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習近平氏による訪朝――中国に残された選択

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

北の暴走をとめることができず、かといって安保理の制裁決議にも二の足を踏む中国に、唯一できるのは習近平国家主席が自ら北朝鮮を訪問することくらいだ。北がさらに追い詰められて戦争へと暴走すれば、中国は滅びる。

◆打つ手をなくした中国

2015年5月、モスクワで開かれた反ファシスト戦勝70周年記念のときに、習近平国家主席と金正恩第一書記がモスクワで会えるように中国側は手を尽くしたが、結局、金正恩は姿を現さなかった。

2013年7月には李源朝国家副主席が訪朝したが、その年の12月には中国の窓口となっていた張成沢(チャンソンテク)が公開処刑された。中国は早くから北朝鮮に改革開放を促し、張成沢は北朝鮮の改革開放を進めるための窓口になっていた。

2015年9月3日に北京で行われた軍事パレードに金正恩氏を招待したが、出席したのは朝鮮労働党ナンバー3の崔竜海(チェ・リョンヘ)でしかなかった。

それでも2015年10月に中国はチャイ・ナセブン(中共中央政治局常務委員)の党内序列ナンバー5の劉雲山氏を訪朝させ、北朝鮮で行われる朝鮮労働党創建70周年の祭典に参加させている。そのときには習近平氏の親書を携え、核実験やミサイル発射などを抑制するよう要求している。

それでも北朝鮮はそれらすべてを無視して、今年1月に水爆実験と称する核実験を行なった。

◆最後の一手は習近平氏による訪朝――国が滅ぶよりはプライドを捨てて

こんな中、李源朝氏や劉雲山氏よりも、ずっと身分の低い武大偉・・朝鮮半島問題特別代表を訪朝させたのは、ミサイル問題でもなければ核実験問題でもなく、あくまでも六か国協議(六者会談)の担当者としての訪朝だ。

今さら北朝鮮が六カ国協議もないだろうと誰もが思うだろうが、しかし北朝鮮をこれ以上追いつめれば、戦争にまで発展しかねないという危機感が中国にはある。

戦争になった場合、中朝は実質的な軍事同盟があるので、中国は北朝鮮側に付かなければならない。ということは米軍と戦うということになる。軍力的に、今の中国には、とてもアメリカに勝つだけの力はない。となれば中国の一党支配体制は必ず崩壊するだろう。

中朝間の軍事同盟を破棄して、中国がアメリカ側に付いたとしよう。

ロシアが黙っているはずがないから、どちらに転んでも、これは第三次世界大戦に発展しかねない。

こういう事態だけは絶対に避けたいというのが中国の思いだ。

もちろん陸続きでお隣にいる北朝鮮は、在韓米軍からの防波堤になっているので、何度も言ってきたが「唇が滅びれば、歯が寒い」ので、唇だけは温存していたいという思惑もある。

一方、「大国」としての中国が国連の制裁決議に賛同しないことは、国際社会においては許されない状態にあるだろう。

そこで、最後に残った選択として、中朝首脳会談を交換条件として、せめて六者会談の座席に北朝鮮を座らせることなのだが、これまでの経緯から見て、金正恩がおめおめと北京詣でなどすることは考えにくい。

武大偉氏が、なぜこの期に及んで訪朝などをしたのかというと、この条件交渉のためとしか考えられない。

すると、最後に残るのは、「習近平国家主席が訪朝して中朝首脳会談を開催する」というシナリオだ。

北朝鮮が、まるで中国をターゲットとしているとしか思えないような挑発を続けているのは、「中国を追いこんで習近平を動かす」ためだろうと思われる。武大偉氏が頭を下げてきたので、北朝鮮としてはもっと図に乗り、もっと中国を追いつめることができると踏み、中国の春節連休期間に照準を当て困らせてやった。

◆中国を通して、アメリカを動かす

その結果、いよいよ打つ手をなくした習近平氏が訪朝すれば、金正恩氏は大いに面目を施し、先ずは目的の一つを叶えることができる。そのときに習近平氏に対して、金正恩氏はきっと「アメリカを動かすように」条件闘争をしてくるにちがいない。 

北朝鮮が核実験やミサイル開発を行なうのは、「いざアメリカから攻撃を受けたときに自国を守る手段」としての抑止力のためというのが北朝鮮の言い分だろうが、「まだ戦争中である韓国」に米軍がいるということは、北朝鮮にとっては、朝鮮戦争(1950年~1953年)は休戦状態にあると言っても、依然、戦争中であることを意味する。

その韓国と中国が1992年に国交を正常化させたことは、中国が北朝鮮にとって(まだ闘っているに等しい)最大の敵国と国交を結んだということになり、中国を裏切り者と北朝鮮は激怒した。なんといってもそのとき北朝鮮は「それなら台湾と国交を結んでやる!」と叫んだのだから。

習近平氏が訪朝したところで、北朝鮮の中国への挑発度はいくらか抑えられるだろうが、もう今となってはミサイル開発と核実験を北朝鮮がやめることは考えにくい。となれば習氏が訪朝しても大きく情勢が変わるわけではないことになるが、それでも戦争に突き進むのを抑止する効果くらいはあるだろう。

北朝鮮が中国を追い詰める戦略は、成功していると言えるのかもしれない。

すさんでしまった弟分をなだめるためには、もう兄貴分の方がせめて折れるしかない。まずは兄弟間で「内紛」を解決してから、国際社会に向き合うしか道が残ってないのではないだろうか。

韓国に米軍が駐留するのを望んでいるのは韓国の方だという側面もあるわけだから、やはり決断を迫られているのは、中国だということになろう。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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