD (持続可能な発展のための世界経済人会議)の社内実務責任者であり、グローバルな持続可能性に関する国際的な研究プログラムであるフューチャー・アースにもステークホルダー代表のような形で関与しています。

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関:安田火災海上といっていた頃に就職して以来の在社ですが、2001 年に地球環境部(当時)に異動となってから環境問題に携わるようになり、現在はCSR 部の上席顧問を務めています。また損保ジャパン日本興亜環境財団というのもありまして、環境教育や人材育成を主にやっていますが、そこの専務理事もしています。

企業も環境に責任のある向き合い方をする必要があるということで、今お話にあった WBCSD や CDP(カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)、ISO26000 の作業部会などに参加して、世界の産業界と連携をはかってきました。また、2年前から明治大学でCSR について教える職務を得て、会社とは少し離れたところからも環境問題にかかわっています。

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竹内:国際環境経済研究所という NPO の研究員です。大学卒業後に入社したのが東京電力で、尾瀬の自然保護活動を十数年担当しました。エネルギー環境教育も担当し、社員が学校で出前授業をする活動を行なったりしていました。

その後、温暖化問題の担当になり、WBCSD や国連気候変動枠組条約交渉の会議などに参加して、エネルギーと環境のバランスをとる本当の難しさに悩み始めたところで、3・11が起きました。

退職した理由のひとつは、自分が考えてきた発展と環境の両立とはなんだったのかと悩んだことです。現在はNPO で勉強しながら産業界にいた経験を活かして、消費者の方々への通訳のようなことができればと思っています。

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山岸:WWF ジャパンの気候変動・エネルギーグループのリーダーをしています。大学で学んでいた国際政治と現実の間にギャップを感じていた頃、京都議定書ができました。政治的・経済的な問題はあるし、途上国と先進国の対立や、哲学的な対立のような話もあるのが面白いと感じて、国際政治における環境をテーマに勉強しました。

その後ボストンの大学院に行き、サザンパースペクティブ、つまり途上国からはどう見えるか?という視点を徹底的に教えられ、卒業後は、WWF に雇ってもらい、日本ではあまりポピュラーではないアドボカシー、つまり政策提言を国内外でやっています。

2℃を越える温暖化のリスクとチャンス

江守:お互いのバックグラウンドがわかったところで、具体的な話をしたいと思います。まず気候変動によって生じるリスクとチャンスにはどんなものがあるでしょうか。

関:気候変動のリスクは、企業でも具体的な対策を考えなければならなくなっています。とくに保険会社のビジネスに関して言いまと、たとえば2011 年のタイの洪水では、業界全体で約 5,000 億円の保険金が支払われました。損保ジャパンも、その年は決算に大きな影響を受けました。そうした経済的なリスクをまともにかぶっている業界ですから、もう今、そこで危機が起こっているという認識です。

長谷川:トヨタが昨年夏に出した報告書でもIPCC の報告書から我々のビジネスにかかわるリスクを引用して取り上げています。温暖化の影響により世界経済が落ち込むと車も売れなくなり、また自然災害が生じた場合は市場において事業運営に直ちに障害を生み出す可能性もあるリスクです。

山岸:気候変動の影響を見るときに重視したいふたつの視点があります。ひとつは回復不可能な損失で、2℃以上の気温上昇によって危惧される種の絶滅など。もうひとつは不平等の拡大です。たとえば、今も世界の 5 人か 6人に 1 人が水に満足なアクセスができないような状況で気温上昇が2℃を超えると、水資源へのアクセス不足がさらに拡大します。

また、異常気象による洪水でいちばん影響を受けるのは、温暖化にほとんど寄与していないデルタ地域に住む貧しい人々ですが、この人たちの被害は金銭的に見ると大きな金額にはなりません。もともと貧しいので経済的付加価値が低いからです。それが正しい把握の仕方なのかどうか。こうした不平等の拡大に注意しなければいけないのは、それが内戦など、他の社会問題を悪化させる可能性があるからです。

竹内:個人的には、いま挙げられた問題点にまったく反対するものではありませんが、問題提起として申し上げれば、気候変動を原因とする、格差や社会問題の拡大部分が計測不可能なので、それを気候変動の影響と言ってしまうことの限界を感じています。

江守:既にある社会的問題と気候変動による拡大部分は分けられるかということですね。

山岸:たとえば感染症の拡大リスクは気候変動も大きな要因であるのは間違いないけれど、マラリアの薬を買えない貧しさや、病気を媒介する蚊の生息地拡大などを並べていくと、気候変動の寄与分を切り分けて考えるのが難しいのはたしかです。

気候変動解決のためにお金を募ろうとすると、変動による寄与分を言わなければならないので、問題を総じて解決する話にしないと、お金が出にくくなるということです。その地域が抱える問題を包括的に捉えなければ、気候変動だけ議論しても解決できないという意識が醸成されてきてはいますが。

竹内:そうした全体的な問題解決のためにお金を出せるのは余裕があるときで、やはりビジネスベースで、自分たちも発展する筋道ができていないと持続可能にならないのでは、と思っています。

社会問題の解決のために資金を「提供する」のでは、続けられるうちはいいのですが、そうではないときに終わってしまう。社会問題の解決がビジネスとしてきちんと報われない限り、ある種の脆弱性から逃れられないというのが個人的な経験に基づく感想です。

関:社会貢献もそれはそれで意義のあることだと思いますが、電力会社でも保険会社でも、企業にとっては、やはり気候変動に起因する環境問題や社会問題を「このリスクにどう対処するか」、「ビジネス機会にできないか」と考える。つまり、それぞれの企業の特性を生かしてビジネスの文脈で取り組むことが最も重要だと思います。

長谷川:たしかに寄与分は測りがたいですね。ただ、昔から台風は来たけれど、こんなに連続はしなかった。それが気候変動によるものなのかどうかはわからないけれど、企業としては対応が必要です。今はサプライチェーンもなにもかも国際的になっているし、海外でビジネスをするなら、温暖化による災害まで想定する必要があります。それは環境問題として考えるというのではなく、ビジネス上のリスクとして考えなければいけない時代になったということです。

でも、日本はまだ危機感が薄くて、国の温暖化適応計画も欧米に比べて遅れているようです。企業も災害に対してレジリエントであるべきという危機感を持って対応するのが良いと感じます。

江守:ある温度を超えるとリスクが加速度的に大きくなっていくのではないかという認識に関しては、いかがでしょうか。

山岸:IPCC のグラフでも、大規模な特異現象がおこることへの懸念は考慮されていますが、いわゆるティッピングポイントを越て、そのような現象が本当に起きるのかどうか。でも、加速度的に悪化する可能性があるという認識で問題に臨むか、影響は漸次的にしか進まないという認識で臨むかで、ずいぶん違ってくると思います。

関:温暖化は徐々に進むけれども、その影響に関しては、ある時点で急激な変化が起こりうる。起こるかどうかはわからないけれども、わかるまで待っていられない。とすれば、最悪の事態を想定して、今なんとかすると。まさに、予防原則にもとづくアプローチが大切ですね。

長谷川:イメージでいうと、氷河が急に崩れ落ちるような感じですね。

2/2につづく)

*環境省環境研究総合推進費課題S-10の研究活動として実施した。

執筆:小池晶子 撮影:福士謙介

編集:青木えり、江守正多、高橋潔

東京大学 未来ビジョン研究センター 教授

1970年神奈川県生まれ。1997年に東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程にて博士号(学術)を取得後、国立環境研究所に勤務。同研究所 気候変動リスク評価研究室長、地球システム領域 副領域長等を経て、2022年より現職。東京大学大学院 総合文化研究科で学生指導も行う。専門は気候科学。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次および第6次評価報告書 主執筆者。著書に「異常気象と人類の選択」「地球温暖化の予測は『正しい』か?」、共著書に「地球温暖化はどれくらい『怖い』か?」、監修に「最近、地球が暑くてクマってます。」等。記事やコメントは個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。

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