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日中首脳会談――今はそれどころではない習近平

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

日中首脳会談――今はそれどころではない習近平

今月10日と11日に北京で開催されるAPEC(太平洋経済協力会議)首脳会談で日中首脳会談が実現するか否かが日本では注目されている。何らかの形で会見くらいはするだろうが、しかし習近平主席、今はそれどころではない。香港問題や空気汚染で各国から非難されるのを恐れ、その対策に必死だ。反スパイ法の緊急制定もその一つ。

国内問題だけでなく、外交に関しては北朝鮮とロシアに重点を置いているため、関係するアメリカとの会談を重視し、中国の中央テレビ局CCTVでは、連日のように米中首脳会談に力点を置いて報道している。

◆「反スパイ法」制定の狙い

今年11月1日、「中華人民共和国反スパイ(間諜)法」が全人代(全国人民代表大会)常務委員会で可決され、当日習近平が署名して施行されることとなった。

一般に年末の全人代代常務委員会で可決されても、翌年3月に開催される全人代まで待って、そこで議決されたのちに施行されるものだが、今般は施行を急いだ。

なぜなら中国は香港で9月末から展開されている行政長官の民主選挙を叫ぶ抗議デモを、海外の反共勢力が煽動していると見ているからだ。

中国政府の通信社である新華通信社の電子版「新華網」(網はネット)は、西側諸国に存在する非政府組織の存在を列挙し、かつノルウェーのオスロで「占中(オキュパイ・セントラル)」手法で香港のデモを展開する手法を2013年1月に決め特殊訓練を行ってきたとさえ明言している。

したがって今般の「反スパイ法」制定により廃棄された国家安全法(1993年)と最も異なる個所は、「外国スパイと中国国内の組織または個人が連携する」という項目が加わり、強調されたことである。

いま中国政府は他の香港市民を動員して、「反占中」「反抗議デモ」のための署名活動を大々的に展開し、昨日の段階で180万人以上の署名を集めることに成功したと発表。その数値を書いた横断幕を毎日CCTVで報道し、ついに香港市民の4分の1以上が「占中」に反対するに至っていると宣伝している。ともかくAPEC開催中に民主的な選挙などを求める運動が中国大陸上で起きないように最大限警戒しているのである。

そうなる前に、いざとなったら「反スパイ法」により香港の抗議デモ参加者を逮捕できる準備をしていると言える。そのために「四中全会」(第18回中国共産党大会・第四次中央委員会全体会議)で「依法治国」(法によって国を治める)をスローガンとして議決したわけだ。そんなギリギリの綱渡りをしている真っ最中なのである。

◆大規模軍事演習と反テロ法案の草案発布

もう一つ、習近平が綱渡りをしていることがある。

それは第18回党大会開催の時もそうだったが、中国で何か大きな行事があって、外国人の記者が大勢集まる時を狙って、ウイグル族などの抗議運動やテロが起きる。それを警戒する目的もあり、先月(10月)25日、中国東北部の「瀋陽戦区」で「聯合行動―2014E」と称する大規模軍事演習が行われた。中国人民解放軍の総参謀部の指示のもとで「瀋陽軍区」が組織・実施しているのだが、これを「軍区」と言わずに「戦区」と称しているところにカギがある。

習近平が中央軍事委員会主席として就任以来唱えている「いつでも戦争を遂行でき、必ず戦争に勝利できる軍を目指せ」という言葉に沿った軍事力強化を目的としたもので、約2万人が参加し、「陸空合同作戦行動」を実施したのである。全て実物の標的を用いて火力攻撃演習を行っている。武装警察も参加していることから、北朝鮮に対する威嚇だけでなく、国内におけるテロ事件への対応も考慮に入れていることが見えてくる。

この軍事演習は本日、11月4日に閉幕したが、11月1日に閉幕した全人代常務委員会会議は同時に「中華人民共和国・反テロ主義法」の草案を可決し、公布した。社会に対して意見を求めるとして、全人大のウェブサイト(www.npc.gov.cn)に全文を載せている。意見の提出期限は2014年12月3日だそうだ。

このように緊迫した国内事情にあるので、今朝ほど(2014/11/4 10:26)本コラム(第31回)で密漁船に関して書いたような、「背後に中国政府の陽動作戦」的な要素など、あろうはずもないのである。

今は日本に関して関心が薄いとさえ言える。

だから拙論のコメントにもあったが、中国は「法治国家」ではなく「放置国家」とも言える状況にあり、そのように非難されても仕方がない。

◆日中首脳会談開催の可能性

そうは言っても、日中首脳会談開催の可能性が低いかというと、必ずしもそうではない。それは王毅(おうき)外相の発言にすべてが表れている。彼は10月29日に、APECにおける日中首脳会談実現の可能性に関する質問に対して、次のように述べている。

「中国は主催国だ。中国には訪問者はすべて客だとみなす習慣がある。中国はすべての来客に関して、地元の人間としての務めを果たす」

そして王毅外相は「日本の指導者が、問題の存在を正視し、問題を解決する誠意を示すべきだ」と付け加えた。

それならわれわれも「日本の」の部分を「中国の」に置き換えた言葉を、中国に対して言わねばならない。

安倍首相は是非とも毅然として「問題の存在を正視するよう」中国側に言って欲しいものである。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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