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北朝鮮核実験と中国のジレンマ――中国は事前に予感していた

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
北朝鮮の金正恩第一書記と中国の党内序列ナンバー5の劉雲山(写真:ロイター/アフロ)

北朝鮮が水爆実験をしたと発表。朝鮮半島の非核化に向けて六か国協議を提唱してきた中国は激怒した。経済援助をしてきた中国にとって北朝鮮を崩壊させるのはたやすいが、それができない中国のジレンマを読み解く。

◆モランボン楽団ドタキャン時に北の水爆実験を予感していた中国

昨年10月、冷え切っていた中朝関係を修復させるために、中国共産党中央委員会(中共中央)政治局常務委員会委員(チャイナ・セブン)の党内序列ナンバー5の劉雲山が北朝鮮を訪問した。金正恩(キム・ジョンウン)第一書記は狂喜し、ともに謁見台に立った劉雲山とハグしただけでなく、その手を取って万歳の形に振りあげ、国民に中国の最高指導者の一人が来たことをアピールした。10月10日の北朝鮮労働党創設70年記念日を祝賀するためだった。

そのお返しの意味もあってか、昨年12月初旬に金正恩肝いりの北朝鮮の女性歌舞団である「モランボン楽団」が訪中し北京で公演を行うことになっていた。

ところが12月10日に金正恩が「水爆実験の爆音をとどろかせる」と発言したことと、モランボン楽団が舞台背景の巨大スクリーンに長距離ミサイルの発射場面を映すことを知った中国側は、観客のレベルを下げることを決めた。

当初は習近平国家主席をはじめとしたチャイナ・セブンの一部が観覧することになっていたが、それを降格させ、チャイナ・セブンどころか、中共中央政治局委員(25名)さえ観覧しないことにした。

それを知った金正恩は激怒し、モランボン楽団を急きょ北朝鮮に帰国させている。

このたびの北朝鮮の「水爆実験」の報道を受けて、筆者は中国政府関係者を取材したが、中国側は、実はこのときから北朝鮮が近いうちに水爆実験を行うであろうことは予測していたとのことだ。

劉雲山が昨年10月に金正恩に会ったときに、実は劉雲山は習近平国家主席の親書を携えていて、そこには核実験をしないようにという趣旨のことが書いてあったという。

にもかかわらず、北朝鮮は水爆実験に向けて突き進もうとしていることを中国は察知していた。

軍の大規模改革と航空母艦建造中の情報を一刻も早く公開しなければならなかった背景の一つには、何としても北朝鮮の暴走を抑え込みたいという狙いもあったらしい。

◆核実験による自己防御――中国の60年代と同じ

中国政府側関係者はまた、北朝鮮の現状を「1960年代の中国と同じだ」と表現した。

その頃の中国はアメリカにより対中包囲網があり、日韓および当時の中華民国がそろってアメリカと緊密な関係にある中、北の旧ソ連とも対立していた。

まさに四面楚歌である。朝鮮戦争で中国人民志願軍を組織して北朝鮮を応援し、アメリカを中心とした連合国軍に苦戦を強いた。このときアメリカが日本に落としたのと同じように、中国にも原爆を落とすかもしれないという情報も取りざたされていた。

そこで中国建国の父、毛沢東が思いついたのは原子爆弾の実験である。

1964年に新疆ウイグル地区で初の核実験に成功し、1967年には初の水爆実験にも成功している。

中国はその経験から北朝鮮の現状を分析し、60年代の中国と同じ状況にあると言っている。

つまり日韓あるいは米韓軍事演習が頻繁に北朝鮮の周辺で起き、中国との関係も冷え切っている中で、北朝鮮が軍事的に生き残っていくための唯一の道は「核実験」しかないというのが、中国の北朝鮮に対する見方だ。巨大な軍事力を保有するには膨大な経費が掛かるが、核実験には、それほどの経費が掛からないだけでなく、水爆実験ともなれば絶大な効果をもたらし、まわりに脅威を与えることができると思っているのだという。

だから中国は、あらゆる側面から「北朝鮮の水爆実験」の可能性を予測していたとのことである。

◆経済支援を止めれば北は一瞬で滅ぶのだが……「唇なければ、歯寒し」

中国は北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)建国以来、軍事的にも経済的にも北朝鮮を支援してきた。朝鮮戦争(1950年~1953年)においては軍事的に支援し、1992年の中韓国交正常化以来は経済的支援を加速させざるを得なかった。韓国は北朝鮮にとっては、「まだ戦争が終わっていない最大の敵国」で、その韓国と国交を正常化した中国が許せず、「それなら台湾と国交正常化してやる!」と北朝鮮が激怒した事実は有名だ。結果、経済支援を増やし、今もなお石油や食料など、北の生活を支え続けている。

「あの若造のならず者が! 中国が油と食糧をストップさせれば、北朝鮮など1,2日もしないで餓死してしまう。一瞬で崩壊するだろう」と取材した中国政府関係者はいまいましく吐き捨てた。

「しかしねぇ、唇亡歯寒(唇がなければ、歯が寒い)だろう?」と声のトーンを落とした。

「唇」は言うまでもなく北朝鮮のことで、「歯」は北朝鮮と国境を接する中国大陸のことだ。

もし「ならず者」の北朝鮮を滅ぼしてしまったとなれば、朝鮮半島を統一するのは韓国という民主主義陣営ということになり、米軍が中国の隣に、陸続きで駐留することになる。

それではあまりに「歯が寒い」。防波堤が無くなってしまう。

このアメリカ軍という存在さえなければ、北朝鮮などサッサと見捨てても構わないのだが、そうもいかないところに中国の激しいジレンマがある。

◆中国の足元を見る金正恩

その中国の足元を見ているのが金正恩だ。

「滅ぼすなら滅ぼしてみろよ。困るのはお前だろう?それとも唇なしでもいいのかい?」という心が、金正恩に「やりたい放題」の無法者ぶりを許しているのである。

中国としては北朝鮮が改革開放を推進して自立してくれればと思い、中朝国境の周辺に経済特区を設けて中朝貿易を推進させている。しかし改革開放に熱心だった張成沢(チャン・ソンテク)(金正恩の義理の叔父)が残虐な形で公開処刑(2013年12月)されてからというもの、改革開放の可能性は低まり、中朝関係も最悪の事態になっていた。

特に習近平国家主席が北朝鮮より先に韓国を訪問したことは、金正恩のメンツを潰し、北朝鮮の国民に自らの強さを見せつけなければならない状態に追い込んだにちがいない。

◆今後、中国はどう出るか?

問題は、今後中国がどう出るかだ。

北の暴走を避けるために、中国による北への独自制裁はしないだろうが、しかし国連安保理常任理事国における非難決議案や経済制裁に関しては賛同し、実行するだろう。事実、習近平政権時代に入ってからは対北朝鮮制裁に賛同し、かつ実行している(2013年)。

国連安保理常任理事会での決議なら、全体の決議なので仕方がないと、北朝鮮に対して弁明できる。

安保理常任理事会で(中国が)拒否権を使えばいいだろうと北朝鮮は中国を責めるだろうが、しかし中国も、そういつまでも「唇」のことばかり気にしているわけにもいかない。北朝鮮が中国の期待を裏切ったのだからと、中国は言うだろう。

中朝軍事同盟(中朝友好協力相互援助条約、1961年)があるため、北朝鮮はこれまで、核実験をする前に少なくとも中国には事前通告していたが、今回はそれもなかった。ロシアからも支援を受けているはずなのに、そのロシアに対しても事前通告をしていない。

中国に事前通告ができないのは、通告したら中国があらゆる手段を使って制止するだろうことを知っているからだ。昨年10月にチャイナ・セブンで党内序列ナンバー5の劉雲山が習近平国家主席の親書を携え核実験の制止を呼び掛けている。それを無視して実行したのだから、事前通告などできるはずがない。

ロシアに関しては、プーチン大統領は金正恩第1書記を2015年5月9日にモスクワで開催する反ファシスト戦勝70周年記念式典に招待していたというのに、金正恩は欠席した。それだけでもプーチンは不快に思っているだろう。したがって国連安保理でロシアもまた拒否権を発動しないものと考えられる。

こうした国際情勢の中で、中国は北朝鮮が最も気にかけているアメリカとの距離感を縮めていくだろうと予測される。

朝鮮戦争で北朝鮮が闘ったのは最終的にはアメリカをトップとする国連軍側だ。

1953年7月の板門店における休戦協定に署名したのは、国連軍側では、クラーク国際連合軍司令部総司令官(アメリカの軍人)だった。

北朝鮮が盛んにアメリカを振り向かせようとしている原因の一つはここにあると、中国政府関係者は言う。休戦協定でしかない朝鮮戦争の区切りを、停戦協定として講和条約に持っていくために、アメリカと会話をしたいと望んでいる。だからと言って、水爆実験までして核保有国として国際社会に認めさせようとする北朝鮮の動き方は、朝鮮半島の非核化を目指して六か国協議を呼び掛けた中国のメンツを潰すばかりだ。

これ以上、悪のスパイラルを続けるつもりは中国にもないだろう。国連決議と制裁のゆくえを先ずは見守り、中米の距離感に注目していきたい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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