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文革50周年と「フラワーズ56」の怪?――習近平政権に潜むリスク

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
今も威力を発揮している毛沢東(写真:ロイター/アフロ)

本日5月16日は約2000万人の犠牲者を出した文化大革命開始50周年に当たる。5月2日にフラワーズ56という少女合唱団が人民大会堂で公演し「紅い歌」を熱唱した。習近平讃歌を含めて装いながら、文革を礼賛していると議論が沸騰している。

◆フラワーズ56が人民大会堂で「紅い歌」

2015年5月に、中国で「56の花束」という少女合唱団(アイドルグループ)が名乗りを上げた。日本では「フラワーズ56」と呼ばれている。平均年齢16歳で、中国の56の民族を表すという。日本のAKB48を真似たものだ。

そのフラワーズ56が5月2日に人民大会堂で「希望の田野において」という公演を開催し、30曲からなる「紅い歌」を熱唱した。

ところが、その曲目と演出および主催団体に関して問題が起き、中国内で激しい議論を呼んでいる。

まず曲目。

「共産党がなければ新中国はない」(1943年)や「団結こそは力だ」(1943年)という、新中国(中華人民共和国)黎明期に熱烈に歌われた革命歌を歌うのは、まあ、いいだろう。

ところが、文化大革命(1966年~1967年)(文革)の主題歌とも言える「大海航行靠舵手(大海の航行は舵取りに頼る)」(1964年)までもが歌われている。「舵取り」は、もちろん指導者「毛沢東」のこと。

しかも、当日の公演の他の静止画面をご覧いただければ分かるように、文革時代の毛沢東の映像が何度も映し出されている。

誰が見ても、文革を彷彿とさせ、しかも文革を礼賛しているとしか思えない。

「大海航行靠舵手」などは、文革を総括するに当たり、歌ってはならない歌と指定されている歌曲だ。二度と再び文革のような過ちを繰り返さないために、文革終息後、中国共産党中央委員会(第11期三中全会や六中全会)で決議された。個人崇拝も同時に禁止することを決議している。

したがって習近平もまた、この党の決議に従って文革の再来を警戒している。文革に関しては絶対に反対のはずだ。だからこそ温家宝元首相が「第二の文革の可能性がある」として薄熙来を批判し、薄熙来を失脚させることに賛成票を投じている(2012年3月8日)。 

だというのに、習近平国家主席は毛沢東回帰していて、個人崇拝を煽っているではないかという批判が中国国内にもある。だからなおさら習近平としては、文革礼賛をしてもらっては困るし、ましていわんや「毛沢東礼賛+文革礼賛」の中に「習近平礼賛」を織り込まれては困るのである。

今回の公演は、習近平のその窮地(弱点)を、「誰かが」うまく利用した形になっているように見える。

◆「習近平讃歌」をまぎれ込ませた

実は曲目の中には3曲ほど、習近平讃歌が入っている。

一つ目は「私はあなたを何とお呼びすればいいのでしょうか?」という歌だ。これは2013年11月3日に、習近平国家主席が訪問した湖南省湘西土家族苗族自治州花垣県十八洞村にある極貧層の家庭の様子が中央テレビ局CCTVで放映され、それをもとに創られた習近平讃歌である。

二つ目は「私は慶豊包子舗にいる」という歌で、習近平が国家主席になってから、「庶民とともにいる」ことを演出しようとして北京にある慶豊包子舗という老舗の肉まん屋さんで庶民とともに肉まんを食べたことがある。それはかつて毛沢東が国家主席になってまもなく、路上で肉まんを蒸かして売っている老人と話し合っている写真を、習近平が毛沢東記念館で見つけたからだ。その真似をしたのである。

三つ目は、必ずしも習近平個人礼賛ではなく、どちらかというと習近平政権のスローガンの一つ「中国の夢」を礼賛したもので、「中国の夢は最も美しい」という曲だ。

ほかにも習近平国家主席の妻である彭麗媛夫人のかつてのヒット曲「希望の田野の中で」(1982年)なども曲目の中にある。

「習近平を礼賛して何が悪いのか?」という、非常に細かく計算された演出の中で、誰かが文革礼賛を織り込んだのだろうというのが、中国政府関係者のおおかたの見解だ。

問題は、いったい誰が、このようなことを仕組んだのかということである。

◆主催者側にはない主催団体名が……

最も奇々怪々なのは、この講演の主催者は「中国歌劇舞劇院」で、「北京市西城区文化委員会」に人民大会堂で公演をする申請書を提出している(4月7日に批准=許可)。だというのに、実際に公演してみたら、突如、主催団体も許可組織も承知していない主催者団体名が入っていたのだ。

紛れ込んでいた主催者団体の名前は、なんと「中央宣伝部社会主義核心価値観宣伝教育弁公室」というものである。中宣部、すなわち中共中央宣伝部の下部団体の名前が入っていたことになる。

しかも「演出」担当という役割で飛び入りしている。

激怒した「北京市西城区文化委員会」は5月6日に「申請者側は規定に反して、申請時になかった虚構の“中央宣伝部社会主義核心価値観宣伝教育弁公室”を主催団体に付け加えた。これに関して、法に基づいて厳重に調査する」という公開状をネットで公開した。

同時に「中国歌劇舞劇院」も5月6日に同様の責任追及をネット公開。それによれば「この公演の準備と演出過程で、本院と関係のない虚構の“中央宣伝部社会主義核心価値観宣伝教育弁公室”が虚偽の資料を提供し、当方の信頼を損ねたことを、法に基づいて責任追及する」とある。

◆犯人は誰なのか?

では、このような大胆な虚構を築いたのは誰なのか?

文字通り「中宣部」ということになれば、国家を二分するくらいの大事件に発展するが、少なくとも「中宣部」自身である可能性はまずないと言っていいだろう。

そもそも「中央宣伝部社会主義核心価値観宣伝教育弁公室」などという組織が存在するのだろうか?

たしかに中宣部は2015年5月に「社会主義核心価値観建設宣伝教育工作培訓班」(培訓班=養成班)というものを設置はしている。それは全国に「社会主義の核心的価値観」を植え付けるために学習を奨励するための「培訓班」を設置せよという命令だった。しかしその「弁公室」というのは(少なくも筆者は)聞いたことがない。この存在自体が怪しい。

中宣部自身が関与していたか否かに関して、元中央テレビ局CCTVで仕事をしていた古い友人に聞いてみた。中宣部の干渉に耐えられなくて、CCTVを辞めた友人だ。

彼女は「中宣部自身の可能性はゼロだ」と断言する。その証拠に5月2日夕方のCCTVの全国ニュース「新聞聯播」では一切報道していないと、URLを知らせてきた。ここは全て中宣部が仕切っている。

知り合いの中国政府関係者にも聞いてみたところ「実に悪質だ!」と怒りをぶちまけてきた。そして「中宣部は、このレベルの申請に対して、いちいち関与しない」と断言した。

ということは、その末端の下部組織か、あるいは虚偽の団体が「中央宣伝部社会主義核心価値観宣伝教育弁公室」の名を騙(かた)ったことになろうか。それに近い名前の「培訓班」はあるので、ついその名前の威力で、本物と勘違いしてしまったという可能性がある。

おそらく後者だろう。

だとすれば、そこに、中国社会の中における危なさと、一種の民意が見えてくる。

◆中国が抱えるリスクと一部の民意――文革の名を借りた反政府集団

実は中国には「文革礼賛派」など、いくらでもいるのだ。それは政府に不満を持っている人たちの中に潜り込んでいる。

文革というのは、毛沢東が「敵は司令部にあり!」と指示したように、「反政府的ベクトル」を持ったものである。

大躍進などの失敗と自然災害も手伝って、3000万人に上るといわれている餓死者を生んだ大失策の責任を問われて国家主席の座を失った毛沢東は、政府を転覆させるために文革を始めた。倒すべき最大の敵は、国家主席・劉少奇だった。

年若い「紅衛兵」などを扇動して政府要人を倒させたのが文革の真髄である。

これはボトムアップの力を持っている。若者が自由自在に壁新聞を貼ったりして、思いっきり政府批判をしたのが文革だ。

毛沢東はもう一つ、人民にとって魅力的な言葉を投げかけている。

それは「政府を人民に返せ!」「人民の最大の権利は、国家を管理することだ!」という言葉である。

これほど人民を惹きつける言葉があるだろうか!

現在の政府に失望している人民の一群は、この言葉を以て文革を礼賛しているのである。

習近平政権にとって、これほど怖い言葉はない。

習近平政権になってから、反日デモが起きていないことにお気づきだろうか? 反日デモは必ず「反政府デモ」につながることを胡錦濤政権で十分に学んだので、反日デモさえ絶対にさせない。その習近平が「文革」の再来を許すはずがないのである。

それなのに習近平が毛沢東回帰をしたり、個人崇拝の傾向を強めたりするのは、一党支配体制が危なくなっていることの、何よりの証しだ。

毛沢東の威力を借り、反腐敗運動を展開して人民の求心力を高め、何とか自分の政権で一党支配体制が終わってしまわないように必死なのである。今回の「フラワーズ56事件」を含めて、これらを権力闘争と矮小化する報道や中国研究者が一部見られるが、そのような分析ばかり続けていたら、中国の実態は見えなくなってしまうだろう。ましていわんや、習近平が文革を起こそうとしていると分析することなど論外だ。あまりに中国を知らな過ぎる。

文革は、ちょうど50年前の今日、1966年5月16日に、毛沢東が出した「516通知」から始まった。1976年まで続いた文革における犠牲者の数は、当時の中国政府発表で2000万人。

文革に対する総括(断罪)は40年前に出ているのだが、13億人以上もいる中国人民の中には、それに納得していない人々もいる。

今般の「フラワーズ56の怪」は、その不満をあぶり出したと言っていいだろう。

それが、徐々に中央に迫っているのかもしれない。

中共中央あるいは中国政府が法的に正しく調査し、一刻も早く真相が明らかになることが待たれる。

追記:最後にもう一つ、「知りたくないであろうこと」を書いておこう。

それは、日本人にはあまり知られていないと思うが、「人民大会堂はビジネスに使ってもいい」ことになっているという事実だ。筆者は何度か人民大会堂に出入りしたことがあるが、人民大会堂には管理局というのがあって、民間の使用を審査し許可する業務を行っている。今般のチケット代は一人1000元以上の座席もある。5千席が満席だったというから、それだけでも約1億円の収入になる。人民大会堂管理局とコネや賄賂関係がなかったかも、調査の対象とならなければならない。禁止されている文革の歌を聞きたいという民衆の願望をビジネス化したという要素は否めないのだ。チャイナ・セブン(習近平政権における中共中央政治局常務委員会委員7人)が会議を開き、すでに中共中央紀律検査委員会(王岐山書記)が調査に乗り出しているという。

ちなみにフラワーズ56の事務所名は北京詮声文化有限公司で、その法人は北京経典融商投資有限公司。この法人名は、最高人民法院(最高裁判所)のHPの「全国信用失墜法人リスト」の中にある。そして4月中旬に「中央宣伝部社会主義核心価値観宣伝教育弁公室が主宰する」という文言で地方の芸術学校に招聘状を出したのは、フラワーズ56の事務所・北京詮声文化有限公司であったと、その校長が証言している。犯人を見つけるのは、案外、早いかもしれない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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