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中国衝撃、尖閣漁船衝突

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
中国外交部(外務省)の華春瑩・報道官(写真:ロイター/アフロ)

11日に尖閣沖で起きた中国漁船とギリシャ貨物船の衝突により、中国漁民を日本の海保が救助したのを受け、中国の海警は何をしていたのかと中国のネットが炎上。面目丸つぶれの中国政府は日本へ謝意。衝撃が走った。

◆尖閣沖で衝突事故

第11管区海上保安庁によると、11日5時頃、尖閣諸島沖の公海上で、中国漁船「○晋漁05891」(○:門構えに虫。みん)とギリシャ船籍の貨物船「ANANGEL COURAGE」が衝突した。日本の海上保安庁の巡視船は沈没した中国漁船の船員救助に尽力し、船員6人が救助され中国側に引き渡された。

11日の中国メディアは、日本のメディア報道をなぞる形で、ただ単に文字で「中国側は謝意を表したとのこと」と、他人事のように書き、炎上するネットのコメントの削除に躍起になっていた。

しかし中国政府を非難するコメントは増えるばかりで、中国大陸のネットが炎上し始めた。

すると11日の夜になって、中国外交部(外務省)の華春瑩・報道官(外交部新聞司副司長)は「日本側の協力と人道主義の精神に称賛の意を表す」と明確に口頭で表明するところに追い込まれたのである。

それまでは「関係部門が協力的な姿勢で適切に処理することを望む」としか言っていなかった中国が、なぜ「人道主義の精神に称賛の意を表す」という表現を用いるに至ったのか、ネットパワーを検証してみよう。

◆炎上する中国大陸のネット

2016年6月統計で、中国のネットユーザーの数は7.1億人に達したが、多くのユーザーが尖閣沖における中国漁船の沈没と日本による人命救助に関して、中国政府への不満をぶつけた。

11日の昼間までにネットに溢れていたコメントのうちの、いくつかの例をご紹介しよう。以下に書いてある地域名はユーザーの登録地名である。ウェブサイトによっては、書いてない場合もある。

●天津市:感謝すべきことは感謝するというのが礼儀だろう。相手(日本)は我が国の漁民を助けたのだから、感謝するのが道理だ。

●河南省:日本が今回やったことは、非常に人道的だ。感謝すべきだ。

●陝西省:ありがとう! 命を尊重してくれたことを感謝する。

●四川省:いつ、どこであろうとも、人道主義は称賛に値する。

●山東省:筋が通った強さと制度によって作られた民度の高い国民の善良さ。(筆者注:日本国民のことを指していると推測される。)

●上海市:救助する能力があるってことは、結局、制御する力も持っているってことになるんじゃないのかい?

●河南省:中国の救助船は、どこに行ってたの?

●浙江省:わが中国の海警船は何をしていたんだい?

●河南省:ねぇ、お父さんはどこに行ってしまったの? お母さんはどこに行ってしまったの? 肝心かなめの時に、われらが海警船はいったいどこに行ってしまったの?

●江蘇省:中国の公船はどこにいってしまったんだい?強盗(日本のこと。筆者注)に命を救われたなんて、もう絶句だよ!

●中国政府は、どの面ぶら下げて、こんな恥知らずな報道をしてるんだ!

●江蘇省:重要なのはさ、ギリシャは「日本に通知した」ってことだよね。ということは「国際社会は釣魚島(尖閣諸島)の管轄権は日本にある」って、認めているってことじゃない?

――いやいや、早合点しちゃいけないよ。日本の自作自演で、ギリシャの船舶に偽装していたのかもしれないよ。事故は、日本側がわざと起こしたのに決まってるじゃないか。そうじゃなきゃ、中国政府はいくらなんでも面汚しだろ?

●河北省:結局のところさ、(尖閣諸島は中国の)自分の地盤じゃないってことだよ。盛んに「我が国の領土」って言いまくってるけど、自分の家に帰ってないのと同じ(中国は管轄できてないという意味。筆者注)。そのくせ、俺の家を建て壊して地上げする時だけは手が早いんだからな。

●広東省:中国海警局の船がいったい何をしていたのかが問題だ。十隻以上、釣魚島(尖閣諸島)を警備していたんじゃないのか? 中国は普段は筋骨を見せて強がって見せてるけど、それって、上っ面だけじゃなかったのかな?いざという時に、役立たないじゃないか!もしかしたら、日本と戦争することになったら、中国はダメなんじゃないのか?

●新疆ウィグル自治区:今回は中国政府の方が、完全にメンツをつぶされた格好だ。

●上海市:中国って、結局、無力なんじゃないか? 管制ができてないってことだろ?

●湖北省:漁船の位置に関する衛星システムは何をしてるんだ?自国の船が沈んでしまったんだから、本当なら中国が一番最初にその情報をキャッチしていなければならなかったはずだろ?地上の衛星制御センターは漁船の時々刻々の位置情報を捉えていなければならないはずだ。漁船が座標から突如消失したのなら、コントロールセンターが知っているはずだが、動かなかったのか?

●ハンドルネーム「Mrhuang」:海警局の船は、ただ単なる飾り物なのさ!

●ハンドルネーム「大官人」:私は中国人だ。私は中国のやり方に、ものすごく怒っている!毎日のように釣魚島を守れとか、釣魚島は中国のものなどと叫んでいるくせに、何だ、このざまは!これで、釣魚島が中国のものだなんて言えるとでも思っているのか?釣魚島の周辺の治安さえ守れないんだとすれば、口先だけの喧嘩を(日本に)売ってないで、さっさと(日本に)あげちゃえよ!もし本当に中国の領土だと言うんなら、こんな事態にはならないはずだ!

以上、数多くあるコメントの中で、代表的なものを拾ってみた。

◆面目丸つぶれの中国政府

ほとんどのコメントは次から次へと削除されていってはいるが、中国政府としては面目丸つぶれである。

これ以上、ネットの炎上とコメントの削除の鬼ごっこをしていると、反政府運動へと広がりかねない。

「自国の民を守れない中国」

「結局、軍事力が弱い中国」

「軍事力があったとしても、制度と民度の弱い国は何もできない。それが中国だ」

「相手国が自国民を助けてくれても、潔く感謝できない中国。それが民度の低さを表している。」

こういったイメージが、爆発的に広がり始めていた。日頃から中国政府への不満を抱いているネットユーザーは、この機会を利用して、思いっきり「言論で」暴れまくろうとしていた。

そこで中国外交部は遂に観念して、日本への謝意を公けの場で口にしたものと推測される。

中国の強硬策は、必ずいつか「自滅」をもたらす。

中国の浙江省杭州市で9月4日から始まるG20(20カ国・地域)首脳会談で中国が非難されないよう、つぎの一手に中国はいま手をこまねいている。経済問題を中心に据えて、安全保障問題からは目をそらさせるつもりだった。

だから尖閣問題で日本を威嚇し、南シナ海問題に関して中国包囲網が形成されないようにG20に備えていたはずだったが、中国漁船の衝突事故で、すべては水泡に帰したと言っていいだろう。というより逆効果となってしまった。

悪いことはできないものである。

いま中国政府内には衝撃が走っている。

日本はG20で、この漁船衝突事故を大いに活用した外交戦略を練るといいだろう。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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