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英上院パウウェル卿、香港デモで中国擁護

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

英上院パウウェル卿、香港デモで中国擁護

中国政府はイギリス議会下院(庶民院)の議員団が香港市民の民意を調査するため香港に行くことを内政干渉として拒否する一方で、上院(貴族院)議員のパウウェル卿(薄熙来の息子の元後見人)を使って、中国政府の正当性を主張させている。パウウェル卿の動きを追う。

◆中国が利用するパウウェル卿とは何者か?

重慶市の元書記で無期懲役の刑に服している薄熙来(はく・きらい)の息子、薄瓜瓜(はく・かか)がイギリスに留学していた間(2001年~2010年)、瓜瓜の後見人(mentor)をしていたのは、イギリスのパウウェル卿(Lord Powell)(1941年生まれ)だった。

パウウェル卿は、サッチャー元首相やメージャー元首相の個人秘書をしていた(1979年~1997年)人物で、現在もイギリス議会上院(貴族院、House of Lords)議員だ。個人秘書時代はスパイ活動やテロ等の危機から首相の身を守る役割を果たしていた。日本人が連想する日本の国会議員等の「個人秘書」とは違う。あらゆる情報を頭に入れながら首相の身の安全を守らなければならない。そのためパウウェル卿は外交官として軍事諜報部のMI5(エム・アイ・ファイブ)やMI6(エム・アイ・シックス)に属していた諜報のエキスパートでもある。

退官した後はDiligence Global Business Intelligenceという諜報関係の会社の役員になっていることから考えても「諜報のプロ」と言っていい。

そのパウウェル卿、サッチャー首相が中国のトウ小平と北京で会い、香港返還に関して話合いを始めたとき(1982年~)、つねに影のようにサッチャー首相に寄り添っていた。したがって、当時の英中の話し合いの一部始終を知っている。

それを理由として、中国政府は今年10月7日からパウウェル卿を何度も何度も中国の中央テレビCCTVに出場させ、「中国政府の行動がいかに正しいか」を強調させてきた。

中国政府が正しい理由として、パウウェル卿は概ね次のような事実を挙げている(何度もテレビに出ているので、それらを総合した内容を書く)。

「香港が中国に返還される前まで、香港はイギリス政府が任命した香港総督によって統治され、選挙などという概念は皆無だった。それは1841年から1997年まで続き、香港総督はイギリス国王の名代としてすべての権限を持ち、軍司令官も兼ねていた。皇室訓令に基づく植民地統治を行っていたのだ。その意味で、150年間にわたって選挙に関して香港には民主の欠片(かけら)もなかった。

ところが97年に中国に返還されてからというもの、選挙委員会に選挙権が与えられ、おまけに香港市民が立候補してもいいという、驚くべき変化が起きている。さらに2017年からは選挙資格を持つ全ての香港市民に選挙権を与えるという、イギリス統治時代では考えられないことが起きようとしている。イギリス統治時代に比べて、香港はなんと民主的になったことか! 抗議デモは実に不当であり、私は断固、中国政府を支持する!」

このように、中国政府が言ってほしい主張を、パウウェル卿は声を張り上げて代弁し、 その主張が繰り返し報道されたのである。

ところが今般、イギリス議会下院(庶民院、House of Commons)の外交委員会の議員団が、「英中共同声明(1984年)」30周年記念に合わせて香港を訪問し、イギリスとの関係や民主的な選挙に向けた改革の取り組みに関して民意を調査したいと要望したことに関して、中国政府は強烈に反対し、入国を拒否した。内政干渉だというのだ。

上院議員のパウウェル卿に関しては大いに「中国の内政」に関して語らせているのに、下院外交委員会に関しては「内政干渉」だという。

実に矛盾している。

きっと下院議員団が中国に批判的な調査結果を出すことを恐れているのだろう。

イギリスでは上院は世襲貴族や一代貴族などから構成されており、任期は終身で選挙もない。その分だけ、政治上の実権もほとんど持っていない。

下院は4年に1回の選挙があり、議員は国民によって選出される。

中国はこの違いを使い分け、上院のパウウェル卿を利用しているものと思われる。

ところで、84年に発表された英中共同声明は、90年に署名された「香港特別行政区基本法」(以下、基本法)の骨子を形成している。共同声明を発布するまで、英中両国の代表者が2年間にわたって議論を重ねた。英国サイドは、イギリス本国と香港行政に関する代表から構成されていた。

このとき、トウ小平が提案した「一国二制度」に基づいた基本法の有効期限を何年にするかという議論に関して、興味深いエピソードがある。

トウ小平は、まるで物を買う時の中国独特の値引き術を模倣するような手を用いた。

最初に「10年ではどうだ?」と切り出すと、英国サイドが激しく反対。

「じゃあ、15年ならどうだ?」と言うと、やはり英国サイドからの激しい反対意見が出た。

そこでトウ小平が「じゃあ、その倍の30年なら?」と言うと、英国サイドは黙ってしまった。

トウ小平は内心「しめしめ」と、ほくそ笑んだことだろう。

「よし、わかった! じゃあ、50年にしよう」とトウ小平が決断すると、英国サイドは全員が立ち上がって拍手をしたのである。そのため基本法では「一国二制度」の有効期間は50年となっている。基本法が発効したのは97年なので、2047年までに「一国二制度」は終わり、香港は完全に中国本土の社会主義体制の中に組み込まれていく。

この交渉のときトウ小平は、実は、イギリスが1898年に香港租借を99年間としたように100年間を要求してくるのではないかと恐れていた。だから50年間に短縮できたのは中国側の勝利だと思っていた。そのため短い年数から言い始めて、「50年は長い」という印象を英国サイドに持たせようとしたのである。

拍手して立ち上がった中に、パウウェル卿もいたというわけだ。

◆パウウェル卿は次期国家主席候補の胡春華にも近づいている!

パウウェル卿が薄熙来と親しくしていたのは、薄熙来がかつて「自分は中国の未来のpresidentになる」と言っていたことが主たる原因だ。未来の国家主席と親しくしていれば、何かといいことがあると思ったのだろう。

しかし薄熙来の妻の谷開来がパウウェル卿の友人だったヘイウッドを(スパイと勘違いして)殺害したことが分かると、パウウェル卿は突然、薄熙来から遠ざかっていった。息子の瓜瓜とも関係ないような顔をし始めた。

本来なら、失脚した薄熙来と親しかったわけだし、また瓜瓜の後見人として、事件に巻き込まれる可能性があったが、それをうまくすり抜けている。

だからパウウェル卿としては、ここで中国に恩を売っておくのは悪いことではないだろう。

それだけなら、まだ構図が分かりやすい。

ところが懲りずに、今度は次期国家主席になるだろうとみなされている広東省書記の胡春華(中共中央政治局委員)に近づいているのだ。

2013年12月7日、パウウェル卿は広東に姿を現し、胡春華と会っている。

パウウェル卿は常に「次のpresidentになるであろう人物」に接近しているが、それは諜報のプロとしての職業意識が働くのか、それとも英中貿易のためなのか…。

中国のイギリス議会上下院の使い分けと、パウウェル卿の今後の行動に注目したい。

なお、1982年の香港返還会談が習近平に与えた影響や、胡春華が次期国家主席になるしかない中共中央政治局の内情に関しては『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』に書き、パウウェル卿の詳細は『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』に書いた。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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