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江沢民逮捕まではいかない反腐敗運動

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

江沢民逮捕まではいかない反腐敗運動

習近平政権の反腐敗運動が余りに激しく、前チャイナ・ナインの周永康にまで手が及んだことから、つぎはいよいよ江沢民かという「期待?(希望的観測?)」が世界をめぐっている。

情報源の多くはは江沢民の法輪功弾圧を糾弾する「大紀元」や「唐人テレビ」で、これらは世界20か国語ほどに翻訳して報道している。日本語でも容易に見ることができるのでアクセスしやすく、つい影響を受けてしまう。書き方もうまく、普及率もかなり高い。法輪功の被弾圧者の最大の敵は江沢民。江沢民を逮捕してくれなければ気が収まらない。その気持ちは理解できる。だから「巷」では、それにあおられて「次は大虎、いよいよ江沢民」と噂される事態になっているのである。

◆江沢民の名前は党規約に載っている

しかし、残念ながら(?)、習近平政権の反腐敗運動捜査の手が江沢民まで及ぶことはない。

なぜなら江沢民の名前は「党章(党規約)」に載っているからだ。

マルクスレーニン主義と毛沢東思想、トウ小平思想までが載っていた党規約に、江沢民は何としても自分の名前を載せようと任期ギリギリの第16回党大会(2002年)前に「三つの代表」論を立ち上げて、党大会で「江沢民の偉大なる『三つの代表』思想」という文言を書き込ませることに成功した。

それ以来、歴代総書記の名前を入れることが慣習となり、2012年の第18回党大会では胡錦濤の名前も党規約に書き込まれて党史を輝かせている。

中国共産党にとって「神聖」なる党規約に明記してある者を逮捕するなどということがあったら、これは中国共産党自身を否定することになる。

崩壊は一瞬でやってくる。

その瞬間がやってこないようにするためにこそ、習近平は必死になって反腐敗運動をしているのであって、決して江沢民をやっつけるのが目標でもなければ、権力闘争でもない。

習近平は分類すれば江沢民派閥。

習近平を国家主席まで押し上げてくれたのは江沢民とその腹心、曽慶紅だ。

そこをやっつけてどうする。 

しかも習近平ほど権力基盤が盤石な国家主席は未だかつてないと言っても過言ではないほど、彼には敵が少ない。

だからこそ、ここまで大胆な虎退治ができるのであって、胡錦濤もそうしたかったが、江沢民に阻まれてできなかった。

しかし、共産党幹部は、ここまでの反腐敗運動を展開しないと崩壊するほどに腐敗しきっているのである。紅い中国は、崩壊するとすれば必ず腐敗で滅びる。だから後に引けず、闘いを挑んでいるだけだ。

日本人はむしろ、このことにこそ目を向けるべきだ。

◆中央巡視組の上海査察

ちょうど、折も折、この巷の噂を裏付けるように、中央紀律検査委員会の「中央巡視組」が上海査察に入った。だから「ほら見たことか。やっぱり江沢民の巣窟、上海が集中的に狙われたのだから、次は江沢民だ」と、江沢民逮捕希望組はざわめいている。

ところで、この「中央巡査組」とは、本来は党幹部が紀律違反をしていないかどうかをチェックするために地方巡業をする組織だった。2003年に母体ができ上がり、2009年に現在の名称になったまだ若い組織である。

近年、党幹部の腐敗が進み、地元の企業との癒着によって利益を独占し、人民に莫大な損害と不満を与えていることから、実際上は各地域に未解決の社会問題がないか、当該地域の党幹部に人民が不満を抱いていないかを視察する役目を果たしている。視察期間は2カ月間。

習近平政権が立ち上がった後の2013年1月、習近平が出席した中央紀律検査委員会の会議で、反腐敗運動と連動して中央巡視組を巡視させるスケジュールが決められた。

昨年10月末、山西省の党委員会庁舎の前で爆発事件があったことは記憶に新しいと思うが、このときも実は中央紀律検査委員会が「中央巡視組」を山西省に派遣し「山西省巡視工作動員会」なるものを党委庁舎で開催していたからだ。当地の党幹部が実情を隠ぺいして、巡査が形式だけに終わるのが常なので、どれだけ庶民が虐げられているかを中央に知らせるのが爆破事件の目的だった。

筆者はすぐにそのことを書いたが、どうも日本のメディアには、「中央順組」という存在になじみがないようで、その重要性が注目されることはなかった。そこで今般改めた、上海巡視が理解できるように、習近平政権になってからの巡査組のスケジュールをご紹介しよう。

第1回

期間:2013年5月~7月

重点地域:内蒙古、江西、湖北、重慶、貴州

第2回

期間:2013年10月~12月

重点地域:山西、吉林、安徽、湖南、広東、雲南

第3回

期間:2014年3月~5月

重点期間:北京、天津、遼寧、福建、山東、河南、海南、甘粛、寧夏、新疆、新疆生産建設兵団

第4回

期間:2014年7月~9月

重点期間:広西、上海、青海、西藏、浙江、河北、陝西、黒龍江、四川、江蘇

このように巡視地域は最初から決まっているのである。今は2014年8月。だから「上海も!」対象になっているだけのことだ。時期的には周永康立件と一致しているので、ざわめく気持ちは分かるが、これは時期が一致しただけのことである。上海以外にも9地域もあるが、江沢民逮捕希望組は、そういうことには注目しない。最初から目的があって分析(噂?)しているからだろう。

中央巡視組は毎回、それぞれ重点視察対象が決まっており、今回は「国家体育総局、中国科学院、一汽集団」である。 他の巡視組の場合の重点視察対象は省略したが、ここでも「狙い撃ち」で噂を立てようと思えば立てられる要素がある。中国科学院は江沢民の息子がいた組織だし、一汽(第一自動車)は江沢民の50年代のスタート地点だ。

おもしろおかしく組み立てようと思えば、たしかに素材には事欠かない。

しかし習近平の狙いがどこにあり、中国がどこへ向かおうとしているのか、そして中国は今どういう状態にあるのかを正確に見定めるには、正確なデーターを掌握して分析しなければならないのではないだろうか。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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