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習近平「訪韓」優先、その心は?――北朝鮮への見せしめ

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

習近平「訪韓」優先、その心は?――北朝鮮への見せしめ

中国の習近平国家主席が7月3日から2日間の予定で韓国を国賓として訪問する。

江沢民時代以来、国家主席が北朝鮮より先に韓国を訪問したことはない。もっとも中国が韓国と国交正常化したのは1992年8月で、江沢民が中国共産党の総書記に就任した1989年6月には、まだ外交関係が成立していなかった。

江沢民が総書記就任後、初めて訪問した先は北朝鮮。1990年3月14日のことである。江沢民が国家主席になったのは1993年で、訪韓は1995年11月。訪朝より5年も遅い。

胡錦濤が国家主席に就任したのは2003年3月だが、北朝鮮を訪問したのは2005年10月30日で、韓国訪問は同年の11月18日と、日程的にはわずかなズレではあるものの、やはり北朝鮮訪問を優先している。

それなのに習近平は、これまでの慣例を破り、軍事同盟国である北朝鮮を訪問せず、堂々と先に韓国訪問を断行すると決定してしまった。ここまでやるからには、よほどの事情があると考えなければならない。

では、何があるのか?

中国はもしかしたら、韓国と「軍事同盟」を結ぶ段階にまで突き進むのだろうか?

本稿では、中国政府関係者への単独取材に基づき、中韓蜜月が進む中、中国が何を考えているのか、「習近平の心」を読み解く。そこから北朝鮮のミサイル発射の意図までが透けて見える。

◆中国の言うことを聞かない北朝鮮

習近平政権が誕生してから、李源潮国家副主席が北朝鮮を訪問した。朝鮮戦争停戦(1953年7月25日)60周年記念を祝うためだ。

2013年7月25日、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)第一書記は、平壌(ピョンヤン)の百花園迎賓館で李源潮と会談した。迎賓館の壁には、胡錦濤時代に中共中央組織部部長を務めていた李源潮が訪朝した際に金成日(キム・ジョンイル)と会談した記念写真が大写しにして掛けてあった。

北朝鮮が中国の来賓を喜んだということの何よりの表れと言っていいだろう。この2カ月前の5月22日、金正恩は軍総政治局長であった崔龍海(チェ・リョンへ)を特使として北京に派遣している。その目的の一つは、この日のためにあった。

李源潮は中共中央政治局常務委員7名(筆者はこれをチャイナ・セブンと名付けている)の一人ではない。しかし異例の人事として2013年3月に国家副主席に選ばれ、かつ中共中央の協調組織の一つである「中央外事工作領導小組(中国共産党中央委員会・外事関係指導グループ)」の副組長でもある(組長は習近平)。したがって李源潮にはそれなりの格があり、外交に関しては習近平に次ぐ存在だ。

それでもなお、金正恩は、中国の言うことを聞こうとしなかった。

中国は北朝鮮の核実験やミサイルによる威嚇を止めようとしたのだが、効果はなかったのである。

北朝鮮が中国の言うことを聞かなくなったのは、今さら始まったことではない。

中韓国交正常化が成されるまでは、北朝鮮にとっての最大の敵国は韓国だった。

しかし同盟国であるはずの中国が、その韓国と友好的な外交関係を結んだのだ。北朝鮮は烈火のごとく怒り、「それなら台湾と友好関係を結んでやる」と中国を威嚇。まだ健在だったトウ小平は「やるなら、やってみろ!」と北朝鮮を一喝したものの、結局のところ、中韓国交正常化の見返りに、北朝鮮に巨大な経済的支援をし続けることになる。

中国にとって北朝鮮はアメリカの軍事力から中国を守る防波堤の一つになっている。北朝鮮は中国のその「弱み」を、しっかりと心得ている。

中朝間には軍事同盟があり、1961年に「中朝友好合作互助条約」を結んで以来、有効期限の「20年」を1981年と2001年に更新し、現在は2021年まで有効だ。したがって北朝鮮がどこかの国と戦えば、中国は北朝鮮を自動的に応援しなければならない。

その中国が、国連安保理における北朝鮮の核実験や弾道ミサイル発射などに対する制裁決議案に、何度にもわたって賛成票を投じている(2006年、2009年、2013年など)。

2013年5月には、中国の国有銀行第4位の規模を持つ「中国銀行」が「朝鮮貿易銀行」の取引停止と口座の閉鎖を実行したこともある。

理由は核実験や弾道ミサイル発射などによって、北朝鮮と軍事同盟を結んでいる中国を、国際社会において不利な立場に追い込むだけでなく、ミサイルの矛先が、ともすれば中国に向いていることを中国は知っているからだ。

かつて毛沢東時代に旧ソ連との間における共産主義国家同士の対立であった「中ソ対立」に近いような、「中朝対立」とも称していいほどのしこりが中朝間にはある。

特に金正恩政権に入ってから、中国に対する反抗が目立つ。

だから李源潮は核実験や弾道ミサイルに関して、金正恩を説得できないまま帰国したのだ。中国が主導する六カ国会議も遠のくばかりで、中国はメンツ丸つぶれなのである。

それだけではない。

北は2013年12月12日に、張成沢(チャン・ソンテク)を公開処刑した。改革開放経済的思想傾向を持ち、中国に近い関係にある張成沢を、資本主義に思想が汚染された「国家転覆罪」をもくろむ反革命分子として断罪。

これに対して中国の国営テレビCCTV(中央テレビ局)は、2013年12月28日、中国人民解放軍瀋陽軍区の精鋭99改良型主戦タンカーの隊列と122ミリ自動榴弾砲の大群が長白山で激しい軍事演習をするさまを映し出した。

長白山は中朝国境に位置する重要な軍事拠点。

「いざとなったら、照準を北朝鮮に合わせるぞ」と言わんばかりだ。

筆者がこのたび取材した中国政府関係者は、吐き捨てるように言った。

「朝鮮は、あまりに中国の言うことを聞かな過ぎるんだよ。中国がどれだけの支援をしてきたと思っているんだ。食糧だって、エネルギー源だって、何もかも中国に頼り切ってるじゃないか。中国がその気になったら、朝鮮は生きていけなくなる。崩壊するのは目に見えている。でも、中国が本気で支援を全て断つことはないだろうと、タカをくくってるんだよ、あの若造は! だから、見せしめてやらなければならない。何も起きないとは限らない!」

なお中国では一般に「北朝鮮」のことを「朝鮮」としか言わない。ここでは取材時の回答のままに書いた。

◆「中韓軍事同盟」まで行くのか?

それなら、ひょっとして「中韓軍事同盟」まで行くのだろうか?

これに関して、先述の中国政府関係者は即座に否定した。

「いや、それはない。中韓には戦略的パートナーシップがあり、その下での軍事交流は進んではいる。しかし、それには三段階あって、まず<軍事交流>、つぎに<軍事合作(協力)>、そして最後に<軍事同盟>という段階に入っていく。第一段階にはすでに突入しており、中国人民解放軍の総参謀長や副参謀長あるいは各軍区司令員などが訪韓している。また韓国の国防部長(国防大臣)や陸海空軍参謀総長および陸軍第3軍司令員などが訪中している。人事交流を中心として軍事交流は盛んだ。しかし、この段階にとどまっており、入るとしても第二段階の初期段階までだ。なぜなら韓国には米韓同盟があって在韓米軍が駐屯しているし、中国には中朝同盟があるのだから……」と、ここは慎重だ。

昨今の、看過できないほどの「中韓蜜月」は、必ずしも「日韓同盟」や「米韓同盟」の分断を謀ったものではなく、それもあるが、狙いは共産圏同士の「北朝鮮」への見せしめにあるとすれば、日本はここでじっくりと、対「中国・韓国・北朝鮮」戦略を練らねばなるまい。

中国のネット空間に興味深い調査結果が出ていた。

「(北)朝鮮が最も憎んでいるのは、どの国か?」という問いに対する調査結果だ。それによれば「(北)朝鮮が最も憎んでいるのはアメリカでもなく韓国でもなく、はたまた日本でもない。驚くなかれ、最も憎んでいる国は中国だった」とのこと。

複雑に絡んだ「中国と韓国と北朝鮮」――。

北朝鮮はいま、日本に秋波を送る以外にない。日本にとっては、「漁夫の利」が転がっているとも言えよう。

昨日のミサイル発射は、習近平訪韓に対する嫌がらせと解釈すべきだろう。大陸に向けるわけにはいかないので日本海に向けたのであって、「日本」という国に向けたものではないことが、中朝関係から透けて見える。その意味で、日中首脳会談が実現しない現在は、拉致問題解決にはベストタイミングであり、ラストタイミングでもある。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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