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イスラム国メンバーを自己生産している中国――次のターゲットは中国か

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

中国は建国以来、新疆ウイグル自治区のウイグル族を弾圧し続けてきたが、行き場のない憤懣を抱えたウイグル族の一部はイスラム国へと流れている。自国の中でイスラム国メンバーを自己生産する結果を招きながら、それを理由にウイグル弾圧を強化する中国の実態を追う。

◆中国はなぜウイグル族を弾圧し始めたのか?

かつてウイグル帝国を築いていたウイグル族は、長い変遷を経ながら清王朝に征服されて「新領土+回彊(ムスリムの土地)」=「新疆」と命名され(18世紀)、行政制度の整備(19世紀)に伴って「新疆省」と称されるようになった。

1912年に「中華民国」が誕生すると、蒋介石は清王朝時代の「新疆省」を引き継ぎはしたものの、その領有権に関しては、それほど固執していない。蒋介石は1938年に発掘した甘粛省北西部の甘粛回廊にある玉門油鉱を重要視していたし、まだ石炭が主流だったからだ。

その結果、1933年と1944年に、土着のムスリム(イスラム教徒)によって民族国家である「東トルキスタン共和国」が建国されたことさえある。

ところが現在の中国(中華人民共和国)が1949年に誕生するのに伴い、国共内戦(中華民国の国民党軍と毛沢東率いる共産党軍との間の戦い)の中で共産党側の軍隊である中国人民解放軍は新疆省を制覇し、1955年に「新疆ウイグル自治区」と命名した。中国が新疆ウイグル自治区を重要視したのは、そこに石油が発見されたからである。

つまりウイグル弾圧の開始は、エネルギー源問題と関係している。

中国が誕生したばかりのころ、「中国」という国家の代表として国連に加盟していたのは「中華民国」(現在の台湾)だ。中国には同盟国も少なかったため、エネルギー源の供給を自力で行わなければならなかった。

そこで毛沢東は1952年8月、中国人民解放軍第19軍第57師団を石油工業開発に転属させ、石油の発掘作業に当たらせた。53年から始まった第一次五カ年計画では、重点項目の一つを石油探査に置いていた。

そのお蔭で55年10月29日、新疆ウイグル自治区にあるジュンガル盆地でカラマイ油田があるのを発見。「カラマイ」はウイグル語で「黒い油」という意味である。規模は大きくないものの、カラマイ油田は中国誕生後に発見された最初の油田だ(詳細は拙著『中国人が選んだワースト中国人番付 紅い中国は腐敗で滅ぶ』のp32~35。周永康に関する項目)。

毛沢東の喜びようは尋常ではなかった。

その間、中国人民解放軍第一野戦軍第一兵団を中心として「新疆生産建設兵団」を設立し、一般人民にも呼び掛けて、大量の漢民族を新疆ウイグル地区に送り込んだ。

この時からウイグル族は「何としても独立しては困る」少数民族の筆頭に位置付けられるようになる。漢民族を増やしウイグル族の割合を減らすことによって独立できなくなるようにするため、ウイグル族への弾圧を強化している。

これがウイグル民族弾圧の背景である。

今では中央アジア諸国から石油や天然ガスを輸入する拠点が新疆ウイグル自治区にあり、全中国にパイプラインを敷いて全中国のエネルギー需要を支えているので、なおさらのことウイグルを手放すわけにはいかなくなった。 ここは習近平政権が打ち出す「陸の新シルクロード経済ベルト」の拠点でもある。

◆東トルキスタン・イスラム運動の台頭

弾圧の仕方にはいろいろある。たとえば、ウイグル語の使用制限、宗教の自由への制限や新彊ウイグル自治区の漢民族化などを通したウイグル族の文化や習慣の破壊、あるいは雇用差別などがあり、抗議運動が絶えたことがない。

中華人民共和国憲法では、もちろん言論の自由とともに宗教の自由も保障してはあるが、実際は違う。言論弾圧に関しては言うまでもないが、宗教に関しても、たとえば18歳未満のウイグル族がモスクに立ち入ることは禁止されており、イスラム教を教える地下学校に通うしかない。見つかれば違法行為として逮捕される。子供といえども容赦はしない。また懐妊可能な年齢の女性の一部を中国の東海岸に移住させてウイグル自治区におけるウイグル族が増えるのを防ごうとした時期もある。ウイグル族が自治区内に増えて、宗教を通した尊厳により団結を強めることを恐れたからだ。

もちろん漢民族の党幹部におもねて昇進していく者もいる。その結果内部差別も生じてくる。抗議運動が起きない方がおかしい。

ウイグル族としての人権を訴えれば、反政府運動とか政府転覆罪などとして拘束逮捕されるので、最近ではさまざまなルートから国外に逃亡する者が増えている。暴動や逃亡者の数が増えるにつれて、中国政府は抗議運動を起こす者たちを「分離主義者」あるいは「宗教的過激者」として、抗議運動をテロ呼ばわりするようになった。

卵が先か、鶏が先か――。

1997年、中国当局に逮捕されたあとに国外へ逃亡したハッサン・マフスームは、仲間とともに「東トルキスタン・イスラム運動(Eastern Turkistan Islamic Movement、ETIM)を創設した。これは新疆ウイグル自治区(東トルキスタン)の中国からの分離独立を目指す運動組織である。

◆東トルキスタン・イスラム運動とイスラム国の合流

2014年12月15日、中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹紙である「環球時報」は、「イスラム過激思想を持つ中国人約300人が、イスラム国に参加した」と報道している。もちろん「過激思想を持つ中国人」とは「東トルキスタン・イスラム運動に所属するウイグル族の人々」のことを指す。

イスラム国は2014年6月29日に「Islamic State of Iraq and Syria(イラクとシリアのイスラーム国)」( ISIS、アイシス)が「国家」としての樹立を宣言したものである。欧米では「国家」としては認めないことから「イスラム国」と言わずに「ISIS」と称せられることが多い。ここでは日本人の耳や目になじんでいることから「イスラム国」という名称を用いることにする。

このイスラム国に、中国政府が弾圧した新疆ウイグル自治区のウイグル族で海外に逃亡した者が参画し、イスラム国のメンバーになっていることなのである。

これはすなわち、中国の人権弾圧がイスラム国のメンバーを自己生産していることに相当する。

環球時報は今年になると、さらに「ウイグル族の逃亡ルートと人数」に関して詳細に報じた。

中国の南方国境にある雲南省や広西チワン族自治区を通ってマレーシア、トルコなどを経てシリアに向かうルートがあるという。また偽造パスポートを作成して空路の逃亡もあり、中国当局は監視を強化している。

◆弾圧強化の正当性と自己矛盾

中国自身が指摘するように、ウイグル族が海外に逃亡しイスラム国のメンバーとなっていることを以て、ウイグル族の弾圧を強化していく正当性を主張するのだとすれば、それは悪のスパイラルを生むだけではないのか。

中国は、「西側諸国はイスラム国を非人道的なテロ組織として非難するくせに、中国が東トルキスタン・イスラム運動とイスラム国の連携を警戒してウイグル族の監視を強化することを人権侵害として非難するのはおかしい」という論理を展開している。

しかし中国の場合、新疆ウイグル自治区における弾圧の方が先だったのではないだろうか。東トルキスタン・イスラム運動やイスラム国が生まれたのは、最近のことだ。

2014年7月、イスラム国は「次のターゲットは中国」として名指し、その理由は「中国政府は新疆ウイグル自治区におけるイスラム教徒の権利を侵害しているからだ」という趣旨の声明文を出している。

もちろんどの国、どの組織においても残虐な行為、非人道的な行為は許されていいはずがない。それを大前提としながらもなお、ウイグル族への弾圧強化が許されるのだろうか? 中国は大きな自己矛盾を抱えている。

つぎのターゲットが中国になるのか否か――。

そうなったときの習近平政権のゆくえに注目したい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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