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令計画の妻、なぜ京都に豪邸?――日本とのさまざまな接点

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

失脚した令計画の妻は、なぜ売国奴呼ばわりされる日本を選んだのか? 直接仲介したのは北京大学・方正集団のCEO李友だが、彼には日本とのコネはない。それなら令計画が創った「西山会」の中の日本関係者は誰か? その謎を追うと、さまざまな日本との接点が見えてくる。

◆なぜ日本なのか?

令計画の妻・谷麗萍(グー・リーピン、こく・れいへい)は、令計画が捕まった二日後の12月24日に、闇ルートを通して日本への逃亡を企てたが、結局は山東省の青島(チンダオ)で捕まった。

日本へのパスポートや身分証に関する便宜を図ったのは北京大学の産学連携企業の一つである方正集団のCEO李友だ。李友は自分の事業発展のため、前胡錦濤政権で胡錦濤の秘書役を務め絶大な権限を持つに至った令計画に多額の賄賂を渡し続けていた。

李友は、前回の本コラム(1月1日)で紹介した令計画が創った西山会との接触も、長年にわたって続けている。

令計画の妻・谷麗萍が日本の京都に大豪邸を購入するときも、方正信息(情報)公司が浦発銀行・杭州武林支店に持っている口座から送金している。送金総額は370億人民元(現在の為替レートでは約7,141億円)で、そのうち100億元(約2000億円)は日本の二つの大手銀行を通して資金洗浄(マネーロンダリング)している。残りはシンガポールの銀行を通してマネーロンダリングしている。

浦発銀行・杭州武林支店にある方正信息公司の口座を管理しているのは令計画の息子・令谷だったが、2012年3月18日のフェラーリ事故で死亡したあとは、令計画の妻の谷麗萍が管理するようになった。

京都にある二つの豪邸の価格は約5億米ドル(約600億円)で、2012年2月27日付の登記簿には、持ち主として令計画の息子・令谷、令計画の弟・令完成(偽名:王誠)および李友の娘の3名の名があった。同年3月18日に令谷がフェラーリ事故死したあとは、令谷に代わって令麗萍の名義となった。

それにしても不思議なのは、豪邸にしろ銀行貯蓄にしろ、なぜ不正蓄財先として日本を選んだのかということである。

なぜなら中国の不正蓄財先はほとんどが欧米か、あるいはカリブ海に浮かぶオフショア銀行を選んでいるからだ。オフショア銀行というのは、海外から資金を集めることを意図して税金を非常に安く(もしくは完全に非課税)設定している国や地域に設立された銀行を指す。これらの国や地域のことを「タックス・ヘイヴン(tax haven)」(租税回避地)とも呼ぶ。

中国人にとって、日本は留学のステータスにもならず、また不正でなかったとしても、日本に蓄財していることは「売国奴!」と罵倒されることはあっても、あまり誇りにはならない。

だから筆者の目には「党幹部ともあろう者が、なぜ日本を選んだのか?」という疑問が付いて離れず、その解答をずっと追いかけてきた。

そしてほぼこの人だろうと確信したのは、令計画の西山会メンバーの一人だった。

その名は、劉鉄男――。

◆劉鉄男(一審で無期懲役判決)と日本との関係

劉鉄男は1996年から1999年までの間、駐日本国の中国大使館経済部参事官を務めていたことがある。

だから、すぐに想像はついたが、「なぜ令計画の妻は不正蓄財の先として日本を選んだのか?」に関して、やはり劉鉄男にちがいないと確信できるまでには、かなりの時間を要した。

もちろん西山会のメンバーの一人に劉鉄男がおり、彼が中国大使館にいたのも最初から分かっている(筆者は会ったことさえあるからだ)。しかし西山会の中に日本関係者が他にいないかどうかを全てチェックするのはかなり骨の折れる作業だ。

ひとりひとりシラミ潰しに調べた結果、劉鉄男が西山会の中ではやはり唯一、日本と関係していた人物だということを一応確認できた(と思う)。

それでもなお、何かもう一つ「決め手」となるものが欲しい。

必要十分条件を満たす、もう一つの「点」がないと、必然的な「線」として浮かび上がらせることはできない。

悩みに悩み、調べに調べて発見したのが、劉鉄男の妻・郭静華の存在である。

郭静華は国家中医薬管理局伝統医薬国際交流センター主任助手から始まって、令計画が中央における地位を手にする頃には多くの引退した国家指導者級党幹部の健康管理に携わるようになっていた。このルートはすごい。すさまじい人脈の蓄積となる。

以前、このコラムで触れたかもしれないが、中国の国家指導者級の人物の健康管理には、そのレベルに応じて第一級のチームが付いている。郭静華は、その近辺を動いていた。だから令計画と接触を持つことなどは、彼女にとって非常に容易なことだった。

そこで夫の劉鉄男を令計画に紹介し、西山会入会のチケットを手にしたのである。

ところで日本にある中国大使館の経済部参事官は、必ず日本財界の大物と接触を持つ。互いに挨拶に行き親睦を深める。

その中に、特に劉鉄男に温かい手を差し伸べた「日本に大きな影響力を持つ」財界の大物がいた。

そしてなんと、北京大学・方正集団のCEO李友は、中国の八大民主党派の中の一つである中国農工民主党(略称:農工党)の党員だったのである。

1930年に誕生した農工党は、主として「中国医薬衛生界のエリート集団」によって構成されている。李友と郭清華は、この「中医薬」というキーワードでつながり、郭清華の夫の劉鉄男は日本の財界とのつながりを持っている。

ここで「点」と「点」がつながり、一本の「線」を浮かび上がらせてくれたのである。

日本につながりを持つ者は、たいがいの場合「売国奴」と罵倒されるので、一般には日本に隠し財産を持ったりしないのだが、そのことが逆に「発見されにくい」というメリットをもたらしている。

これでようやく「令計画の妻はなぜ日本を選んだのか?」という謎の一部が見えてきた。

利権と金――。

歴代王朝から変わらない中国は、今もなお精神文化的には「封建時代」にあると言ってもいいだろう。

◆劉鉄男落馬のきっかけは「学歴詐称」――これも日本と無関係ではない

ここでもう一つ興味深いエピソードがある。

劉鉄男が落馬するきっかけとなったのは、一通の微博(ウェイボー)(中国式ツイッター)だった。しかも実名入りで、その名は羅昌平。雑誌『財経』の副編集長だ。羅昌平が最初にツイートしたのは劉鉄南の学歴詐称だった。

劉鉄男の履歴には「名古屋市立大学・経済学修士」というのがあるが、これは偽物で、これは栄誉証書であって、修士学位記ではないと、羅昌平はつぶやいたのである。

2012年12月6日11時01分のことである。

ちょうどこのひと月ほど前の2012年10月30日、日本の週刊誌『週刊文春』が、日本の若きチャイナ・ウォッチャーで「中国で一番有名な日本人」と自称していた某氏が東大合格辞退という学歴詐称を行っていたことをスクープしていた。

中国政府は、この某氏を中国共産党の宣伝に使おうと、道具として彼を持ち上げていた。その彼が学歴詐称をしていたことが分かると、中国共産党の権威に傷がつくとばかりに、徹底してこの若き某氏を叩き、共産党機関紙の「人民日報」も共産党の報道機関である中央テレビ局CCTVも一斉に「学歴詐称」を強烈にアピールしたため、中国のネットは「学歴詐称」という言葉で燃え上がっていた。

その燃え上がりの延長線として、羅昌平はまず「劉鉄男は学歴詐称をしている」という無難な線から入り込んでいった。

最初はデマだとして、劉鉄男が当時副主任を務めていた国家発展改革委員会は、羅昌平を名誉棄損で訴えると強気だったが、約半年後に劉鉄男は落馬し、背後に巨大な腐敗集団が潜んでいたことが明らかになったという次第である。

日本の学歴詐称をする中国の高級幹部もめずらしいが、中国大使館経済部参事官だったために、経済学修士が欲しかったのかもしれない。名古屋市立大学と劉鉄男を結びつけたのは、日本における不倫相手(中国人女性)だった。利害関係でもめ、分かれたために、腹いせで元不倫相手が周りにもらしていたのを、羅昌平がキャッチして調べ、ツイートをしたという「おまけの物語」もある。話はどんどん広がっていくので、一応ここまでにしておこう。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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