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いまさら温暖化論争? 温暖化はウソだと思っている方へ

江守正多東京大学未来ビジョン研究センター教授/国立環境研究所
(写真:アフロ)

(新幹線の中で編集作業していたら、間違えて書きかけで公開してしまっていました。2015年12月2日21:06以前にご覧になった方、たいへん失礼いたしました。筆者)

2009年前後、「温暖化は本当かウソか」という類の論争に筆者はかなり巻き込まれた(例えばこれやこれやこれ)。当時は2007年から続く「温暖化ブーム」で、温暖化は怖いという本もウソだという本も書店にたくさん並んでいた。

その後ブームが去り、温暖化自体が次第に話題にならなくなると、「ウソだ」もあまり聞かれなくなった。2011年の福島第一原発事故後には、「温暖化は原発推進の口実だ」ということで、脱原発運動の中に「温暖化はウソ」がかなり聞かれたが、最近はそれも目立たなくなってきていた。

そこに突然やってきたのが、今週始まったCOP21(国連気候変動枠組条約 第21回締約国会議)による温暖化報道の急増である(筆者を含む関係者にとっては「満を持して」なのだが、関心が無かった人には相当に「突然」だろう)。すると、やはりというべきか、「温暖化はウソ」を聞く機会も増えた気がする。

そう思って、最近書いた記事にはその件の解説のリンクを埋め込んでおいたのだが、その記事に「まだCO2いってんのかよ」とか「本当にCO2が原因???」というコメントを付けてくださる方々は、もちろんリンクを読んでくださってはいないだろう。

そういうわけで、そのリンクの内容をここに書き下しておくことにした。

雑誌「パリティ」(丸善)の「温暖化問題,討論のすすめ」という枠で、2012年の2月号に書いたものだ。このころから筆者の「結論」は本質的に変わっていない。ただし、転載にあたって、物理科学の雑誌である「パリティ」の読者層を意識して書いた部分を省略し、一部に編集を加えた。

それ以外に参考になるものとして、以下をあげておく。

なお、タイトルに「温暖化はウソだと思っている方へ」と書いたが、「ウソだ」と強く信じている人が以下の内容を読んで考えを変える可能性は残念ながら高くないと思っている。そこには根拠や論理だけではない動機が関係していると思うからだ。そういう方々とも対話する努力を惜しむつもりはないが、以下の内容はむしろ、「ウソだ」という主張を目にして何が正しいかよくわからなくなっている方、「ウソでない」という主張も見てから判断しようと思っている方へ、視点と情報の提供を試みるためのものである。

いまさら温暖化論争?

筆者は「常識者」対「反常識者」の論争という構図に参加することを好まないが(理由は最後に述べる),本稿では,第1に筆者が温暖化の科学の信憑性についてどう考えているかを述べ,第2によくある誤解のいくつかについて触れ,第3に現時点の温暖化の科学が間違っている可能性について考察してみる。最後に、「クライメートゲート事件」を含む温暖化の科学をめぐる社会的状況に関して述べたい。

温暖化の科学の信憑性

今回は,「常識者」の立場から常識を擁護するように説明するのではなく,筆者なりに虚心坦懐に考えてみたときに,温暖化の科学にどの程度の信憑性があると思うのかを素朴に説明してみたい。

まず,人間活動により二酸化炭素(CO2)をはじめとする温室効果ガスが大気中に増加していること,これは筆者には疑えない。産業革命以降に大気中に増加したCO2の量は,化石燃料燃焼等により大気中に放出されたCO2の総量の半分程度である。人為排出よりも支配的な正味の放出・吸収源は知られていないので,この量的関係だけを見ても,大気中CO2濃度の増加は人間活動が原因と考えざるをえない。

この間,観測データによれば,世界平均の地表気温はおよそ0.7℃上昇している(筆者注:2015年現在、この値はおよそ1.0℃まで上がった)。この値の信頼性を見極めるのは素朴にはなかなか難しいが,20世紀には海上も含めて世界のかなり広い範囲をカバーするデータがあることから,まず,これが都市化(ヒートアイランド)のみによる上昇でないことは確かだろう。データは様々な誤差をもっており,複雑な補正が施されているが,補正や誤差の見積もりは世界の独立した複数の研究機関により実施されて論文として発表されており,それらが互いに似た結果を示すことから,0.7℃程度(筆者注:2015年時点で1.0℃程度)上昇という見積もりが大きく間違っているとは筆者には考えにくい。

さて,大気中の温室効果ガスが増加すると地表付近の気温が上がることは,理論的によくわかっている。温室効果ガス分子が特定波長の赤外線を吸収・射出することは,いうまでもなく量子物理に基礎を持つ放射(輻射)の問題である。温室効果ガスが増えると赤外線の吸収・射出が増え,大気が赤外線に関して光学的に不透明になるため,同じだけの赤外線を宇宙に射出するためには地表面付近の温度が上がって地表面からの射出が増えるしかない。これは物理分野の方々にはよくわかる理屈だろう。

では,過去に生じた0.7℃程度(筆者注:2015年時点で1.0℃程度)の気温上昇は温室効果ガスの増加が原因であろうか。ここでいわゆる「気候モデル」というシミュレーションが用いられる(気候モデルの詳細については拙著『地球温暖化の予測は「正しい」か?』(化学同人)を参照されたい)。人為起源の温室効果ガスの増加を条件として気候モデルに与えて20世紀の気候のシミュレーションを行うと,観測された気温上昇と整合的な結果が得られる。一方,温室効果ガスが増加しないという条件で計算すると,20世紀後半に気温はむしろ下がってしまい観測と整合しない。したがって,気候モデルを信用する限りにおいて,また,気候モデルに与える外部要因(温室効果ガス等の他に,太陽活動,火山噴火といった自然の要因を含む)のデータが適切で,かつ主要な要因に見落としがないことを前提とする限りにおいて,近年の気温上昇の主要因は人間活動による温室効果ガスの増加であると考えざるをえない。そして,この同じ気候モデルを用いて今度は将来のシミュレーションを行うと,対策を行わなければ今後100年間で数℃,地球の平均気温が上昇するという答えが得られるのである。

すると,筆者にとって,問題は(1)気候モデルにはどれだけ自信があるか,(2)外部要因についての知識にはどれだけ自信があるか,の2点に煎じつめられる。この問には後でゆっくり答えることにしよう。

よくある誤解

ここで,温暖化の科学をめぐって聞かれることがある具体的な誤解のいくつかについて触れておきたい。

「水蒸気を無視している」

地球の大気中で最も重要な温室効果ガスである水蒸気の効果が,温暖化の科学では無視されていると聞くことがある。これは単純な誤解で、実際は無視していない。大気中の水蒸気の温室効果,移流・拡散,相変化,雲が放射にもたらす効果,温暖化したときの水蒸気や雲の変化などが,すべて温暖化の科学の中で考慮されている。気候モデルの計算にも入っている。温暖化の文脈では「温室効果ガスといえばCO2」という説明が多いことから誤解が生じた側面があるかもしれないが,結果的にはデマの類である。

「気温が原因で二酸化炭素が結果」

エルニーニョ現象などに伴う数年の時間スケールの変動においては、平均気温の上昇・下降に遅れてCO2濃度の増加・減少が見られる。このことから、温暖化における「CO2が増加すると気温が上がる」という因果関係の存在を否定しようとする論があるが、これは間違いである。気温上昇によってCO2濃度が増加するのは陸上生態系の応答によると考えられ,これは温暖化の予測に用いる気候モデルでも再現できる。このことと,人間活動によるCO2濃度の増加で長期的に気温が上昇することは両立する事柄であり,現在の温暖化の科学で問題無く説明できる。

「過去の自然の気候変動を無視している」

温暖化の研究は過去(たとえば数100年~数10万年)に起こった自然の気候変動を無視していると思われていることがあるが,それも誤解である。過去の気候変動に関する知見は,将来の温暖化を考える上で明らかに重要と認識されており,さかんに研究されている。例えば,気候モデルを用いて過去1000年の気候変動を再現する研究が世界中で行われている。過去の気候についてのデータには不確実性が大きいが,数100年スケールの変動は太陽活動の変動と火山噴火で概ね説明できる一方で,20世紀の温暖化は人間活動の影響を入れないと説明できない。したがって,現在の温暖化が過去の自然変動の延長ではないか,という素朴な問に対しては,根拠を持って否ということができる。

間違っている可能性は無いのか

これらの誤解について読者に正しく認識してもらった上で,現時点の温暖化の科学が間違っている可能性について考えてみたい。先ほど述べたように,現時点で知られている気候変化の外部要因に関する知見と,気候モデル(これは気候システムに関する知見の結晶と見ることもできる)に基づけば,20世紀の世界平均気温上昇は人間活動による温室効果ガスの増加により説明でき,かつそれを抜きにしては説明できない。それにもかかわらず温暖化の科学が間違っているとしたら,どんな可能性が考えられるだろうか。

例えば,実は「未知のプロセス」があって,このまま温室効果ガスが増えても,気温を抑制するフィードバックが働き,気温はほとんど上がらないかもしれない。その場合,「未知のプロセス」抜きの気候シミュレーションで20世紀の気温上昇が再現されてしまうのはなぜか。それはたまたまかもしれない。20世紀も温室効果ガスの増加によって気温が上昇したのではなく,「未知の外部要因」のせいで上昇したのかもしれない。

このような批判的な考察は,科学を進める上で時として非常に有用であろう。未知の要素を2つ以上導入すれば,温暖化の科学が間違っている可能性を考えることができることはわかった。では,果たしてそんなことはありえるだろうか。筆者なりに答えるならば,その可能性がゼロであるとは原理的にいえない。しかし,現時点で,その可能性を真剣に考えなければならない証拠を温暖化の科学は突きつけられていない。

たとえば,「未知の外部要因」の一つとして宇宙線量の変化などを通じた太陽活動変動の間接効果には一部で根強い関心がある。しかし,太陽周期の変動を平滑化して見ると,太陽活動は1980年代から今まで弱まってきている一方,その間も地球の気温は平均的に上昇しているので,宇宙線などの効果を考慮しても期待される変化と逆符号であり,これが「未知の外部要因」の有力な候補になるようには,筆者には見えない。

また,現在の気候モデルによるシミュレーションは,20世紀の気温上昇のみならず,現在の平均的な気候状態,日々から年々の自然変動の特徴,さらには過去1000年の気候変化や最終氷期などの古気候に至るまで,不確実性の範囲内で観測データと整合する。主要な気候プロセスを概ね正しく計算できていなければ,これほど様々な時間スケールの現象を再現することは難しいはずであると筆者は思う。

科学として,未知の要素の可能性を問い続ける姿勢は重要だが,現在の温暖化の科学に関しては,「未知の要素があるに違いない」と決めてかかる理由は今のところ無い。

「クライメートゲート事件」の背後にあるもの

さて,ではそんなに自信があるなら,なぜ研究者たちはデータの改ざんや公開拒否などを行ったのだろうか,と思うかもしれない。いわゆる「クライメートゲート事件」(イーストアングリア大学メール流出事件)の件である。実は,筆者の認識では,彼らはデータの改ざんなど行っていない。この事件の後,英国政府および大学の委託による3つの独立調査委員会が調査を行ったが,どの委員会の報告書も,科学的な不正は無かったと結論している(クライメートゲート事件を「データねつ造」として紹介する論者が、この重要な事実にほとんど触れない傾向があるのは興味深い)。

温暖化論争をフォローするうえでぜひ知っておいて頂かなければいけないことは,欧米の産業界の一部の意を汲むといわれる組織的な温暖化懐疑論・否定論活動の存在である(たとえば、『世界を騙しつづける科学者たち』(楽工社)を参照)。身も蓋もなくいえば,気候変動政策を妨害するために,その基礎となる科学に対する不信感を人々に植え付ける効果を狙って意図的に展開されている言論活動があるということだ。たとえば,映画『不都合な真実』でも紹介された「クーニー事件」では,石油業界のロビイスト出身者がブッシュ政権に雇われて温暖化の科学に関する政府の文書を書き換えていたとされる。「クライメートゲート事件」をスキャンダルとして騒ぐのであれば,「クーニー事件」についてももっと騒がないのはおかしい(しかも「クライメートゲート事件」の方は実際には不正は無かったのだから)。「クライメートゲート事件」で流出したメールの中で,気候研究者たちが批判者に対して攻撃的であり排他的であるように見えるのも,もとはといえば彼らが常日頃からこのような妨害活動の影響を受けて辟易し,腹に据えかねるほど憤っていたことが背景にある。日本国内ではこのような組織的な活動の存在を筆者は知らないが,影響は国内にも大きく波及している。ネット等で出回る欧米発の温暖化懐疑論の多くはこのような組織的な活動に由来する可能性が高いが,これらをせっせと「勉強」して国内に紹介してくださる「解説者」が少なくないからだ。

本当は,このことを指摘するのはあまり気が進まなかった。傍から見れば「お前はインチキだ。」「いや,そっちこそインチキだ。」という泥仕合になってしまうからである。そして,この状況こそが,組織的な懐疑論・否定論活動の思うつぼなのである。彼らは科学的な議論に勝つ必要は無く,この問題が論争状態にあると人々に思わせることができれば,それで目的は果たせるからだ。これが,最初の方で述べた,筆者が「常識者」対「反常識者」の論争の構図を好まない理由である。温暖化の科学の真偽をめぐって科学的な議論を深掘りすることはもちろん重要だが,それが結果的に一部の政治勢力の片棒を担いでしまう可能性については,十分に自覚的でありたい。

(「パリティ」2012年2月号より一部を省略・編集して転載)

東京大学未来ビジョン研究センター教授/国立環境研究所

1970年神奈川県生まれ。1997年に東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程にて博士号(学術)を取得後、国立環境研究所に勤務。2022年より東京大学 未来ビジョン研究センター 教授(総合文化研究科 客員教授)/国立環境研究所 地球システム領域 上級主席研究員(社会対話・協働推進室長)。専門は気候科学。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次および第6次評価報告書 主執筆者。著書に「異常気象と人類の選択」「地球温暖化の予測は『正しい』か?」、共著書に「地球温暖化はどれくらい『怖い』か?」「温暖化論のホンネ」等。記事やコメントは個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。

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