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江沢民、危篤か?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

江沢民、危篤か?

江沢民(1926年8月17日生まれ)が、どうやら危篤状態にあるようだ。もしかしたら一両日中に、重大な発表があるかもしれない。

胡錦濤が国家主席になった2003年にSARS(サーズ)が流行って中止になった以外、ほぼ毎年8月に開催される北戴河の密談にだけは、どんなことがあっても出席していた江沢民が、今年は初めて顔を出さなかった。

持病が悪化したことは聞いていたが、今年8月初め、容体が急変し緊急入院したという。中国のどの新聞もテレビ局も、いざというときに発表できる態勢を準備していることを、つい最近、中国にいる教え子たちから聞いた。また9月8日の午後には緊急集会があるという話も、元いた研究所の仲間から漏れ伝わってきている。

2011年7月6日には、「山東新聞」のウェブサイト「山東新聞網」は堂々と江沢民を哀悼する情報を載せたことがある。大きな黒枠の中に「敬愛的江沢民同志永垂不朽(敬愛する江沢民同志は永遠に不滅である)」という文字が大きく書かれ、江沢民の写真まで載っていた。午後8時には削除され、関係者は厳しい処分を受けている。

このときは日本の新聞でも誤報があったが、今回はどうやら違うように思われる。

1978年の改革開放後、中国共産党中央委員会(中共中央)の総書記と国家主席および中央軍事委員会主席の三役をすべて一身で受けた者はいない。江沢民が初めてだ。だから誰もが江沢民の力に恐れおののいていた。

その江沢民がかつて「お前の後ろ盾はこの私だ! 私より大きな権力を持った者は誰もいない!」と部下に怒鳴ったことがあると、2日前の「人民網」(中国共産党の機関誌「人民日報」のウェブサイト)が報道している。それは習近平がいた厦門(アモイ)で中国建国以来最大級の汚職事件である「遠華事件」が起きたときのことだった(1999年)。すぐには報告しなかったことを知った江沢民が関係者に激怒したのだという。

習近平政権が誕生してからというもの、「虎もハエも同時にたたく」というスローガンのもと激しい反腐敗運動を展開し、今年1月までに18万人の腐敗分子を処分し、その中には15万人の党幹部が含まれていた。そのほとんどが江沢民派閥のすそ野を形成していたために、中国研究者やメディアの一部が「習近平と江沢民派との権力闘争」と勘違いして報道していた。しかし山西省の石炭閥を核とした「電力閥」(李鵬元首相系列)が逮捕され始めたのを見ても分かるように、習近平は何も江沢民派を倒そうなどとしていたわけではない。

そのことは江沢民も分かっていたはずだが、それでもなお、腹心の徐才厚(元中央軍事委員会副主席)や周永康(元中共中央政法委員会書記)までが捕えられたのでは、江沢民の気力も限界に来ていただろう。

それなら習近平は反腐敗運動に本気を出さずに党幹部の汚職を蔓延させたままでいて良かったのかというと、もちろんそうではない。そのようなことをしたら、中国共産党の一党支配体制そのものが崩壊することを、誰もが認識している。

習近平の後ろ盾として2007年の北戴河の会議で習近平を国家副主席に推薦し、李克強を習近平より下の党内序列に落とさせたのは、ほかならぬ江沢民だ。そのとき上海市書記だった習近平は、江沢民を後ろ盾として現在の地位を手にしている。

その習近平が江沢民を倒すために反腐敗運動をしているなどということはあり得ないということを、9月5日の「人民網」は言いたかったのかもしれない。

そしてそれは、江沢民の病状が好ましくないことに対する、一つの「準備」だったのではないかと、筆者には思えるのである。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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