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権力闘争ではない――周永康事件

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

権力闘争ではない――周永康事件

日本の一部のメディアでは、周永康が中共中央紀律検査委員会の取り調べを受けている陰には権力闘争があるという報道が見られるが、それは間違っている。

中国では党大会が終わって新しい総書記が選出されると、10年間は絶対に安泰だ。むしろ、内部の権力闘争などあると困る。だから少なくとも「派閥」に関しては、次の党大会までは、静かにしていたい。

仮に権力闘争があるとするなら、習近平の闘いの相手は誰だというのだろうか?

「権力闘争だ」と主張する人々は、この問いに対して回答に窮するだろう。

相手がいないからだ。

◆習近平の後ろ盾は江沢民だった

習近平を中共中央総書記および国家主席にまで押し上げたのは江沢民である。

2007年、第17回党大会前の北戴河における密談で、当時の胡錦濤国家主席は、何としても共青団(中国共産主義青年団)腹心の李克強を次期総書記および国家主席に持って行こうと意気込んでいた。それを真っ向から反対して李克強の代わりに習近平を押し込んできたのは江沢民だ。

その知恵を江沢民に吹き込んだのは曽慶紅。習近平の「太子党」(革命第一世代の子女、紅二代)(太子党は蔑称)としての兄貴分である。習近平と曽慶紅の親交は1970年代末に遡る。以来、曽慶紅は陰になり日向になって習近平を応援してきた。

一方、この曽慶紅こそ、江沢民の大番頭なのである。したがって曽慶紅を仲介として習近平は江沢民の庇護のもとにいた。

このこと一つをとっても、習近平が派閥としての「江沢民派」に対抗して権力闘争をしているなどという構図は、考えられないことだ。

もともとの江沢民派を列挙するなら曽慶紅を筆頭として、「劉志軍、薄熙来、周永康、賀国強、賈慶林、徐才厚、李長春、張徳江、兪正声、王雲山、張高麗……、そして習近平」などである。習近平は、もともと、これら江沢民派の支持を得ていた。

◆共青団と対立しているのか?

では現在のチャイナ・セブン(中共中央政治局常務委員)の党内序列第二位である李克強(共青団)と習近平は対立しているのだろうか?

答えは「否」である。

李克強は自分の置き所を心得ており、国務院総理として、今ではいきいきと力強く本領を発揮している。習近平に対抗しようなどとは、今では微塵も思っていない。なぜなら2012年11月の第18回党大会で「習近平が総書記」と決まり、2013年3 月の全人代で習近平が国家主席、李克強が国務院総理と決まったからには、10年間、この職位が変わらないことを知っているからだ。だから李克強は、むしろ喜々として国務院総理の役割を果たしている。習近平と競争をする必要は皆無だ。

むしろ共青団における兄貴分の胡錦濤が、習近平と仲がいいので、李克強も習近平とは仲がいい。胡錦濤は習近平の父親の習仲勲(本来は員に力)(しゅう・ちゅうくん)のお蔭で中共中央委員会委員になり、出世の足場を築いているので、習仲勲を尊敬している。天安門事件のきっかけとなった胡耀邦おろしの際にも、ひとりトウ小平に逆らって胡耀邦を守ったのは習仲勲だけだった。胡耀邦は胡錦濤の大の恩師。したがって胡錦濤は習仲勲を敬愛していたので、その息子の習近平には一目置いているのである。

2012年の第18回党大会で、胡錦濤と習近平は協力して、「チャイナ・ナイン」を「チャイナ・セブン」に持って行った。つまり中共中央政治局常務委員の数を「9人」から「7人」にしたのだ。

その目的は「中共中央政法委員会書記」のポストを最高指導部である常務委員から降格させることにある。

この時点で「周永康を摘発する」という約束は、胡錦濤と習近平の間ででき上がっていた。なぜなら、あまりに(公安、検察、司法をつかさどる)政法委員会の横暴さが目に余っていたからだ。その横暴さは職権乱用と腐敗により人民の不満を招き、年間18万件に及ぶ暴動を生んできた。

◆習近平の狙いは?――摘発した「虎」は江沢民派ばかり?

「虎もハエも同時に叩く」というスローガンに沿って反腐敗運動を推進してきた習近平政権は、今年の1月までに18万人の腐敗分子を摘発し、そのうち党幹部は15万人だった。

虎は大物の腐敗分子、ハエは小物の腐敗分子である。大物のうち、ほとんどは元江沢民派だ。

それは結果論であり、江沢民の下に「利権集団」ができ上がったことに原因がある。

決して「江沢民派」を打倒しようとして、その配下にいる「虎」を捉えようとしてきたわけではなく、腐敗分子を捕えた結果、それが江沢民の利権集団と関わっていたということなのである。

中国共産党員の腐敗は限界に来ており、「腐敗を撲滅しなければ党が滅び、国が滅ぶ」ことは、誰の目にも明らかだ。だから世話になり、自分を支援してきてくれた「虎」が江沢民派であったとしても、党の支配を維持していくためには斬りこんでいくしかない。

そして習近平がやっていることは「国家のため」というより「一党支配を維持していくため」なのである。

この詳細は、また次回に回そう。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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