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中国、厳粛な反日ドラマは強化――娯楽化を警告したのみ

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

中国、厳粛な反日ドラマは強化――娯楽化を警告したのみ

8月14日、中国共産主義青年団系列の中国青年報が反日ドラマの氾濫を批判したとして、日本ではプラスに受け止められているが、これはまちがった解釈である。

中国青年報が批判したのは反日ドラマの「娯楽化」であって、あの厳粛な史実と民族の屈辱が、反日ゲームやドラマの粗製乱造によって娯楽化してしまい、抗日根拠地が観光地になっている現状を批判しただけである。「これでは抗日戦争の犠牲者を侮辱することになり、中華民族の尊厳を自ら毀損する。だからもっと真剣なドラマを制作し、厳選して放映許可を出すべきだというのが報道の主旨である。

娯楽化を戒めただけで、反日ドラマ自身は9月3日(中国にとっての戦勝記念日)から10月末までを強化期間として、必ず放映することを義務付けている。

◆商品化した反日ドラマ――娯楽化、お笑い化への警告

中国の新聞出版および映画テレビなどを管轄する国家新聞出版広電総局(国家新聞出版広播電影電視総局)は、2013年5月13日、反日ドラマの「伝奇劇」化を禁止する通達を出した。

「伝奇劇」というのは「現実には起こりえない怪奇現象や幻想的な現象を描いたドラマ」のことで、視聴率を高めるために反日ドラマの娯楽化やお笑い化が激化し、看過できないところにまで来ていた。

たとえば「神のわざのような掌(てのひら)をかざしただけで、一瞬で日本軍を千人斬りできる」とか「十歩飛べば、万里を駆け巡る」、あるいは飛んでいる日本の軍用機の先端で八路軍(人民解放軍の旧称)が日本軍と戦い飛行機を撃墜するなど、奇想天外な技を披露する。中には、本来はつぎはぎだらけの軍服しか来てないはずの八路軍が、1人で数百人の日本軍をやっつけ、登場するたびにファッショナブルな今風の服装で戦うといった、現実にはあり得ない場面で観客を楽しませるものもある。

これは視聴率を上げるための反日ドラマの「商品化」で、観客はまるでお笑いを見ているように、ゲラゲラ笑ったり、スナックをつまみながら観劇したり、子供に反日ドラマのキャラクターを抱かせてドラマを楽しむ場合もある。

「手撕鬼子(ソウスーグイズ)」(手で日本軍を引きちぎる)場面が流行すると、主婦たちの間では「手撕菜」(ソウスーツァイ)(手で引きちぎって作る料理)という料理法までが登場して、そのための野菜が市場で売られる始末。

これでは命を犠牲にして戦いつづけた抗日戦士たちの尊厳が失われ、中華民族を中国自身が侮辱していることになると、広電総局は激怒して通達を出したわけだ。

今年8月14日に中国青年報に載った反日ドラマ娯楽化への警告は、昨年5月の広電総局の警告の続きであって、決して「初めて」でもなく、また日本が喜ぶような報道をしたわけではない。昨年の警告時に比べて改善されるどころか、抗日根拠地が観光地化し、地元の野外劇場などで演じられる抗日劇が、子供たちへのサービスに変質し、悪辣な日本軍を演じた男優が、公演後観光客へのサービスから、3歳の子供にやっつけられる場面を演じてみたり、広電総局の目が行き届かないところにおける娯楽化を戒めた。地元の劇では、たとえば、かなり中年太りをした女性たちが八路軍に扮して日本軍をやっつける場面があるが、降参する日本軍も女性たちも笑いながら演じており、お笑いの世界と変わらない。

中国青年報は、それを「中国人自身が中華民族を侮辱している」と戒め、もっと厳粛であれと警告しているだけだ。決して反日ドラマ自粛ではない。

実際の報道をご覧になりたい方は、こちらにアクセスして頂きたい。

◆広電総局は反日ドラマ放映強化を指示

反日ドラマの自粛どころか、広電総局はむしろ9月3日から10月末を「反ファシスト・ドラマ放映強化期間」と定めて、その中で反日ドラマの放映強化の通達を出している。

中国は日本がアメリカ軍艦ミズーリ号上で降伏文書に調印した1945年9月2日の翌日、9月3日を対日戦勝記念日としている。この日から10月末まで中国の主たる衛星テレビ局において強制的に厳粛な反日ドラマを放映させる。この通達を出したのが8月15日。中国青年報は広電総局の通達とペアで出されていることに注目しなければならない。

菅官房長官が、「中国が反日ドラマ放映を自粛」という、日本のまちがった報道にコメントしているのを知るにおよび、筆者としては中国の正確な意図を日本人および日本政府に伝える必要を感じ、実情をご紹介する次第である。

なお、広電総局が「反日ドラマ」強化と銘打たずに、あえて「反ファシスト・ドラマ」強化期間としたのは、来年の「反ファシスト戦勝70周年記念」を意識してのことだ。

1949年に誕生した中国(中華人民共和国)は、1945年8月15日までの第二次世界大戦において、「連合国側」の国として「戦っていた国家」という、かなり無理なストーリーを、「史実」として喧伝していくためである。それにより、国際社会における中国の地位を高めていくことができるからだ。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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