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新たな冷戦構造か、モスクワ「赤の広場」式典――「紅い皇帝」習近平が存在感

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

5月9日、ウクライナ問題で米国側に付いた西側先進諸国首脳不在の中、反ファシズム戦勝70周年記念式典がモスクワで開催された。世界経済を牽引する「紅い皇帝」習近平がプーチン大統領の傍で圧倒的存在感を見せる。

◆モスクワ「赤の広場」にいたのは「紅い国」系列諸国

旧ソ連(ソビエット連邦)が崩壊しロシアが誕生したあと、最初にモスクワで開かれた「反ファシスト戦勝50周年記念式典」(正確には対独戦勝50周年記念式典)に初めて招待された中国の江沢民元国家主席は、あまりの高揚感に震えていた。

なんといっても、第二次世界大戦で戦ったことのない「中華人民共和国(中国)」が、第二次世界大戦における「反ファシスト戦勝国」として「連合国側」の代表国の一つとして招待を受けたのだから。

「中華民国」である国民党政府を4年間かけてやっつけ、終戦から4年後にようやく誕生した国家である中国が、反ファシスト戦勝国に仲間入りさせてもらうなど、「歴史の塗り替え」としか言いようがない。しかし、江沢民はこれを最大限に生かして、それまでの「抗日戦勝記念式典」を、すべて「反ファシスト戦勝記念式典」として、「国際レベル」に引き上げた。

ちなみに朝日新聞(デジタル)

「反ファシズム」を「抗日」より前面に打ち出すのは、各国に広がる「中国脅威論」を薄め、9月に北京で開く軍事パレードを成功に導きたいという狙いからだ。

という解説があるのを発見し驚いた。どこから、このような解釈を導き出すのか、不思議でならない。論理的整合性すらないように思われるが……。

1995年の50周年式典におけるロシアの当時のエリツィン大統領が、さすがに第二次世界大戦戦勝国代表としてのスピーチを中国の代表にはさせなかったため、江沢民はひどく怒ってエリツィンに詰め寄り、無理やりマイクを取り上げて、もうお開きになっていた舞台に上り、スピーチをしたことは有名なエピソードだ。

中国はこのとき、そういう存在でしかなかった。

エリツィンの周りに居並ぶアメリカ、イギリス、フランスなど、まさに「第二次世界大戦の連合国側代表」の中で、ともかく、その仲間に入れてもらったことが、江沢民としては勲章のように輝かしく、嬉しくてならず、それ以後、愛国主義教育を反日の方向に急転換していったほどだ。

そのため中国(中華民国ではなく中華人民共和国)にとっては「抗日戦争」でしかなかった日中戦争を、世界レベルの「反ファシズム戦争」にまで引き上げて、かつての連合国の国々と並んでいることをアピールしている。

だから60周年記念の時も、誇らしく祝賀している。

だというのに、今年のモスクワにおける式典に参加したのは、中国という「紅い国」をはじめ、ほとんど元「紅かった」国や地域ばかりで、西側諸国はいっさい参加していない。

それというのもウクライナ問題でアメリカがロシアに対する制裁をしているからで、アジアインフラ投資銀行AIIBでは、イギリスが手を挙げてドミノ倒しのようにヨーロッパ先進国が加盟を表明したのとは、かなり様相を異にしている。

経済的には、たとえアメリカが加盟しなくとも、同盟国とされるイギリスをはじめ多くの先進国が「紅い国」中国側に付いたわけだが、いざウクライナ問題あるいはクリミヤ半島問題などの領土問題となると、経済的には躊躇しながらも、やはりそこはキチンと線引きをしている。

これはまるで新たな冷戦構造を生んでいるような光景だ。

5月2日付の本コラムで、日米強化をもたらしたのは「中国のオウンゴール」と書いたが、この新たな「冷戦構造もどき」を招いたのはオバマ大統領と言っていいだろう。

弱い者を叩くのがアメリカの特徴。経済的に巨大化した中国が、どんなに国内で非民主的な行動に出ても、叩く勇気は持っていない。

それが中ロの距離を、いっそう緊密にしている。

◆軍事力を強調した閲兵式と中国人民解放軍儀仗隊

窮地に追い込まれたプーチンのそばに、ピタリと並んで離れないのは「紅い皇帝」習近平だ。

ロシア建国(1992年)以来の規模で行われた軍事パレードでは、1万6千人のロシア兵士が、戦車や大陸間弾道ミサイルとともに行進した。ロシア国民にロシアの強さをアピールして安心させるためだろう。

プーチンの心細さを知っている習近平は、中国人民解放軍儀仗隊を「赤の広場」に送り込んで、閲兵式に華やぎを添えた。

ところが、どうも歩幅が合わない。

背が高いロシア兵の歩幅は約70センチ。

中国人民解放軍儀仗隊も、背の高い兵士を揃えて来ているのだが、行進曲が「カチューシャ」なのだ。

ロシア(前身の旧ソ連)が1941年6月から独ソ戦を始めたころ、戦場の兵士たちは故郷においてきた恋人を思い「カチューシャ」を愛唱した。戦時流行歌となっていたカチューシャは、ソ連映画によく登場し、1949年10月に中華人民共和国が誕生したあと、中国の映画館はカチューシャ一色に染まったものだ。

中ロ両国にとって、このカチューシャには深い思いがある。

しかしこの曲、なにせ、テンポが速い。

コザックダンスには似合っているが、行進曲としては厳しかろう。一歩ずつ足を高く上げる軍隊式行進を、このテンポで合わせるのは至難の技だったにちがいない。

ロシアはAIIBにも加盟し、もちろん中国の国策である「一帯一路」(陸と海の新シルクロード構想)にも参画している。陸の新シルクロード経済圏であった中国と中央アジア諸国とは、ロシアと中国が中心となって「上海協力機構」も形成している。

上海協力機構は1996年に設立された、アメリカの一極支配やNATO(北大西洋条約機構)に相対峙する安全保障条約で、米ロが緊密だった時代は良かったが、アメリカのロシア制裁以降、中ロ蜜月を招き、新たな冷戦構造もどきをかもし出している。

ただ、中国は「一帯一路」とAIIBにより、経済的に世界を圧倒しようとしており、戦争を起こすつもりは、さらさらない。

戦争などをしたら、中国国内が不安定になり、不満分子が動き始めて、中国共産党の一党支配体制を揺るがしかねないからだ。

それでもなお、カチューシャのテンポのような勇み足は、歩調の乱れを招きかねない。

中ロ蜜月のゆくえに注目したい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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