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日中合意文書原文と中国の解釈

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

日中合意文書原文と中国の解釈

昨日、本コラムで「日中合意文書――習近平の戦略を読み解く」を公開したところ、筆者が合意文書原文を読んでないために事実を歪曲しているという批判記事を某中国研究者が公開した。そのために日本のメディア全体が歪んでいると。そこで原文とその直後に発表された中国の解釈をご紹介する。

◆合意文書関連部分の原文と、直後に中国が発表した解釈

まず筆者が扱った釣魚島(尖閣諸島)に関する部分の中国語原文は、合意文書3の前半にある「双方認識到囲繞釣魚島等東海海域近年来出現的緊張局勢存在不同主張、」である。

これを日本語に訳すと、「双方は釣魚島など東シナ海をめぐって近年来出現している緊張した局面に関して異なる主張が存在していることを認識し、」となる。

この合意文書を公開した直後の2014年11月7日21:54:00に、中国共産党の機関紙「人民日報」の電子版「人民網」(網:ネット)の記者が、「専門家」を取材したとして、「中日首次明確存釣魚島争端(中日は初めて釣魚島に紛争があることを明確にした)」という記事を

「網易」や「捜狐」など、多くのウェブサイトに同じ内容で載せている。

専門家の一人である、中国政府のシンクタンク中国社会科学院日本学研究所の高洪副所長は次のように述べている。

「四つの共識(コンセンサス)(合意)の中で最も重要なのは、中日両国は釣魚島と東シナ海において主権に関する紛争があることを初めて文字化して表現したことであり、双方が異なる意見があることを強調したことは何よりも非常に重要である」と。

この情報は翌日11月8日、「人民日報」の1面と3面にも載り、特に3面では「ついに文字化した」ことが重要だとくり返している。

11月8日の朝刊では、「人民日報」だけでなく、「環球時報」や「新京報」など、ほとんどの新聞のトップページにも大きく扱われ、特に「人民日報」系列の「環球時報」には「中日明確釣魚島不同主張(中日は釣魚島に関して異なる意見があることを明確にした)」と、ほぼ前日の「人民網」の記者が取材して書いた内容を踏襲しながら、同じ内容の記事を一斉に発信した。

これは言うまでもなく、中国政府の新華通信社が全国一斉に「通稿」(これで掲載しなさいという中国政府からの指令原稿)が発出されたことを意味する。つまり、これは中国共産党と中国人民政府の意思なのである。

原文と「中国の解釈」は違うのである。そこが重要だ。

筆者は合意文書の原文を、中国語と日本語の両方で一文字残さず読んだ。

その直後の出された「中国の解釈」に驚き、「日本はしてやられた」と思ったのである。

しかしこの中国研究者は、筆者が原文を読まずに情報を歪んで伝えたと激しく名指しで非難しているので、非難はまったく自由だが、まさに「歪んだ見解が広がる」ことを回避するために、ここに敢えて筆者が記事を書いた経緯を述べた次第だ。

◆米議会調査局(CRS)リポートに照準を当てている中国

米議会調査局(CRS)(Congressional Research Service)は2012年9月と2013年1月に、同じタイトルの“Senkaku(Diaoyu/Diaoyutai) Islands Dispute”というリポートを出した。日本語で書けば「尖閣諸島(釣魚島/釣魚台)紛争」ということになる。Diaoyuは中国大陸における尖閣諸島の呼称である「釣魚島」の中国語による発音で、Diaoyutaiは台湾における尖閣諸島の呼称である「釣魚台」の発音である。

このCRSリポートに書いてある主たる内容は、昨日のコラムに書いたように「アメリカ政府はニクソン政権以来、尖閣諸島の領有権に関しては係争関係者のどちらの側にも立たないと宣言してきた」というものである。

CRSリポートが公開されると中国のネットは燃え上がり、国営テレビの中央テレビ局CCTVは、繰り返しこのCRSリポートの特集番組を組み、「アメリカは釣魚島の領有権が日本にあるとは言っていない」と言い換えて連日放映した。

2回目のCRSリポートが公開された5カ月後の2013年6月に習近平国家主席とオバマ大統領が首脳会談を行って、オバマはこのCRSリポートに書いてある文章を読み上げるように「アメリカは尖閣諸島の領有権に関しては、どちらの側にも立たない」と宣言したのだ。

ここには明らかな米中タイアップがあったという印象さえ世界に与えた。

この流れの中での中国による尖閣諸島の領空領海侵犯と今般の日中合意文書であり、それ故に合意文書公開後、間髪を入れずに「人民網」の記者が「専門家」に習近平の「本当は言いたいこと」を語らせ、中国人民に「中国の外交勝利」を見せつけるに至っているのである。

合意文書作成のときは日中互いに激しい主張があり、互いに妥協できる表現で落ち着かせたのだろうが、その直後に中国は「中国独自の解釈」を披露して「勝利宣言」をしたという経緯なのである。

日本はしてやられたという印象を筆者が持ったのは、いけないのだろうか?

筆者は中国の、これらの一連の動きから「習近平の思惑」を書いただけであって、因果関係が逆だ。

日本におられるその某中国研究者は、筆者が昨日のような分析を書いたので、日本のメディアが歪んだことを書き始めたと力説なさっておられるが、それは日本のメディアにも失礼だろう。

日本の各メディアはそれぞれ独特の視点で、独自の取材を必死にしながら記事を書いているはずである。筆者の真似など、どの日本のメディアもしていない。

批難は自由だし、理不尽な非難をされることには慣れているので、そのこと自体は気にしない。筆者は中国で生まれ育って革命戦争を経験し、家族を中国共産党軍の食糧封鎖による餓死で失い、自らも中国共産党が発した流れ弾に当たって生涯苦しんできた。餓死体が敷き詰められた地面で野宿した経験もある。だから、人生の残り時間を使って、命がけで中国の実態を、できるだけ客観的にお伝えしているつもりだ。

中国がどういう動きをしているかという実態を知らないと、日本が政策を誤り、日本国民が不幸になることを憂うだけなのである。

ご理解頂けることを期待する。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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