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赤珊瑚密漁急増の背景に2010年の中国海島保護法

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

赤珊瑚密漁急増の背景に2010年の中国海島保護法

中国漁船による小笠原諸島付近における密漁が急増している。その背景には2010年に制定された中国海島保護法の制定がある。それが赤珊瑚価格の急騰と中国漁民の密漁を招いている。それに対する中国政府の対応は?その実態と経緯を追う。

◆中国海島保護法――特に珊瑚捕獲と珊瑚礁破壊を禁止!

2009年12月26日、中国の全人代(全国人民代表大会)常務委員会は「中華人民共和国海島保護法」を制定し、2010年3月1日から施行することを決議した。

海島保護法の目的は「海島とその周辺海域の生態システムを守り、海島の自然資源の合理的な開発利用を保証し、国家海洋権益を保護し、以て、経済社会の持続的発展を促進するものとする」と、第一条にある。

どんなに取り締っても、漁民による乱獲が後を絶たず、遂に保護法制定に到ったわけだ。

それでも、中央の指示が必ずしも末端にまで行き届かない可能性があるので、同法第十一条には、「省、自治区の人民政府(地方政府)は、行政区内の沿海都市、県、鎮などの末端人民政府に海島(資源)保護のための特別専門計画を編成して良い」と規定している。小さな漁村の漁民たちが勝手に振る舞わないように、その末端組織に適合した計画を立て、法を順守させろということだ。

特記すべきは、同法第十六条に「珊瑚および珊瑚礁の採掘と破壊を禁じる」と書いてあることだ。

そこには「自然資源、自然景観と歴史および人文遺跡を保護するために、各地方政府は対応措置を取らなければならない」とさえある。

さあ、これを読みなさいと言いたい文言である。

自国で禁止され、法を破れば重い刑が待っているために、他国に行きましょう、というのが、今回の中国船による密漁の背景にある。

では、漁民はどう動き、それに対して中国の地方政府は、どう対応したのか?

◆中国で赤珊瑚が持つ意味と価値

深海の赤珊瑚は中国の国家第一級の野生動物保護の対象となっている。

なぜなら古来より、赤珊瑚には「瑞祥(ずいしょう)」(めでたいことが起きるという前兆、吉兆)があると言われ、仏典には「七宝」の一つとして列挙されているからだ。そのため古代王朝から皇帝の装飾品には必ず翡翠(ひすい)とともに赤珊瑚がちりばめられている。

中国ではまた、赤珊瑚には貴重な宝石としての存在以外に際立った薬効があるとされている。

たとえば、「血行改善、解熱、てんかん治療、利尿作用、美顔」などの効果である。400年前に出された『本草綱目』にはさらに「そこひ」(白内障、緑内障など)や精神安定にも効果があると書いてある。

いろいろな意味で、赤珊瑚は「霊験あらたかである」と信じられ、中国の宝石市場では和田(ホーテン)翡翠とともに「本物志向」が強烈になっている。

2010年の統計によれば、中国の芸術品販売額は、全世界の33%を占め、アメリカ(30%)、イギリス(19%)、フランス(5%)を凌いで、世界一となっているという。

中国市場における内部予測では、2014年までに中国の億万長者は毎年20%ずつ増えているので、宝石オークションにおける数と価格は急増し、今後さらに記録をつぎつぎと破っていくことだろうとしている。

それに伴い赤珊瑚の密漁は急増するだろう。

◆中国密漁の実態と中国地方政府取締りの現状

中国の南の方にある浙江省寧波市象山県の単という名の男が、つい最近「絶滅野生動物捕獲罪」で逮捕された。象山県の人民検察院は、5年以下の懲役を科すだろうと言われている。

単氏は、エビ漁を生業としていたのだが、収入がどうもイマイチ。そんな折、去年12月のこと、「赤珊瑚漁は、ぼろ儲けするぞ」と仲間から誘いをかけられた。

そこで単氏とその仲間は180万元(日本円は現在のレートで17.6倍なので約3200万円)を投資して赤珊瑚の密漁に着手することになった。投資額が多すぎるので、数名の仲間を募り、投資額に応じて利益の配分を決めることにした。

今年春節のころ、まず82万元を投じて無免許の船舶を購入し、35万元をかけて改装した。作業時に見つからないように船倉(せんそう)(貨物を積んでおく所)にコンクリート塗装をして、甲板の上に珊瑚を獲るための網などを準備した。

さらに中国の漁政関係の法律を執行する当局の目をごまかすために、昇降機などを取り付けた。

今年4月に入り、珊瑚漁の密漁に出かけた。中国の情報には密漁先が書いていないが、日本の小笠原諸島海域だろう。

50日後、単氏らの船は高級な赤珊瑚を満載して帰国。

しかし赤珊瑚と漁政当局に分かれば、すぐに逮捕される。そこで闇市に持って行って加工し密売しようと試みた。

ところが7月17日、象山警察は、庶民からのある通報を受け取った。それは赤珊瑚がある場所に隠されているという通報だった。行ってみると、そこには488万元(約8600万円)に相当する赤珊瑚があるのを発見したのである。すぐさま単氏とその仲間は逮捕されたわけだ。

◆中国当局の苦悩――法治国家を謳ったばかり

浙江省の地方紙「銭江晩報(晩報:夕刊)」によれば、2011年末、浙江省の海洋漁政関係部局は「専案組」(特別捜査本部)を設置し、赤珊瑚の密漁を取り締っているという。

浙江省の海洋と漁政執法総隊の張友松・副隊長は「少数の漁民が高額な利潤を手にしようという誘惑から非合法的な珊瑚漁業に手をつけている。そこには一つの共通点があり、彼らは運輸船を改造して珊瑚捕獲のための用具を船内に隠している」という。

赤珊瑚の密漁船が中国の国旗をわざわざ掲げているのは、なんと、中国当局の目をくらますためだった。

その当局はつぎのような苦悩をもらしている。

「わが国にはまだ、珊瑚密猟船を見分けるための鑑定方法が確立されておらず、それが密漁船であるか否かを見分けるのを非常に困難にしている。ただ単に、船内に珊瑚捕獲のための網が隠されているか否かという事実を突き止めたり、勘に依るしかなく、出航前に隠蔽事実をつかむのは非常に困難。おまけに密漁した珊瑚は、実は海上で闇取引され、密漁者の船には、もう存在していないことが多い」とのこと。

習近平は10月23日に閉幕したばかりの四中全会で「法治国家」「依法治国」(法によって国を治める)を謳った。

おまけに密漁者を数多く出しているのは、福建省や浙江省など、習近平がかつて治めていた地域ばかりだ(詳細は近刊『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』)。

さあ、「法治国家」「依法治国」の実行を、まずこの赤珊瑚密漁で実証してもらおうではないか。

さもなければ、11月に北京で開催されるAPECで、中国は面目を失うだろう。

なお、中国共産党機関紙「人民日報」の電子版「人民網」の「強国論壇」という微博(ウェイボー)には「この事件は中国側に落ち度がある。この赤珊瑚は日本に帰属する物だ。犯罪者は厳罰に処すべきである」旨のミニブログが書いてある。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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