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習近平訪米の狙いは? 

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

習近平国家主席が9月22日から訪米する。ビジネス界との交流やオバマ大統領との首脳会談のあと、ニューヨークへ行き国連(創設70周年記念)で演説する。中国における報道の内容と過熱ぶりから何が見えるのか?

◆訪米目的に関する中国政府見解

9月17日、王毅外相は習近平国家主席の訪米に関する政府見解に関して、外交部南ビルにある「藍庁」で各国大使館関係者や記者に対して解説した。ここで声明を出したり解説したりすることを、中国では「藍庁論壇」と呼ぶ。

王毅外相は、今般の習近平国家主席の訪米を初めての正式訪問であり、また初めての国連総会における演説であると位置づけ、「広大なる太平洋両岸に位置する米中両国」という言葉を用いて「新型大国関係」を示唆した(日本という国がその間にあるのだが、この際、計算には入れないのだろう)。その上で、訪米目的には次の4つがあるとした。

1.「増信釈疑」の旅

「増信釈疑」とは「信頼を増加させ、疑いに関して解釈(釈明)し疑義を晴らす」という意味である。中米の摩擦は双方を傷つけ、全地球に悪影響をもたらすので、摩擦を避ける。中米両国は二大大国として全世界における責任の重大性を認識し、交流を深める。すでに90以上の中米政府間対話および協力機構を構築している。

中国は戦後秩序の保護者であり、70年前に3500万人の犠牲を払いながら、各国人民とともに反ファシスト戦争を戦いぬいて国連創始国および安全保障常任理事国の一員となった。(筆者注:この中国は「中華民国」で、現在の中国はその中華民国の国民党軍を倒して誕生した国。敵であった中華民国・国民党軍の手柄を、現在の中国の手柄と位置付けている。1971年に現在の中国が中華民国に代わって国連に加盟し、「一つの中国」を主張したが、江沢民の出現により、それまでの中華民国の努力と貢献も、すべて中国のものと置き換えてしまった。)

米中二大大国がアジア太平洋で大きな役割を果たすことを、この地域の各国が期待している(筆者注:中国の独りよがりだ)。

中国は南シナ海問題で勢力を拡大しようなどと思ったことはなく、自国の領土に何かを建設するというのは合法的なことだ。平和と国際秩序の安定のためにやっている。(筆者注:南シナ海問題に関しては、1992年に中国が制定した「領海法」が絡んでおり、4月21日付の本コラム「すべては92年の領海法が分かれ目――中国、南沙諸島で合法性主張」で書いた通りだ。)

2.「聚焦(しゅうしょう)合作(ともに協力する)」の旅

米中の貿易額は5551億ドルに達し、各種の投資額は1200億ドルに達している。中国企業は全米45の州にわたり投資している。習近平国家主席のこのたびの訪米は米中の新段階に達し、経済貿易分野だけでなくエネルギー、気候、環境保護、金融、農業、防衛、航空、インフラなど多岐にわたる。中米両国が署名すれば、それが全世界に大きな影響を与える。

3.「面向人民(人民と向かい合う)」旅

今回の訪米は、アメリカの人民と向かい合う旅で、昨年の米中両国の人的往来は430万人を越え、双方の留学生数は50万人を越えている。アメリカに設立された孔子学院は100か所を越え10万人以上の小中学生が中国語を学んでいる。

そのため習近平国家主席は訪米後すぐにホワイトハウスに行かずにまずはシアトルに行き、ビジネス関係者や友好団体など各界の人たちと歓談をする。

2022年、中国は世界最大の輸入国となる見込みで、アメリカの対中輸出は5300億ドルを越えるだろう。中米交流基金の計算によれば、2020年の中国の対米投資は2000億ドルに達し、400万社の新しい就業機会を与えるだろう(400万社の新しい企業を中国がアメリカで創り、アメリカ国民を雇用する、という意味)。

4.「開創未来(未来を切り開く)」旅

国連の安全保障受任理事国として、米中は世界の第一および第二の経済大国となっている。国際社会に今後どのような変化やチャレンジが生じようとも、米中両国は「新型大国関係」を目指して、友好的な二大大国としての道を歩むべきだ。

以上が、中国政府側見解の主旨である。

◆加熱するメディア報道

今年7月7日の盧溝橋事件の日から9月3日の抗日戦争勝利70周年記念日までは、中央テレビ局CCTVで一日も欠かさず抗日戦争のドキュメンタリー番組が特集され、9月3日に近づくと、CCTVは真っ赤に燃え上がった。

それが過ぎると今度は習近平国家主席の訪米報道に燃え始め、特に国連創設70周年記念に国連で演説するということが大きく取り上げられ、「国連とは」というテーマと、「国連創設に関する中国の貢献」を毎日特集するようになった。

中国って、それは中華民国の蒋介石の貢献ではないか」と心の中でくり返しながら、CCTVの動きを考察した。CCTVを管轄するのは中宣部(中国共産党中央委員会宣伝部)だし、それを司っているのはチャイナ・セブン(中国共産党中央委員会政治局常務委員7名)なので、CCTVが何を言っているかを見れば、中共中央が何を考えているかが見えてくるからである。

国連創設70周年記念で演説をすることに関して、潘基文(パンギムン)国連事務総長の顔がテレビ画面いっぱいに映し出され、「国連70周年記念における習近平国家主席の出席を大歓迎し、国連での演説を楽しみにしている」と満面の笑顔だ。

つまり、潘基文氏は北京の「抗日戦勝70周年記念行事」に参加し、習近平は国連の「70周年記念行事」に参加するという、「相互補助」の組み合わせに最初からなっていたことが、くっきりと見えてくる。

CCTVは「米中は対立せず、互いの利益を共有すること」、「米中両国軍の交流が盛んであること」および「米中の人的交流がいかに盛んか」などのテーマで多彩な画面と情報を流し続けている。

互いの利益交流に関しては、王毅外相と同じように貿易額や投資額を列挙し、両軍の交流に関しては、多国間のリムパック(環太平洋合同演習)や米中二国間合同軍事演習などを挙げ、人的交流に関しては米中両国が10年間のマルチビザ滞在を互いに認め、留学生に関しては5年間のマルチビザを認めたことなどを挙げている。

要は、米中両国がいかに緊密な関係にあり、すでにアメリカ一極の世界ではなく、米中による「新型大国関係」がいかに重要であるかなどを強調した。

◆習近平政権の過去6回の米中首脳級会談

特に習近平が国家主席になってから、6回も米中首脳あるいは首脳級会談を行っていることを激しく強調している。中国が報道している内容に沿って以下に書き出してみる。

1.2014年11月11日、中南海で習近平国家主席がオバマ大統領と会談。

2.2014年7月9日、北京で第6回米中戦略・経済対話(オバマ大統領の代理・ケリー国務長官と習近平国家主席および李克強国務院総理の代理・汪洋国務院副総理)

3.2013年12月4日、人民大会堂で習近平国家主席がバイデン副大統領と会談。

4.2013年6月7日、アメリカのカリフォルニア、アネンバーグ邸で習近平国家主席とオバマ大統領が会談。

5.2013年4月24日、北京の人民大会堂で習近平国家主席がキッシンジャー元国務長官と会談。

6.2013年4月13日、人民大会堂で習近平国家主席がケリー国務長官と会談。

以上6回のうち「2」に関しては、習近平自身は関わってないが、中国としては「こんなにすごいんだよ」ということを言いたいらしい。

◆中国に不利な問題は避けている

訪米の狙いとしては、いずれを見ても「ほらね、中国ってすごいでしょ?」とか「米中関係って、こんなに緊密なんだよ」というところを見せながら、「中国はアメリカとほぼ対等のところに行き着いており」かつ「アメリカはこんなに中国を歓迎している」ということばかりが目立つ。

たしかにオバマ大統領は西側先進諸国の首脳と足並みをそろえ、9月3日の70周年記念祝典には出席しなかったが、8月28日、アメリカのライス大統領補佐官(国家安全保障担当)を訪中させ習近平国家主席と会って訪米準備の会談をさせているし、また9月17日、訪中したアメリカの工商界の代表らと人民大会堂で習近平国家主席は会議室の同じテーブルで会談している。

しかしアメリカ側からすれば、サイバーセキュリティの問題があり、人権問題もある。共和党は習近平の訪米を歓迎していないし、「よくも来られるな」という論調が目立つ。

そんなことはお構いなしに、習近平国家主席は22日にシアトルを訪問し、米中インターネット業界フォーラムに出席する。中国の組織的なサイバー攻撃が問題視されている中、マイクロソフトやアップルあるいはフェイスブックなどのアメリカの大手IT企業が参画する。これらのIT企業は中国におけるビジネスチャンスを狙っている。というのは中国の通信分野では外資系の直接投資を認めていないからだ。ただしマイクロソフトやアップル社は中国で重要な部品を生産している。

習近平が「お構いなし」なのは、グーグルが引き揚げたあとの隙間を、アメリカのITビジネスが狙っているのを知っているからだ。

アメリカ政府側にはこの現象に不快感を抱いている者が多いだろうが、経済で引きつけようという習近平政権の狙いは変わらない。

以上、まずは第一報をまとめてみた。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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