Yahoo!ニュース

第二列島線を狙ったのか、習近平――オセアニア諸国歴訪

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

第二列島線を狙ったのか、習近平――オセアニア諸国歴訪

APEC首脳会談を主宰したあとG20首脳会談に出席した習近平は、続いてニュージーランド、フィジーを訪れ、オセアニア8カ国首脳と会談。それらの国は「第二列島線」の線上にあった。海洋強国を目指す中国の戦略を読み解く。

◆海洋強国、中国――オセアニア諸国が果たす役割

11月11日にAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会談を終えた中国の習近平国家主席は、アメリカのオバマ大統領と二日間にわたる会談を12日に終え、14日から16日までオーストラリアで開催されたG20サミット(20ヵ国・地域首脳会合)に参加した。

17日にはオーストラリアのアボット首相との間でFTA(自由貿易協定)締結に向けて覚書を交わした。2005年から始まった交渉は、ここに来てようやく妥結。アボット首相は「歴史的協定だ」と誇り、中国の国営テレビCCTVでは、習近平主席の大勝利として、中国の力を連日大々的に報道した。中国で巨大な市場を持つ農産物、粉ミルク、牛肉、魚介類、ワインなどを始め、資源、エネルギーの関税が4年後から撤廃される。

これを機に、オセアニア最大の国であるオーストラリアとの関係が緊密になれば、その周辺を取り巻くように点在するオセアニアの島嶼国との関係強化は、中国の海洋進出にとっては、この上なく有利になる。

19日から21日にかけて習近平はニュージーランドを訪問した。

礼砲が最大の21発とどろく中、習近平はニュージーランドのマテパラエ総督の歓迎式典に出席し、その後に行われたキー首相との会談では、戦略的互恵関係を強調した。

現地先住民マオリ族の歯をむき出したり舌を出したりする勇猛な戦闘の踊りの際、矢先が習近平に向けられた時は、やや警戒の表情を示したが、それでもマオリ式の鼻と鼻をつけ合う挨拶に応じ、友好をアピール。

習近平はあくまでも「海のシルクロード」の一環として経済的パートナーを強調したが、内実はオーストラリアとニュージーランドがアメリカと締結しているANZUS(Australia, New Zealand, United States Security Treaty)(太平洋安全保障条約)を睨んでいることは明らかだ。

習近平が次に訪れたのはフィジーである。21日から23日の訪問の中で、バイニマラマ首相と会談したが、フィジーの歓迎ぶりは尋常ではなかった。

なぜなら2006年12月に、当時、軍司令官だったバイニマラマが軍事クーデター(無血クーデター)を起こし、オーストラリアとの関係が悪化した際、中国がバイニマラマ側を支援したからだ。

そのため今般の訪問でもバイニマラマ首相は感謝の気持ちを表し、中国側の希望に応じて「パプア・ニューギニア、バヌアツ、ミクロネシア連邦、サモア、トンガ、クック諸島、ニウエ」およびフィジーを交えた「南太平洋8カ国」との首脳会談を行った。

これらの国の総人口はわずか815万で、総面積は50万平方キロメートル、中国国土面積の5%にも達しない。

しかし中国にとっては非常に重要な意味を持った島嶼国なのである。サンゴを含めた漁業資源やレアメタルなどの海底資源以外に、何といっても見逃してならないのは、これらの島嶼国をつなぐと、それはまさに「第二列島線」そのものであるということだ。

◆第二列島線――南太平洋諸国は中国の「裏庭」

第二列島線とは日本の伊豆諸島を起点として、パプアニューギニア周辺を終点とする中国の海洋防衛線の一つである。1982年に当時の中央軍事委員会副主席であった劉華清が提案したラインだ(詳細は『チャイナ・ギャップ 噛み合わない日中の歯車』p.118)。

1978年に改革開放を始めた中国は、翌79年にベトナムとの戦いに敗北した。そこでトウ小平は、それまで毛沢東が行ってきた人海戦術を廃止して、中国人民解放軍の100万員削減を断行。

習近平はこの流れの中で、せっかく中央軍事員会秘書長の秘書に抜擢されながら、自らその身分を捨てて基層(末端組織)に行く(82年)。この分岐汚点こそがこんにちの習近平を生んでいる(詳細は『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』p.55~)。

中国人民解放軍の近代化を目指した戦略の結果生まれた第二列島線の終点に位置するオセアニア諸国を、その習近平自身が、国家主席として歴訪した。

そこには明らかな戦略がある。

82年に提唱された第一列島線は日本の九州南端を起点として、(尖閣諸島を含む)沖縄、台湾、フィリピン、マレーシアへと進み、ベトナムに戻る形で東シナ海と南シナ海を包みこむ形で示した中国の防衛線だ。

南沙諸島では中国による埋立地が建設され中国初の滑走路用地が観測されたとして、国際軍事専門誌HIS(Information Handling Services)が画像を公表した(11月21日)。

台湾では11月29日に統一地方選挙が行われる。北京寄りの国民党を率いる馬英九の支持率はおぞましいばかりに低下の一途をたどっている。一国二制度を実施している香港では民主選挙を主張する抗議デモが起こり、当局は北京の指示に従い強引な手法でデモを終わらせようとしている。

もともと台湾統一のために考えられた「一国二制度」に対して、台湾国民はいま、「北京を選ぶか、台湾人のアイデンティティを選ぶか」で揺れている。本コラムでは「チャイナ・マネーが民主を買う」を書き、また『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平」では「金か、人間の尊厳か」と書いたが、香港も台湾も今、その選択に迫られているのだ。

そこで習近平としては、南沙諸島の滑走路建設のためにも、また台湾選挙のためにも、その外側を囲む第二列島線の強化を迫られているのである。オセアニアにはソロモン諸島やパラオ共和国、ナウル共和国など、台湾と外交関係を結んでいる国が数か国ほどある。したがって、無言の圧力が、台湾選挙にも香港にもかかっているのである。

中国はすでに「第二列島線」まで、その勢力図の中に収めようとしていることをアピールしているのだ。

もちろん、そのシグナルはアメリカにも向けられている。

オーストラリアのシドニー大学中国研究センター主任のケリー・ブラウン氏は、今般の習近平主席によるオセアニア諸国歴訪に関して「戦略的および地理的位置づけから見て、中国は南太平洋のこれらの区域を“中国の裏庭”とする作業に着手し始めたのである。なぜなら中国は“海洋強国”を目指しているのだから」と語っている。

中国語で「后院」(=裏庭)と訳されたブラウン氏の「中国の裏庭論」は、中国のネット空間を勇ましく飛び交っていることに、注目したい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

遠藤誉の最近の記事