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全人代、政府活動報告を読み解く――2015年の中国が見える

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

3月5日、全人代が開幕し李克強首相が政府活動報告をした。1時間40分以上に及ぶスピーチは、中国の何を反映しているのだろうか?スピーチの主たる内容から2015年の中国を読み解く。

◆全人代の政府活動報告とは何か?

李克強は北京大学に在籍していたときから、ともかくスピーチが得意な青年だった。そのため共青団に入ることを進められ、アメリカ留学を断念した経験を持つ。その彼は3月5日、人民大会堂で大きな声を張り上げ、非常に明確な発音で、18,111文字の原稿をよどみなく読み上げた。後半に来て3か所ほど文字を読み間違えた個所があったが、それにしても、声の張りにはまだ若さがある。

立法機関である全人代(全国人民代表大会)における政府活動報告とは、前年の総括を含め、その年には中国がどのような方向で進むかを経済、民生、外交などに関して国務院総理(首相)が述べるもので、今回は6項目に分かれている。各項目に関して概略を述べ、何をしようとしているかは、次項の1~6で考察する。

全人代における議題はチャイナ・セブン(中共中央政治局常務委員)が決め、全人代で審議立法化して国務院(中国人民政府)および地方人民政府が執行するので、これは中国共産党の一党支配体制を遂行するためのメカニズムと位置付けることができる。

午前中の政府活動報告は人民大会堂に3000人近い全国代表が一堂に集まってスピーチを聞くが、午後からは各地方政府に分かれて、各地方のための会議室で報告内容を審議するのが慣わしだ。

今年は、たとえばチャイナ・セブンだけを列挙すると、習近平は上海市の代表と討議し、張徳江は浙江省代表と、兪正声は湖北省代表と、劉雲山は内モンゴル自治区代表と、そして王岐山は北京市代表と討議した。李克強はさすがに声がかれてしまい、休憩に入る。

では、その李克強が述べた6つの分野に関して概観しよう。

◆政府活動報告の6つの内容

1.2014年の活動総括

●国内総生産(GDP)は63.6兆元(1219.85兆円)で、GDP成長率は7.4%。

●新しく就職した人の数は1322万人で、前年を上回った。

●極貧層が1232万人減少し、6600万人の農民が安全な水を飲めるようになった。

●許認可権乱用(による賄賂)を防ぐために246項目の許認可制度を取り消した。

●上海自由貿易実験区の範囲を広げ、広東、天津、福建などにも自由貿易区を新設。外資の投資額は1196米ドルで世界一となった。対外直接投資は1029億米ドル。

●(流動人口が定住し戸籍あるいは住民票を得るための)低価格高層アパート740万棟建設に着工し、すでに511万棟建設した。(遠藤注:中国政府は2014年3月に国家新型城鎮化計画を発足させ、2014年から2020年までの間に、2.67億人に及ぶ流動人口の戸籍問題を解決しようとしている。そのためには定住する場所と就職先が必要で、都市部に流れ込んできた農民工を内陸部に戻し、そこに新たな就職先を創る事業を遂行している(2020年までに3600万棟建築する)。それを実現しないと2048年には年金が枯渇するので、住民票がある状況をつくって積み立てを行わせて、社会保障制度を充実させていこうとしている。それを可能にさせるためにも、海外に流れて消えてしまっている年間40兆円にも及ぶ不正蓄財を食い止めなければならない。腐敗撲滅の目的の一つは、ここにある。これに関して詳細を知りたい方は『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』p.250「国家新型城鎮化計画」をご覧いただきたい。反腐敗運動が権力闘争のためだと未だに言っている中国研究者やジャーナリストがいるが、中国にはそんなゆとりはない。この問題を解決しなければ一党支配体制は必ず崩壊するからだ)。

●習近平国家主席は20数か国を歴訪し、北京APECも成功させた。

2.2015年政府活動の全体的な展望

●2015年のGDP成長率は7%前後と考えている。(遠藤注:これに関して中国経済の成長が鈍化したからだとして、ほら、もうすぐ中国がつぶれると喜ぶ向きがあるが、気持ちは分かるものの、それは実態とは少しかけ離れている。なぜなら2006年3月の全人代で、中国は第11次5カ年計画の目標としてGDP成長を7.5%に抑え、2011年3月の全人代では7.0%に抑えるというマクロコントロールを発表している。にもかかわらず、2014年3月の全人代で7.5%成長を目標とすると修正したのは、新型城鎮化計画で就職先創出を必要としたからだ。2004年ごろだったか、中国政府はそのシンクタンクである中国社会科学院に命令を出し、「貧富の格差を軽減するためにはGDP成長を抑えなければならない。貧富の格差が大きすぎると社会主義国家ではないという人民の不満が湧き出る。しかしあまり抑えると中国共産党が統治しているからこそ中国へ経済成長しているのだという、中国共産党一党支配の正当性が失われるので、適切なGDP成長の分岐点を計算せよ」と命じた。その結果算出されたデータは「6.9%」だった。だから7%までは抑えてマクロコントロールをする決意はそのときからある。)

●2015年の財政赤字は1.62兆元(31.6兆円)(赤字率2.3%)。そのうち地方財政赤字は5000億元(9.8兆円)で昨年より1000億元(1.9兆円)増加した。債務管理を健全化していかなければならない。

●13億人口の中の9億人が労働人口。イノベーション精神により経済下降傾向を乗り越える。

●今年は第12次5カ年計画最後の年なので、第13次5カ年計画の準備をしなければならない。

3.改革開放を手堅く進めていく

●金融改革を進め、民間資本が中小型銀行等の金融機関を設立させることを推進する。

●融資比率をフレキシブルに調整する。

●人民元の国際化をより拡大させ、「深港通」(深セン・香港間の相互株式投資)を活発化させる。

●国有企業改革を行う(遠藤注:国有企業を党幹部の巨大な利権集団が独占しているので、腐敗撲滅により国有企業の構造を改革し民間に開放し健全化させていく)

●陸の新シルクロード経済ベルト(遠藤注:ウィグルを視点として中央アジアを経由しEUを終点とする)や21世紀の海上シルクロード建設を強化する。

●自由貿易区を中韓、中豪、中日韓、中・イスラエル、中・アセアン間などで進め、アジア太平洋自由貿易エリアを構築する(遠藤注:これはアメリカ中心のTPPに対抗するもの)。

4.経済の安定成長を推進し構造を最適化させる

●バラック住宅や崩壊可能性家屋の改造や地下水道の完備などに4776億元(9.5兆円)を注ぐ。

●鉄道投資8000億元(15.6兆円)は継続する。

●今年もさらに1000万人の極貧層をなくす。

●国家新型城鎮化計画を推進し新しい突破口を見い出し、都市病と戸籍問題を解決する。

●海洋戦略を強化し、海洋生態保護を守り、海洋技術レベルアップし、断固、国家海洋権益を守る。海上紛争を適切に解決し、周辺国との海上協力メカニズムを積極的に展開し、海洋強国の目標に向かって邁進する。

●ネット通販など新興産業を推進する。

●旅行、健康、養老などのサービス型産業を拡大する。

5.民生の改善と社会建設を継続的に促進する

●年金や最低賃金の改善、困難児童、高齢者、一人で生活できなくなっている高齢者、障害者などの福祉政策を改善向上させる。

●健康保険制度を改善向上させる(遠藤注:労働人口7.67億人の内、年金積み立て及び健康保険加盟者3.04億人。約40%)。

●食品や医薬品の安全基準、環境保全基準を法制化して強化し、違反した者には重罰を与える。

6.政府のガバナンスの強化

●憲法と法に基づいて国を治め、反腐敗運動を強力に推進し、党の風紀を健全化させる。

●堅固な国防と強大な軍隊は国家主権と国家安全を守る基本。そのための強軍目標を断固強化し遂行する。

●一国二制度に基づいて「香港の人が香港を治め、マカオの人がマカオを治める」を貫き、高度の自治を認める。(遠藤注:実際は二制度よりも「一国」の方を重んじて香港の自治を壊していっているからこそ、昨年香港デモ雨傘革命が起きた。高度の自治がどのようにして浸食されているかに関しては『香港バリケード 若者はなぜ立ち上がったのか』を参照していただきたい。)

●台湾独立を許さない。両岸関係(中台関係)を友好的に強化し、青少年の交流を促進する(遠藤注:2014年に台湾で起きたひまわり運動が今後発生しないように台湾の青少年の精神を大陸側に傾くよう感化していくことを目的とする。)

●今年は「世界反ファシズム戦争と中国人民抗日戦争勝利70周年記念」の年である。国際社会とともに力を合わせて関連の活動に注力する。

概ね以上が李克強のスピーチの骨子だ。これで2015年の中国が抱える問題も方向性もおおむね見えてきたと思う。

日本人として気になるのは、やはり最後の「世界反ファシズム戦争と中国人民抗日戦争勝利70周年記念」のことだろう。日中首脳会談などを実現しても、この記念行事を控えるなどということはない。なぜなら中国は日本を批判して日米同盟を結んでいるアメリカを困らせることによって、アジア太平洋における中国のプレゼンスを高めようとしているからである。ロシアとともに記念行事を行うことが、アジア回帰するアメリカを抑制しようとしている何よりの証拠だ。日本が右傾化していると中国は攻撃しているが、日本が右傾化しているとすれば、それは中国にとっては非常にありがたい「武器」なのである。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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