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江沢民の実父は売国奴? ――認めるのか、習近平

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

江沢民元国家主席の実父が売国奴(日本傀儡政権の役人)だったことは知る人ぞ知る事実。それを暴いた者は投獄されてきたが、その中の一人、呂加平氏を習近平は釈放した。習近平はタブーを破るのか?その思惑は?

◆江沢民が隠してきた事実

江沢民の実父・江世俊が(大日本帝国時代の)日本の傀儡政権であった汪兆銘率いる南京政府のスパイ機関に勤務していたことは、中国大陸以外ではよく知られた事実だ。江沢民は父親のお蔭で、1943年には汪兆銘傀儡政権下の南京中央大学に入学し、贅沢三昧の日々を送っていた。だから江沢民はピアノやダンスなどの芸事に長(た)けている。そのときの写真も名簿もある。

ところが日本が敗戦すると、漢奸(かんかん)=売国奴と罵倒されるのを逃れるため、江沢民は慌てて、叔父の江世候(またの名を江上青)の養子になったと偽装。江世候は中国共産党の幹部で、1939年に戦死している。江世候は江沢民の父親の弟に当たるが、祖父が妾に産ませた子供とされ、その家族は極貧の中にあり、江沢民が養子になってピアノやダンスを習えるような状況とは無縁。

このことを最初に暴いたのは元北京市書記(1992年~1995年)だった陳希同(1930年~2013年)(ちん・きどう)で、陳希同はその告発状をトウ小平に渡した。ところがトウ小平はそれを江沢民を推薦した薄一波(薄熙来の父親)に見せたため、陳希同は投獄され獄死している(最後は獄外病院で死去)。

◆江沢民の出自を暴き、国家転覆罪で投獄されていた呂加平

中国のネットには「嘘も百回言えば真実になる」という諺だけが削除されずに残っているが、江沢民の出自に関する真実を書くことは「死」を意味するので、あまり書こうとしないし、また書いても削除されるか逮捕される。

呂加平(1941年~)は2004年2月21日に自分のブログで「江沢民が出自をごまかして中国共産党に入党していた事実」を書いてしまった。

2004年3月の全人代では、江沢民が中華人民共和国中央軍事委員会(国家中央軍事委員会)主席から、いよいよ身を引かねばならないタイミングだった。

胡錦濤・元国家主席にとって、実は呂加平の「暴露」は、非常にありがたいことだったにちがいない。

しかし江沢民は、もちろん激怒。

当時、腹心の周永康は中共中央政治局委員ではあったが、まだ国家公安部長の身分。江沢民は周永康に命じて直ちに呂加平を拘束。同年2月23日深夜には、呂加平の家宅捜索を行い、パソコンや彼が書いた文章など、全ての資料を持ち去っていった。その後、自宅軟禁の形を取り、警察やパトカーあるいはサーチライトなどに囲まれた日々を送るようになる。呂加平の息子夫妻も連座して拘束された。

それでも呂加平が自宅軟禁の状態にありながら、2009年12月1日に、さらに江沢民の出自を告発する「二奸二假(偽)」という文章をネット上で公開できた裏には、いわゆる「江胡闘(ジャン・フー・ドウ)(江沢民・胡錦濤の闘い)」があったからだろう。

しかし、2007年からチャイナ・ナイン(胡錦濤時代の中共中央政治局常務委員)入りして中共中央政法委員会書記になっていた周永康の力は、2004年の公安部長のときとは比較にならないほど大きくなっていた。周永康は「公安、検察、司法」を牛耳る政法委員会の力を発揮して、ただちに呂加平を逮捕。2011年5月13日に「国家転覆罪」として10年の懲役刑を科している。

◆じきじきの恩赦で呂加平を釈放した習近平の思惑は?

だというのに、習近平国家主席と李克強国務院総理によるじきじきの恩赦で、2015年2月17日午後6時、呂加平は釈放され、警察の車で湖南省の実家に連れ戻されたという。

これはまた、いかなるシグナルと読めばいいのだろうか?

もちろん、江沢民の息子・江綿恒といえども容赦はしないというシグナルの一つではあろう。

また江沢民の大番頭・曽慶紅(2015年3月4日付けの本コラム「次の大虎は江沢民の大番頭、曽慶紅!――全国政協の記者会見で暗示」参照)逮捕への準備ということもあろう。

しかしなんと言っても江沢民はかつて国家のトップに立っていた中共中央総書記であり、国家主席、中央軍事委員会主席でもあった人物だ。その江沢民を逮捕することになれば、いくらなんでも中国共産党の権威に傷がつき、統治の正当性を失うだろう。したがって、江沢民そのものを(本人を)逮捕するところにまでは行きにくい。

しかしそれでもなお、もし江沢民にそもそも「中国共産党員になる資格さえなかった!」という事実が明るみに出れば、この「逮捕しにくいバリヤー」は下がる。正当な理由が付くからだ。

少なくとも江沢民の腐敗の巣窟に斬りこむことに対して、人民を納得させる材料にはなろう。

それは同時に、「それなら中国共産党の何を信じればいいのか?」という疑念を人民に惹起させる。「習近平政権よ、それなら、お前は大丈夫なのか?」と誰もが思い始めるかもしれない。

いや、誰でもがすでに思っているだろうが、この分岐点を習近平がどう乗り切るのか、見ものだ。

(ただ、自らの出自をごまかすために反日を叫び、反日へと大きく舵を切った江沢民の「日帝」売国奴の事実を、この「抗日戦争勝利70周年記念」の年に明るみに出すのか、という疑問は残る。呂加平を釈放したのは、その事実を明るみにすることを許したことにつながるのだから。)

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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