Yahoo!ニュース

安保法案を中国はどう見ているか?――ネットの声も含めて

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

日本の安保法案に関して官製メディアがどのように報じ、ネットユーザーはどう見ているのか。その中間的な香港「鳳凰網」の解説を含めて、中国の目を見てみよう。日本の抗議デモに対する声も興味深い。

◆官製メディアは

まず官製メディアの象徴である中国国営の中央テレビ局CCTVは、昨年から毎日のように日本の安保法案に関する報道を続けていた。9月3日の抗日戦争勝利70周年記念式典が近づくと、さすがに式典と抗日戦争もの一色で塗りつぶされたが、それが過ぎるとまた安保法案を報道するようになっている。中国政府の通信社である新華網や中国共産党の機関紙のウェブサイトである人民網、あるいはその傘下の環球網なども歩調を合わせている。 

それらを総合すると、以下のような論調が目立つ。

●安倍内閣は軍国主義国家に戻ろうとしている。

●アメリカの軍事予算が減り、アメリカ国民が戦争に対して「これ以上犠牲になるのはごめんだ」という嫌悪感が強まっているので、選挙の際の国民の人気を気にしてアメリカの負担を軽減しようとしている。そのため日本にアメリカの肩代わりをさせようとしている。安倍(首相)はアメリカの望むように動こうとしている。

●安保法案には日本国内的な緊急性がないが、アメリカの要望に応えるという意味の緊急性がある。

●日本はそれにより、これまでの平和憲法を破棄し、またもや戦争への道を歩もうとしている。

●日本の国民は賢明で、安倍がいかに間違った道を歩もうとしているかを見抜いていて、激しい抗議運動が起きている。

●特に、これまで政治に無関心だった日本の若者が、安保法案をきっかけに政治に目覚め、中には若いママさんグループが、自分の子供の未来を心配して、政治のために立ちあがるようになった。

◆香港の「鳳凰網」の討論番組

今年の5月14日、日本は臨時内閣会議を開き、安全保障法制の関連法案を閣議決定した。決定されたのは、新法の「国際平和支援法案」と、自衛隊法を含む10本の既存の法律の改正を一括して一つの法案にまとめた「平和安全法制整備法案」だ。法案は、集団的自衛権の行使について、「存立危機事態法」を設け、「わが国と密接な関係にある他国への武力攻撃により、わが国の存立が脅かされ、国民の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」際には自衛隊が防衛出動し、武力を行使することが可能であるとした。

また、これまでの「周辺事態法」を「重要影響事態法」と改正し、「日本の平和と安全に重要な影響を与える事態」が発生した場合には、「後方支援に地理的な制約がない」ことを明確にしたほか、「支援の対象もアメリカ軍に限定しない」などとした。

これらの問題に関して香港系の、比較的中立なウェブサイト「鳳凰網」は、「新安保法案の実質とは何か?」を中心に討論番組を報道した。

そこで討論された概要を示す。

●なんといっても、これは一つの方案ではなく、11個もの関連法案を「打包」(ダーバオ)で通そうというものだ。(筆者注:「打包」というのは本来「梱包」という意味ではあるが、最近ではレストランなどで食事をして食べ残した場合、捨てるのはもったいないので、パックに入れて包み、家に持ち帰ることを指している。これまでは官費で客を接待し必要以上に高価なご馳走を大量にオーダーして、残りを招待した側が持ち帰ることが、改革開放後の中国の習慣となっていた。習近平政権になってから「ぜいたく禁止令」が出されたりして、この現象がなくなったため、レストランは閑古鳥が鳴いているが、「打包」という言葉を使うとき、女性キャスターが目の奥で笑っているのは、「持ち帰り現象」を誰もが想像するからだ。)

●今回の安保法案は、日本敗戦後の平和憲法で許されている範囲を越えているので、本来なら憲法改正をおこない、日本国民の意志を問わなければならない。そのためには3分の2以上の国会議員の賛成が必要で、その上で国民投票を実施し、国民の2分の1以上の賛同を得なければならない。安倍(首相)には、その自信がないので、現行の憲法の中で、その修正をおこなおうとしている。

●これまでは専守防衛で、日本の本土が攻撃された場合にのみ武力行使をしても良いことになっていた。ところが「周辺事態法」という地理的概念を取っ払って、「重要事態法」に変えた。ということは地球の裏側だろうと、日本の利害にとって「これは重要だ」と判断すれば、どこにでも出撃していいことになる。アメリカや日本の他の友好国が困っていると判断すれば、日本も出動していい。それも武力を行使していいので、「新安保法案」は「日本猛虎可以出法案(日本が猛虎として出動していい法案)」ということになる。

●自衛隊法は実際上撤回されて、国防軍法となるだろう。

●日本は中国と戦争をしようと思っているわけではない。アメリカを助けて軍事産業でお金もうけをしようとしているのだ。

●アメリカも中国と戦争をしようとは思っていない。アメリカの代わりに日本に出動させ、日本は中国の周辺小国に武器を売って儲け、自分の代わりにこれらの小国と中国との間に小競り合いをさせようとしている。

●その意味では巧みな対中包囲網だ。

以上が討論番組の概要だ。

◆中国大陸のネットユーザーの素朴な質問

中国大陸の検索サイト「百度知道」にある素朴な質問と回答を見てみよう。他のポータルサイトにもある声を、総合的に拾ってみた。

●質問:日本国民は、なんであんなにまで安保法案に反対してるの?

回答1:だって、これは日本国民にとって金儲けができるとか、国民が豊かになる法案じゃなくて、戦争法案だよ。虫けらだって必死になって生きようとするのに、ましていわんや日本人においておや!(日本人だって人間だ、という漢語の表現)。あのひどい日本だけど、庶民は誰だって砲火の犠牲にはなりたくない。あの第二次世界大戦の悪夢を繰り返したくないって思ってるんだ。だからみんなが立ちあがって安倍に反対してるんだよ。

回答2:アメリカが敵と戦っていたら日本もアメリカの味方になって戦う。そしたら、アメリカが戦っている敵は、当然、日本を敵だと思うから、日本を攻撃するだろ?そんなことしなきゃ、日本は本来なら攻撃されなくても済んだのに、今まで敵じゃなかった国から、日本もいつも狙われる国になる。だから、国民が怒ってるんだよ。その敵国がISだったら、日本はもうお終いだ。ISに狙われるってことになるから。

回答2へのコメント:えっ、日本って民主主義の国だろう? だったら、そんな首相を選挙で選ばなきゃよかったじゃないか。

回答3:そうだよなぁ。考えてみろよ、中国の軍隊が強大になり海外で活動すれば、おれたち中国人は反対するかい? 反対するどころか、国威を宣揚できて誇らしいと思うだろ? 中国人は軍隊を持っていていいのに、なんで日本人は持っちゃいけないのかなぁ…。

回答3へのコメント:日本は敗戦したからさ。だからアメリカが軍隊が持てないような憲法を作らせたのさ。

回答4:それにしても日本国民は「平和憲法を守れ」って、すごい勢いで抗議デモをしているよね。日本国民って、本気で平和を愛している人が多いんだね。そこは感心する。政府に抗議しても逮捕されないのは、いいよね。

●質問:日本は安保法案で中国を狙ってるの?

回答1:ちがうよ。全世界だよ。

回答2:「反戦」を誓って「宣戦布告」してるんだよ。

●あれは「戦争立法」だ。

安保法案の内容を見たら、あれは「戦争立法」だ。安倍はおじいさんの夢を叶えるために軍事大国への野心を捨てることができない。法案が通れば、集団的自衛権を解禁して、専守防衛から一気に戦後体制を変えてしまう。その分岐点なんだよ。

●安倍政権って、我が国の(中国共産党)政権と似てないか?

(以下、複数のウェブサイトから、類似のものを拾った。)

コメント1:「国民を守るために」戦争法案を作るって、我が国の憲法に「人民が主人公」って書いてあるジョークと似ている。

コメント2:「総合的に判断する」とか、「呪文」のような言葉を唱えて、自分たちのやりたい方向に持って行く。それも似てる。

コメント3:民主主義って、本当に「民主的」なのか? 国民が反対したって国会が通せばそれでいいんだから。でも、それって、日本国民が選んだんだから、ま、自業自得。

コメント4:我が国の指導者の方が「人民の声」、気にしてるよ。いや、怖がってる。

●アメリカは「軍火」を売るのを待ってるだけさ

日本が安保法案を通せば、喜ぶのはアメリカ。オバマは戦争をしないって言って、就任早々ノーベル平和賞なんか貰った。だから、これ以上、アメリカ国民を欺くわけにはいかない。そうなるとアメリカの軍事産業家たちが民主党を応援しなくなるだろう?

つぎの選挙では共和党が勝つ。それは困るんだよ。

だから安倍に安保法案を通させて、アメリカの軍事産業家を喜ばせようってわけさ。そうすれば、少しは民主党に票が入るだろ?このままだとオバマは歴史に汚名を残すだけだし……。

なお、中国のネットには、自衛隊のどの武器やどの部品あるいはどの機能がアメリカのどの軍事産業会社の製品だとか、詳細に書いたものがある。さらにそれが日本のどの企業と結びついているかも日本企業名を列挙して詳細に書いてある。だから日本の一部の経済界からも突っつかれているといった情報も数多くある。長すぎるので省略する。

日本における情報や論争とあまり変わらないが、中国では特に、アメリカの国防費や軍事産業に注目している点が目立つ。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

遠藤誉の最近の記事