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汪洋が日中経済協会代表と――国務院副総理に格下げした習近平の心は?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

汪洋が日中経済協会代表と――国務院副総理に格下げした習近平の心は?

中国を訪問している日中経済協会代表が、明日9月24日に中国の国務院副総理・汪洋と会談することが決まった。習近平の思惑はどこにあるのか?

汪洋は4人の国務院副総理の中でも「農業、金融、商務、外貿、旅游(観光)」を担当する。日中経済協会は党内序列ナンバー1の習近平・国家主席か、ナンバー2の李克強・国務院総理との対談を願ったらしいが、それは叶わず、副総理級となった。このことから習近平の対日政策を読み解く。

◆なぜ副総理級との対談なのか

日中経済協会は日中国交正常化した1972年に設立され、1975年から大々的な訪中を行ってきた。まだ文化大革命中(1966年~76年)だった中国は、経済が壊滅的打撃を受けているために日本の経済関連訪問団を大歓迎。第一回目は周恩来国務院総理が会談している。

その後、副総理が対応しているが、80年からは改革派の趙紫陽国務院総理らが会談している。89年6月4日の天安門事件前後は乱れるものの、天安門事件により西側諸国から経済制裁を受けた中国は、日本の経済関係者訪中を大歓迎! 

89年11月には江沢民総書記が会っているのである。

それからも2009年までは国家主席か国務院総理が会っており、大きな変化が起きるのは2010年からである。9月7日に尖閣諸島付近で操業していた中国漁船が、これを違法操業として取り締まっていた日本の海上保安庁の船舶に衝突してくる事件が起きた。

中国側は日本が衝突してきたとして日本に抗議し、これにより中国各地で大々的な反日デモが起きた。しかしのちに衝突の模様を撮影した内部ビデオが流出し、中国の日本攻撃に勢いは多少鎮静化している。

それでもなお、日中政府間の対立はその後に起きた尖閣諸島国有化などにより改悪することはあっても改善の兆しは見られなかった。

そのため2010年からは、日中経済協会訪中団に会うのは「国務院副総理級」と格下げされたままである。

2013年には、習近平政政権発足後の李源潮・国家副主席が対談している。李源潮(中共中央政治局委員)は中国の外交政策を決める「中央外事工作領導小組」の副組長(組長は習近平)なので、かなり上のレベルが対応したと見るべきだろう。

今年はまた、国務院副総理級に格下げされたのは、国家副主席とほぼ同級ながらも、少なくとも胡錦濤政権時代の李克強・国務院第一副総理よりは格下げになっているということだ。なぜなら李克強は当時チャイナ・ナイン(中共中央政治局常務委員)の一人だったが、汪洋は中共中央政治局委員であってチャイナ・セブン(習近平政権の中共中央政治局常務委員)ではないからである。

張高麗・国務院第一副総理(チャイナ・セブンで党内序列ナンバー7)が会って初めて、胡錦濤時代と同じになるのだ。

しかし張高麗を出すことはせず、汪洋に留めた。

その心は――?

習近平は日本をじらし、中国の地位を日本より上に置こうとしているのである。

◆習近平国家主席の対日政策との関連は?

日本にとって関心があるのは、日中経済協会代表が汪洋としか会えないということが「習近平の対日政策」と、どう関連してくるかということだろう。

上述したこと以外に、習近平はあくまでも来年2015年の「反ファシスト戦勝70周年記念祭典」を大々的に開催するというつもりでいる。

そのためにロシアのプーチン大統領と何度も会って友誼を深め、「反ファシスト戦勝70周年記念祭典」に関して約束を確認し合っている。

またインドを訪問し、モディ首相などと会った習近平は、インドが中国やロシアを中心として結成している安保・防衛に関する「上海協力機構」加盟を希望していることを高く評価している。これは日本の安倍首相がインドとの安保・防衛協力関係を深めることを牽制した動きだ。

そうは言っても日本の対中投資が激減した現状に中国は焦っている。

11月に北京で開催されるAPEC首脳会談で、安倍首相が北京を訪問しているという状態で、日中首脳会談をボイコットするような「大人げないこと」はできないだろう。黙っていても経済的に中国は必ず日本に接近する。

だから筆者は安倍首相が世界の至るところで「日本は習近平との首脳会談を願っている」というようなことを言って欲しくないという気持ちが強い。

そうでなくとも中国のネットでは「日本の対中朝貢外交再開、偉大なる中華民族万歳!」とか「習大大(習近平のこと。筆者注)、そろそろ安倍の懇願を叶えてやれよ」とか「中華民族の偉大な復興は、日本に頭を下げさせている――ねぇ、どうか私に会ってちょうだい!」などという、日本をおちょくった書き込みが目立つ。

こちらが腰を低くして「懇願して」会ったりすれば、またもやかつての72年や78年の尖閣諸島問題のように、「中国が上に立つ」外交に巻き込まれてしまう。

アメリカの「中韓と仲良くしてくれ。そうでないとアジア回帰しようとしているアメリカに悪影響を与える」という要求よりも、日本自身の利益を重視すべきではないのか。

日中首脳会談が開かれないことを喜んだ北朝鮮は、拉致カードをちらつかせて日本に接近してきた。しかし日本と中国が「政治的に」仲良くすることになれば、北朝鮮には日本にラブコールを送るメリットがなくなる。日本の経済にとっては、もちろん日中の険悪化は避けねばならい。それを決して否定はしない。

それでもなお筆者の個人的感情としては、人道的に絶対にあってはならない拉致被害者の救出を、日本国の最優先課題にしてほしいと思うのである。その上での対中外交を練ってほしい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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