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世界は「習近平皇帝論」で花盛り――米誌『タイム』、仏RFI、香港誌『開放』

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

世界は「習近平皇帝論」で花盛り――米誌『タイム』、仏RFI、香港誌『開放』

今年11月の米誌『タイム』のカバーには“Emperor Xi”(皇帝・習)とあり、フランス中文サイトRFIも「双面皇帝・習近平」を掲載。12月には香港誌『開放』が「習近平皇帝」を論述。世界中、「習近平皇帝論」が花盛りだ。

◆米誌『タイム』:習近平主席とオバマ大統領のAPEC「散歩」密談

米誌『タイム』2014年11月17日号の表紙を飾ったのは大写しにした習近平国家主席の顔で、そこにはEmperor Xiとある。Xiというのは「習近平」の中国語読み 「Xi Jin-ping(シー・ジンピン)」の「習」を指す。「皇帝・習」という意味だ。

習近平主席は2013年6月にオバマ大統領がカリフォルニアのアネンバーグ邸で(通訳以外)二人だけの密談散歩をしたことへのお返しに、今年11月10日の北京APEC首脳会談ではオバマ大統領を中南海に招待し、二人だけの「散歩」を演出した。

お散歩密談は夕食も含めて5時間にも及んだとのこと(6時半から夜中の11時まで)。

習近平はそこで清王朝の康熙帝や光緒帝を取り上げて「帝王学」を話し、それはまるで三国志の曹操と劉備が英雄に関して酒談義をしたことを彷彿(ほうふつ)とさせたという。

11月14日の中国共産党機関紙「人民日報」の電子版「人民網」(網:ネット)は、習近平主席は「中国の歴代王朝の歴史談義」をしたと紹介し、それに対してオバマ大統領は「西側諸国の者がめったに入れない中南海に入って、その広さと歴史に圧倒された」という趣旨の感想を述べたとしている。

人民網によれば、習近平主席が案内した場所は、清王朝の乾隆帝(けんりゅうてい)が「得一日之清閑」(ゆっくりできる一日を得るために)と書いたことがある中南海の中の瀛台(えいだい)涵元殿(かんげんでん)というところだ。

瀛台は明王朝時代に建立され、清王朝時代は皇帝が下知(げじ。げち、とも)を下したり、宴客をもてなしたりする場所であった。

習近平主席はオバマ大統領に「清朝の康熙帝(こうきてい)は、かつてここで内乱を平定するための下知を下したこともあり、台湾を取り戻す国家戦略を練ったこともある。光緒帝(こうちょてい)のときに国家が衰退したため百日維新(戊戌の政変)を試みたが失敗して、光緒帝は慈禧(じき)太后(西太后)によって、ここに軟禁されたこともある」などと語った。

それに対してオバマ大統領は「米中間の歴史も似ている。また改革は必ず障害を伴うもので、それに対してわれわれは勇気を出さなければならない」と受け答えたとのこと。

オバマ大統領との散歩に、この瀛台を選んだのは、帝王学を語ることによって、「今ここにいるのは、この私だ」ということを見せたかったのと、もう一つは、毛沢東もここに住んでいて、かつてはニクソン大統領と会い、米中国交正常化を成し遂げたことを示唆したかったのではないかと筆者は思っている。

それは11月14日付の本コラムにも書いたが、習近平は「自分は毛沢東を越えた」と印象付けたかったのではないかと思う。

◆フランスの中文ウェブサイトRFI:「双面(そうめん)皇帝・習近平」

同じく11月9日付のフランスの中文ウェブサイト“RFI(Radio France International)”には、「双面皇帝・習近平」に関する文章が載っている。

これはフランスの『新観察家(L’OBS))』という雑誌の2名の記者(URSULA GAUTHIER氏とMEHDI BENYEZZAR氏)が書いたもので、「威張っていず、おとなしく見える習近平が、実は強烈なリーダーで、歴史に名を残そうとしている」と書いている。

そして「習近平は大改革者なのか、それとも非情なる暴君なのか?」「彼はいったい、どこに向かおうとしているのか?」という疑問を投げかけ、習近平を「双面皇帝」と名付けている。「二つの顔を持った皇帝」という意味だ。

つまり、習近平は中国共産党の一党支配が崩壊するのを防ぐことに責任を感じており、21世紀のトウ小平として毛沢東を越えるのか、それともソ連を崩壊に導いたゴルバチョフになるのかと、2名の記者は問うているのである。この二つの側面があるという意味でも、「双面」を用いたようだ。

また、『新観察家(L’OBS)』は、「誰も習近平が本当はどういう男なのかを知らない。われわれが知っているのはただ、江沢民が習近平を国家の後継者に選んだのだということと、その江沢民と対立していた者たちも、習近平を威嚇性がなくおとなしい後継者として受け入れたことだけだ」と述べている。

「しかし見誤ってはいけない。習近平のその風貌の下には、鋼(はがね)のような性格が隠されており、トップリーダーになってから何カ月もしないで、彼は中国の国家権力のほぼ全てを掌握してしまった」と続く。

おまけに中国政府メディアは、習近平がトップ・リーダーになった後の18カ月間の間に、なんと4188回も習近平の名前を出しているそうだ。これを数えたのは香港大学の学者だという。この数値は胡錦濤の2倍を超え、毛沢東の記録さえも超えているとのこと。

習近平の父親・習仲勲は、毛沢東の権力の乱用に反対し、トウ小平が天安門広場の学生を武力鎮圧したことにも抗議した。だから習近平はその息子として、民主の側に立つのかと言ったら、まったくそうではない。

不幸なことに、その逆だ。

人権主義弁護士や少数民族の学者を逮捕投獄するなど、激しい言論弾圧を行っている。これはただ単に、人民を説得して何としても共産党の一党支配を持続させたいためだけだろうか?

中国共産党の幹部は、腐敗の限界にまで達し、蛆(うじ)がわいていて、すでに後戻りのできないところにまで来ている。

共産党員自身が共産党を信じていない。

だから習近平はトウ小平を乗り越えるか、あるいは世界最大の共産主義国家だったソ連を崩壊させたゴルバチョフになるか、どちらかしかないと、2人の記者は文章を結んでいる。

この雑誌が出たのが今年の11月9日で、拙著『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』が日本の書店に並んだのが11月7日。拙著では米誌『タイム』が注目した帝王学と三国志にも触れているが、フランスの『新観察家(L’OBS))』の視点とも、ほぼ100%に近いくらい一致している。筆者はさらに、2人の記者が提起している「この男、何者か?」を本書の中で執拗に追いかけた。いま必要とされているのは、「この男、何者か?」を明らかにすることだと思っているからだ。

それにしても、これら“Emperor Xi”や「双面皇帝」と「紅い皇帝」が、かくも同じ視点で、同時期に、アメリカ、フランスと日本で出ていることに、驚きを禁じ得ない。

◆香港誌『開放』:習大大(シー・ダーダ)は皇帝になることに病みつき

香港誌の『開放』は、今月の第336期を以て、暫時、発行停止になる。文字通り、まさに「開放的な」雑誌なので、言論の取締りが厳しくなったためだろう。

何と言っても今月号の表紙は台湾民進党の党首、蔡英文(女性)で、未来の台湾総統と大書している。「中華民国」ではなく、「台湾」と書いてあることに、慎重さが見られるものの、もう、これだけでアウトだ。

『開放』は香港デモのオキュパイ・セントラルを提案した3名の学者(と牧師)を、「占中三子」として批判的に描いている。学生を「金融街を占拠せよ」運動に巻き込みながら、さっさと学生を見捨てたからというのが理由のようだ。これが香港リベラル派の視点の一つなのだろう。

さて、「習大大(習おじさん)が皇帝になることに病みつきだ」という論評だが、そこには12月10日付の本コラム「習近平への個人崇拝が始まった」に書いた替え歌がこまかく書いてあるので、詳細は省くこととする。同じように替え歌を列挙して「習近平皇帝論」を展開しているとは、やはり驚きだ。

発表された順番に書けば、日本、フランス、アメリカ、香港となるが、習近平を「皇帝」に見立てた論考が世界を賑わしていることは、実に興味深い。まったく互いに独立して、ほぼ同時に発表しているので、これはある意味、時代の趨勢であり、真実に近いということではないだろうか。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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