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天津爆発関係者死刑判決――習近平暗殺陰謀説は瓦解

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
天津市大爆発事故(写真:ロイター/アフロ)

去年8月12日に天津で起きた大爆発事故関係者の裁判で、去る11月9日、死刑を含む判決が出た。賄賂などに関する膨大な証拠と本人の自供により、習近平暗殺陰謀説は瓦解。権力闘争論を煽る論調の危険性を露呈した。

◆賄賂を渡して危険物処理などの営業許可証取得

去年8月12日夜半、天津市濱海新区(天津市東彊保税港区)瑞海国際物流有限公司(以下、物流会社)のコンテナを保存する危険物倉庫が発火して、大爆発事故が起きた。死者165人、行方不明者8人、けが人798人という犠牲を出している。損害額は2015年12月時点で68.66億人民元(当時のレートで1297.76億円)という。

事件翌日の8月13日から拘束・逮捕されていた物流会社関係者や癒着があった他の評価会社の関係者など計24人と、天津市の行政関係者25人の計49人に対して、天津市中級人民法院と天津市濱海新区人民法院など9つの地方裁判所が、今年11月7日から9日にかけて裁判を開き、裁判のほぼ全過程が中央テレビ局CCTVなどで放映された

中でも、(2年の執行猶予付き)死刑判決を受けた物流会社の元董事長・於(簡体字では于)学偉の「死刑判決後の表情」という特別のウェブサイトまでが設けられ、日本の裁判場面がスケッチでしか公開されない状況との対比を、再び思い知らされた。

罪状は27案件あり、主たるものは危険物取扱管理に関する営業許可証を取得する際に行われた多岐にわたる贈賄・収賄およびそれに伴う偽造種類の作成である。判決は(執行猶予付き)死刑を始め1年半の懲役刑に至るまで、その罪状に応じて多岐にわたる。

登場人物があまりに多いので、その詳細を書き始めると、かえって全体像が分かりにくくなる恐れがあるので、何が起きたかだけを簡略的に列挙してみる。

1.濱海新区で危険物取扱を含めた営業許可証を得るには、少なくとも「港口経営許可証」と「港口危険貨物作業附証」の二つを取得していなければならない。

2.特に「港口危険貨物作業附証」の審査は厳しく、環境評価委員会、安全評価委員会、衛生評価委員会など、さまざまな評価委員会の審査を受け、それらすべてに合格した上で、許可証が出る。

3.ところがその審査の過程で不正が行われ、疑義を申し出た第三者評価委員に関しては理由を付けて行政側が除名した。すべての審査過程は、物流会社側から賄賂をもらっている評価会社や行政側がコントロールし、書類にも操作を加えて偽造書類を作成し、危険物のコンテナを取り扱う許可証を2015年6月23日に行政側が発行(危険物取扱以外の営業許可証は2012年11月28日取得)。爆発事故は危険物処理に関する営業許可証を取得した後、2カ月も経たないうちに起きてしまった。行政側で収賄の罪に問われた者の中には、天津市交通運輸局や港口管理局の元副局長などがいる。

4.偽造書類の中には、たとえば危険物が梱包されているコンテナを保存する倉庫の面積が500平方メーターを越えた場合には、倉庫の建設場所は周辺の公共建築物や主要幹線道路から1000メートル離れていないといけないという規定があるが、この物流会社は、倉庫の面積が3622.2平方メートルもあるのに、申請書では541.84平方メートルと虚偽の数値を書き込んでいる。行政側はそれを承知の上で、収賄により不正を見逃している。

5.またさまざまな評価委員会の申請書の中には、近隣住民の意見などを集めて書きこんだ書類が必要だが、賄賂を渡された評価会社などの「従業員」が「近隣住民」に成りすまして、危険物を扱うことになる物流会社に対して高い評価を書き込んでいた。

ほかにもいろいろあるが、あまり多く書くと焦点が見えなくなってくるので控える。裁判ではこれら偽造書類の証拠が数多く提出され、関係者自身が贈賄・収賄や偽造書類作成に関する事実を認めた供述が、証拠物件とともにナマの声で報道された。

◆習近平暗殺陰謀説の矛盾と虚偽性

この天津大爆発事故に関して、日本の一部では「これは習近平を暗殺するための陰謀だった」とする説があり、一定の関心を集めている。

その習近平暗殺陰謀説論者が主張する根拠と、今般出された証拠との間の矛盾、および陰謀説論者の主張そのものの虚偽性を以下に列挙する。

(1)陰謀説では、「習近平は大爆発があった翌日の2015年8月13日に、北戴河での会議を終えて、ちょうどこの爆発地点を通過して天津に向かうことになっていた。経路や時間帯に関しては極秘だが、習近平の身辺にスパイがいて、極秘情報を把握し、時間を合わせて習近平を暗殺しようとしていた」としている。しかし「8月12日夜半に決行してしまったのは、主犯者が時間を間違えたか、あるいは事件の大きさに恐れをなして、わざと時間をずらしたものと考えられる」などと書いている。この弁解はあまりに不自然で滑稽でさえある。ここまで大きな爆発事件を起こして習近平を暗殺しようとしているというのに「時間を間違える」というのはあり得ない話だろう。また、「わざと時間をずらした」という推論を裏付ける理由として、「威嚇のために」と書いているが、それにしては犠牲が大きすぎるのではないのか。実行犯も必ず死亡するし、これだけ多くの無辜の近隣住民に危害を与える必要はないだろう。これもまた、いかなる説得力もない。

(2)陰謀説論者は「主犯者は、周永康が逮捕されたことに対する恨みを抱く元周永康一派で、その報復のために習近平を暗殺しようとした」としている。中国の腐敗官僚を何だと思っているのだろうか?中国には「日本の忠臣蔵の世界はない」!腐敗官僚たちは腹黒い計算だけでつながっていて、「主君のための報復」などという日本流の忠誠心などは皆無で、利益を得られる親分が捕まれば、他の安全な親分に乗り換えるか、大金とともに海外逃亡するのが関の山。日本の「忠臣蔵の世界」と勘違いしてはいけない。こういったデマに乗ってしまうこと自体、あまりに日本的である。

(3)裁判に出された証拠によれば、爆発を起こした物流会社の倉庫にあった危険物の一つはニトロセルロース(硝化綿)で、これは日本の危険物安全データシートなど数多くのデータにより「自然発火」することが指摘されている。自然発火する一番大きな原因は「乾燥」で、「衝撃」や「摩擦」がそれをさらに助長するとのこと。物流会社の倉庫には規定を遥かに上回る数のコンテナがうず高く積まれており、しかも多種にわたる危険物が混在して乱雑に積まれ、高さ(数量)制限も遥かに超えていたという。一定の湿度を保たせるようにしておかなければならない措置に関して手抜きし、過積載や運搬時による不適切な扱いで、衝撃や内部摩擦が起き、夜中辺りになって遂に限界を越えて発火しても不自然ではない。それが周りに積み上げてあった他の危険化学薬品に燃え移り硝酸アンモニウムにも引火して爆発を起こしたとのこと。

陰謀説論者は、爆発が夜半であったことから、室内の温度は下がっているはずで、誰かがコンテナをこじ開けて放火でもしない限り「自然発火」はあり得ないと強く主張している。だから、近くにある主要幹線道路を通ることになっていた習近平を暗殺するために、夜中に実行犯が倉庫領域に侵入して放火したのだとしている。

これらの主張は、膨大な証拠と自供、および科学的事実の前には無力だ。

◆権力闘争説が導く過ち

この例一つをとっても、「権力闘争説」という色眼鏡をかけて中国を分析すると、とんでもない判断ミスを招くことがお分かり頂けるだろう。

権力闘争論者たちは、いま中国がどれほど「底知れぬ腐敗の泥沼の中にあるか」を見えなくさせ、習近平政権の真の弱点がどこにあるのかを覆い隠してしまう。

それは、娯楽として日本国民を楽しませることはあっても、決して日本国民に利益をもたらすことはないだろう。優秀なはずのジャーナリストやチャイナ・ウォッチャーの目が曇っていくのも惜しい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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