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パナマ文書、中国の現状を解剖する

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
「パナマ文書」スキャンダル 発端のパナマ法律事務所(写真:ロイター/アフロ)

各国指導層がタックスヘイブンに不正蓄財していることを暴露したパナマ文書が衝撃を与えている。その中に習主席の親戚を始め現在や過去の指導層の血縁者の名がある。件数は中国が世界一とのこと。その真相を追う。

◆パナマ文書の中にある中国指導層関係者

パナマ文書に関しては、すでに多くのメディアが報道しているので、今さら詳細な説明は必要ないとは思うが、簡単に要点だけをおさらいしておこう。

パナマ文書とは国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ: International Consortium of Investigative Journalists)が、税金を逃れるためカリブ海のタックスヘイブン(租税回避地)に世界各国の指導層の一部を含めた富裕層が設立した会社などを暴露した機密文書である。パナマの法律事務所から漏洩したため、その名がある。昨年、匿名人物によってドイツの新聞社「南ドイツ新聞」に通告され、その後ICIJに依頼して、80カ国のジャーナリスト約400名によって分析発表された。それによれば、パナマ文書にはオフショア金融センターを利用する21.4万社の会社の詳細が書かれているという。

問題は、パナマ文書の中には(以下、敬称略)、習近平の親族を始め、張高麗や劉雲山など現役のチャイナ・セブン(習近平政権における中共中央政治局常務委員7名)の親族、あるいは曽慶紅、胡耀邦、果ては毛沢東の親族までが名を連ねているということだ。

「阿波羅新聞網」によれば、それらの関係者の名前は以下のようになる。

1.習近平(国家主席):習近平の姉の夫、トウ家貴が、オフショア会社2社の董事長で株主。

2.劉雲山(チャイナ・セブン、党内序列ナンバー5。イデオロギー担当):息子・劉楽飛の妻・賈麗青(エール大学MBA)が、オフショア会社1社の董事長で株主。

3.張高麗(チャイナ・セブンの党内序列ナンバー7。国務院第一副総理):娘婿の李聖溌がオフショア会社3社の董事長および株主。

4.李鵬(元国務院総理、1987年~1998年):娘の李小琳がオフショア会社1社の董事長および株主。

5.曽慶紅(元国家副主席、2002年~2007年):実の弟・曽慶淮がオフショア会社1社の董事長。

6.賈慶林(元チャイナ・ナイン、党内序列ナンバー4、2002年~2012年):孫娘の李紫丹がオフショア会社1社を所有。

7.薄熙来(元中共中央政治局委員、2007年~2012年):妻の谷開来がフランスの弁護士(Patrick Henri Devillers)とともにオフショア会社を利用してフランスに別荘を買い、2000年からは代理人を通してオフショア会社を開設していた。

8.胡耀邦(元中共中央総書記、1982年~1987年):三男の胡徳華がオフショア会社1社の董事長で株主。

9.毛沢東(建国の父!):孫の娘婿・陳東升がオフショア会社1社の董事長で株主。

これらを一つ一つ説明すると、一冊の本になるくらい膨大な文字数となる。そこで今回はまず、以前から噂されている李鵬の娘と習近平の姉夫婦に関してのみ論じる。それ以外は、時間が取れれば、徐々に解説していこうかと思う。

◆李鵬の娘・李小琳

2014年1月1日、中国のネット空間に「2013年度 中国人クズランキング」が現れた。筆者はさすがに「クズ」という言葉を使うのがはばかれ、「ワースト」と置き換えて、2014年4月に『中国人が選んだワースト中国人番付――やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ』(小学館新書)を出版した。

その「クズランキング」の3位に挙げられていたのが電機業界を一手に牛耳る李小琳だ。

李小琳は、88年から98年まで国務院総理(首相)だった李鵬の娘である。李鵬は1989年6月4日の天安門事件では、民主化を訴える若者たちに容赦ない武力鎮圧を指示した強硬派。

その娘の李小琳は父親の利権をのうのうと受け継いで、その後、「国際電力国際発展有限公司」の董事長、「中国電力新能源(エネルギー源)発展有限公司」の董事長、「澳門(マカオ)電力」の理事、「香港中資企業協会」執行理事、「中国電力企業聯合会」常務理事、「中国工商理事会常務理事」など、中国の五大電力会社のほとんどを牛耳っている。当然ながら巨額の賄賂が動いているはずだ。そのためクズランキング3位の地位を獲得したと言っていい。

それ以外にも李小琳にはスキャンダルがつきまとっていた。

ことの発端は、中国大富豪の一人である「東方集団」の総裁・張宏偉が元駐米代表の部下(趙)を、2009年12月にアメリカで起訴したことから始まる。これは財政部長を巻き込んだ大変な事件へと発展していくが、裁判の過程で明らかになった事実を、裁判をずっと傍聴してきたイギリスの“The Telegraph”が、2013年10月10日にスクープした。それは、スイスのチューリッヒ保険会社(Zurich Insurance)の中国事業参入に関して、趙のクラスメートだった李小琳が絡み、かつ不正な賄賂が動いたというものだ。

1996年11月12日にバハマ国にあるオフショア銀行に開設した口座をめぐり、当時の財政部長(薄熙来と関与)や国土資源部部長(周永康と関与)などを巻き込んで、闇の世界が展開していた。

それらはくすぶったまま、李小琳はまだ泳がされている状況だった。彼女に調査の手が伸びるのは時間の問題だと筆者は何度も書いてきたが、李鵬がまだ健在で、激しい睨みを利かしているため遠慮が働いていた。こんなに一度に暴露されてしまうと、もう李小琳だけの問題ではなくなるので、手の施しようがなくなったのではないだろうか。早めに手を打つべきだっただろう。

◆習近平の姉・齋橋橋とその夫

パナマ文書に関する多くの報道の中に書いてある習近平の親族とは、習近平の姉・齋橋橋の夫、トウ家貴のことである。

しかし齋橋橋が雲南の商人だったトウ家貴と知り合ったのは1990年のころで、結婚したのは1996年。そのころ夫のトウ家貴は香港で金儲けをしてリッチになっていた。習近平とは全く無関係な場所と時間で富裕になっていたのである。このころの習近平はまだ福建省の福州市でウロウロしていて、まったくの無名だ。

齋橋橋が持っている不動産などの財産は、すべて夫のトウ家貴からプレゼントされたものだ。それも1991年とか90年代初期のことで、おそらくなかなかトウ家貴に振り向かない齋橋橋の心をつかもうと、貢いだものと推測される。こうしてようやく96年に結婚するが、それでも齋橋橋が商売を始めるのは2003年で、習近平はまだ浙江省の書記に着任したばかりだ。

齋橋橋は2002年までは父親の習仲勲の面倒を見ており、2002年5月に他界したので、商売を始めたという形である。

習近平が2007年にチャイナ・ナイン(胡錦濤時代の中共中央政治局常務委員9人)に選ばれると、習近平は突如、姉に「商売から手を引いてくれ」と頼む。この頃までに姉夫婦の商売は大きく広がり、二人で10社以上の会社を持っていた。その中の一つだけを残して、齋橋橋は商売から手を引く。

このとき習近平はチャイナ・ナインの党内序列ナンバー6で、李克強はナンバー7。5年後の2012年の第18回党大会では、習近平が中共中央総書記に(2013年には国家主席に)上り詰めるであろうことは既に予測されていたからだ。

ただ、文革時代、父親の習仲勲が投獄されていた間、姉が献身的に一家の面倒を見て苦労していたのを知っているので、習近平は、少しくらいは姉に楽をさせてやろうと思っていたという。だから全ての会社を手放してくれとは言わずに、1社だけ残して、と譲歩したと言われている。

ここまでの事実は、筆者は以前から何度もさまざまな出版物の中で書いてきた。

今般、パナマ文書で発見されたトウ家貴のオフショア会社の一つは、「阿波羅新聞網」によれば、2012年11月に習近平が中共中央総書記に選ばれたときから、休眠状態にあるという。それも実はトウ家貴の才覚により6年間もかけて成長させてきた企業で、手を引かなければ莫大な利益を手にすることができたのに、習近平が総書記などになったために、閉鎖させてしまった。そのためトウ家貴は莫大な損失を被ることになり、「習近平の犠牲になってしまった」と書いている。

こうなると、少なくとも習近平に関しては、この件に対して果たして責任があるのか否か、判定が難しい。

「パナマ文書に習近平の名が!」というのは、耳目を引く、いいキャッチフレーズになりはするだろうが、自分の親戚が自分と関係ない場所と時期に、何か起こしたことに対して、著名人は責任を負わなければならないのだろうか?

その著名人が国家指導者であった場合、自分が無名の時に自分と関係なくリッチになった男と自分の姉が結婚し、その結果、姉も裕福になったという情況において、国家指導者に責任があると言えるのだろうか。

自分の子供(特に未成年)が何か事件を起こしたという場合は、親が責任を取ることもあろうが、この場合は相当しない。

長くなり過ぎたので、他のケースに関しては、またの機会に譲る。

なお暴露された1150万件のうち、中国人が世界で最多であるとのことだ。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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