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台湾・蔡英文氏訪日と親中・親日をめぐる闘い

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

台湾の次期総統選最有力候補の野党民進党・蔡英文主席が訪日して親日姿勢を強調する一方、馬英九総統は与党国民党の次期総統候補・洪秀柱氏に辞退を勧告。大陸との統一問題に関する発言で、国民が離れていくからだ。

◆蔡英文氏の「今のうち」訪日

日中国交正常化に際し、日本は「一つの中国」を交換条件として認めているので、台湾「中華民国」の総裁を日本に招聘することは、激しい中国の反発を招くため、控えてきた。

次期総統選で最有力候補とみなされている野党民進党の蔡英文主席(58歳、女性)は、選挙前の民進党主席の身分で10月6日に訪日した。

7日に安倍首相の実弟・岸信夫(自民党衆院議員)が付き添い山口県に行き、8日には都内のホテルで安倍首相と密談した模様。

日本のメディア(時事通信社など)によれば、安倍首相は8日の正午過ぎから1時間10分にわたり首相官邸近くのホテルに滞在し、実弟の岸信夫自民党衆院議員、山口県の村岡嗣政知事らと会食したと伝えている。これに関し、菅官房長官は8日午後の記者会見で「そうした(会談の)予定はなかった」と説明し、蔡英文主席も取材に対し、日本の対台湾窓口である交流協会の大橋光夫会長と会食していたとして、面会を否定している。

蔡英文氏側も安倍首相との密談を否定した。

一方、台湾のメディアは、安倍首相の実弟の自民党衆議院議員である岸信夫氏が蔡英文主席の全行程に同行し山口県山口市と岩国市を案内したあと、8日には日本交流協会とともに東急ホテルの橘の間で安倍首相と会食したと報道している。また、このたびの訪日は、「促進日台経済文化交流青年議員会」の主席である岸信夫・衆議院議員の招聘であるとしている。

中国(大陸)外交部の報道官は、このたびの蔡英文の訪日活動に断固反対し、日本が「一つの中国」の原則を順守し、「台湾独立(台独)」を唱えるいかなる人にも、いかなる名義をも与えず、台独言論に関するいかなる空間をも提供しないことを日本に要求する、と訪日前から日本を批難していた。

大陸メディアは、蔡英文氏が「現状維持」という言葉で「台独」を覆い隠し、「民間交流」の衣を着て、実際は政治活動を行なっていると、非常に攻撃的だ。その証拠として、「なぜ「山口県を訪問しなければならないのか?」「山口県には下関市があり、そこで屈辱的な下関条約を結んだことを忘れたのか?」「山口県は安倍首相の出身地であることが、安倍首相との関連を象徴している」などを挙げている。新安保法案が日本の国会を通ったことに関連させて、台湾の安全保障問題を「親日」「媚日」により保障しようとしていると激しい。

◆馬英九総統、次期総統候補・洪秀柱に辞退を勧告

国民党の馬英九総統が北京政府寄りという理由で支持率が低迷し、昨年末の統一地方選挙で国民党が惨敗した。それを受けて馬英九は国民党の主席辞任に追い込まれ、痛い思いをしている。

このままでは総統選で負けるかもしれないと焦っているところに、さらに追い打ちをかける形で洪秀柱氏(67歳、女性。立法院副院長)が、タブーとされていた「統一問題」に言及し始めた。

洪秀柱氏は、「中華民国の憲法から言っても、台湾は最終的には(大陸と)統一しなければならない」「ただし、統一されるのではなく、われわれが統一するのだ」「台湾は大陸と政治的な対話によって活路を見い出さなければならない」などと発言。

親中に傾き人気をなくしていた国民党の次期総統候補として、蔡英文氏の明確な「親日路線」に危機感を募らせた発言と推測されている。 しかし「統一路線」を突出させながら、かつ「統一されるのではなく、統一するのだ」という論理を展開させる戦術は、親中派からも嫌中派からも嫌われ、民意から離れていくと、馬英九総統は焦った。

なぜなら、来年1月の総統選では、立法院(日本の国会に相当)の議員(113名)選挙も同時に行われるからだ。万一にも総統選だけでなく、立法院においても国民党が負ければ、国民党は解散あるいは分裂という、「消滅」への道を歩むことになる。

そこで、10月7日、国民党は中央常務委員会を開催し、国民党の次期総統候補として洪秀柱氏を立てないことを緊急に決定。代わりに立候補を固辞していた国民党の朱立倫主席に立候補するよう、求めている。

◆国民党存亡の岐路

ここに来ての立候補者のすげ替え。

国民党の存亡にかかわる岐路が待ち構えている。

それは、中国が「もし台独を主張したら、2005年の反国家分裂法により、台湾への武力攻撃もあり得る」として中国の軍事力の強さをアピールしたことと、日本が安保法案を通したことと無関係ではない。

蔡英文氏は今年5月に訪米し、両岸(大陸と台湾)関係の基礎を「現状維持」に置くという趣旨の発言をしているが、しかしこのたびの訪日は、大陸がいうところの「現状維持という言葉で台独を覆い隠し、民間交流の衣を着て、実際は政治活動を行なっている」ことを露呈しているようにも見える。

台湾国民に人気の高い蔡英文女士は、はじめからあまり人気のない洪秀柱女士よりも、どうやら役者が上手(うわて)のようだ。

2人の女性の闘いと初の女性総統の出現は、それなりに興味があったが、国民党のこの混乱を見ていると、いかに「親中一辺倒だった国民党」が劣勢に立たされているかを見せつけている。

それは日本敗戦後の中国における国共内戦(国民党と共産党の内戦)で敗北した国民党の落日を思わせ、同時に党綱領に「台湾はすでに独立している」と記した上で「現状維持」を唱える民進党と、台湾本土意識を強める若者たちの曙(あけぼの)を示唆しているのかもしれない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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