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毛沢東の反腐敗運動を模倣する習近平――周永康事件

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

毛沢東の反腐敗運動を模倣する習近平――周永康事件

数千年にわたる中華王朝の歴史は、腐敗と退廃による滅亡を繰り返してきた歴史だと言っても過言ではない。中国共産党という、本来なら腐敗を生まないはずの政権が1949年10月に誕生したが、建国の父、毛沢東は腐敗が国を滅ぼすことを熟知していた。中国には「拉関係、走后門」(ラーグアンシ、ゾウホウメン)(コネと裏口=袖の下)の精神文化があるからだ。

そのため建国2年後の1951年には「三反運動」(反腐敗、反浪費、反官僚主義)を唱えて数百万人に及ぶ腐敗分子を逮捕している。政府側の統計で、全人口6億弱の中で、800万~900万の者が摘発され、逮捕者18.4万人、党籍剥奪11.9万人、自殺や獄死者13.4万人、公開処刑者40人となっているが、しかし人民の間では、死者の数は200万から500万人だというのが定説だ。その中には労働改造所などに収容されたまま、二度と再び娑婆(しゃば)に出て来なかった者の数も入っている。

筆者はそのとき天津にいたが、父の友人も、「嫌疑」だけで労働改造所に入れられたまま消息を絶ち、生涯出てくることはなかった。

◆毛沢東の「大虎も小虎も同時に叩け」

このとき毛沢東が唱えたスローガンは「大虎も小虎も同時に叩け」である。

「打虎部隊」(虎退治部隊)を結成して、「大虎=大物腐敗分子」と「子虎=小物腐敗分子」を全土で逮捕すべく、虎退治に向けて突撃させた。

習近平はこの「小虎」の部分を「ハエ」に置き換えて「虎もハエも同時に叩け」としただけで、戦略は完全に毛沢東の模倣である。「ハエ」にしたのは、80年代半ばに改革開放を進め過ぎると守旧派から非難されたトウ小平が「窓を開ければハエだって入ってくるさ」といった「ハエ」から来ている。

50年代初頭の三反運動で最初に公開処刑されたのは劉青山と張子善だ。二人とも中国が建国されるまでの革命戦争の英雄。新中国(現在の中国)建国のために、命をかけて戦ってきた。

その二人を処刑することに周囲からは反対の声も上がった。すると毛沢東は

「二人の命が大事か、それとも国家が大事なのか!」

と一喝し、公開処刑を断行。

特に劉青山は天津市の書記(中国共産党天津市委員会のトップ)を務めていたので、筆者が通っていた天津の小学校では、毎日「劉青山の公開処刑」に関する学習会に参加することが強要され、恐ろしさに震え上がったものである。

これが毛沢東の目的だった。

毛沢東は「殺一●(人偏に敬)百、反過来警告群衆」(1人を殺すことによって百人を戒めることができ、それはひるがえって群衆への警告となる)と言ったのである。

毛沢東はさらに、「この二人を公開処刑することによって初めて、2人が20人、200人、2000人、そして20000人の党幹部の過ちを未然に防ぐことができるのだ」とも言った。

◆現在の中国共産党幹部の天文学的汚職金額

汚職というのは陰でこっそり行うものなので、なかなか正確な数値ははじき出せないが、アメリカの金融監督機構 が2012年12月に出した報告書によれば、2011以前の11年間で中国の党幹部の腐敗による海外不正流出額は3.79兆ドル(約400兆円)であるという。

おおまかに10年で割ったとして、年平均40兆円という計算になる。

事実、党幹部による2010年の不正蓄財は約40兆円で、2011年は60兆円なので、この金額は妥当ということになろう(詳細は『中国人が選んだワースト中国人番付――やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ』のp.145前後)。

これほどの腐敗が横行している中国が、中国の歴代王朝同様に、腐敗で滅びないという保証は、もはやない。中国共産党の一党支配体制が崩壊するとすれば、必ず「腐敗で滅びる」。筆者はそう確信している。

事実、2012年11月の第18回党大会の時、前総書記の胡錦濤も現総書記の習近平も、口をそろえて「腐敗問題を解決しなければ、党が滅び、国が滅ぶ」と叫んだ。

それほどに党は崩壊の危機にさらされているのである。

◆誰もゴルバチョフになりたくない

世界最大の共産主義国家であったソ連は、ゴルバチョフ大統領の代で滅んだ。この世から「ソ連(ソビエット連邦)」という国は消滅したのだ。

何としても中国共産党の一党支配体制を維持し、「第二のゴルバチョフ」にだけはなりたくないと、中国の国家主席は必死で共産党の統治体制維持に邁進している。

習近平もその例外ではない。

いや、習近平こそが、最もその危機に立たされた国家主席だと言っていいだろう。なぜなら腐敗の額も、貧富の格差も、(利益集団がもたらした)環境汚染も、(食品や、党幹部の不正常な異性交際などにおける)モラルの低下も、そして何より暴動件数も、建国以来、最大になっているからだ。

このような現実を見ずに、周永康事件の根源は「権力闘争」だと主張するチャイナ・ウォッチャーや報道関係者がいるのは、実に嘆かわしいことだ。現在の習近平政権内に、「まだ権力闘争をしているゆとりがある」と見ているということになる。中国共産党指導部内には、もはや、そのような「ゆとり」はない。「権力闘争」をしているということは、「まだそのゆとりがある」と中国を見ているということになり、それは「中国を高く評価しすぎだ」としか、筆者には思えない。

「権力闘争」と言えば、人目を引きはするだろう。おもしろおかしくも描けるだろう。しかし、そのような矮小化した視点で中国を見ていると、日本の戦略をさえ誤らせると、筆者はそれを懸念する。

習近平政権ができ上がるまでは、まちがいなく熾烈な権力闘争が繰り広げられた。筆者自身、『チャイナ・ナインーー中国を動かす9人の男たち』で「権力闘争」を詳述してきた。だから責任を感じている。しかし第18回党大会後は事態が変わったことを、前回の記事と合わせて、どうか注目してほしいと希望する。

党大会前には権力闘争はまたやってくる。しかし今はその政治の時代ではなく、「誰もがゴルバチョフになりたくない!」と必死なのである。それほどに「党の基盤」自体が脆弱になっているのであって、誰がトップに立ってもその脆弱さに変わりはない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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