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ティラーソン米国務長官訪中――米中の駆け引き

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
ティラーソン米国務長官(写真:ロイター/アフロ)

北朝鮮に対していかなる手段も辞さないとするトランプ大統領の使者として訪中したティラーソン国務長官は習主席らと会見したが、中国に圧力を掛けられたのか?帰国と入れ替えに六者会合の米代表が訪韓している。

◆王毅外相の超「上から目線」態度

15日に訪日したアメリカのティラーソン国務長官は、17日に訪韓したあと、18日から北京入りした。その日のうちに中国の王毅外相と会談したが、目立ったのは王毅外相のティラーソン国務長官に対する激しい「上から目線」だ。

実は王毅外相とティラーソン国務長官は今年2月16日、17日にドイツのボンで開催されたG20外相会談で対談している。

そのときの王毅外相の「目に余るばかりの先輩づら!」に驚いたことがある。いま残っている動画で彼の動作を全て表しているものは少ないが、たとえば2月18日に報道されたこの報道などから、その一端がうかがわれよう。

王毅外相はティラーソン国務長官と会うなり、「さあ、こっちは外交のベテランだぞ!」と言わんばかりの手振りでティラーソン国務長官の動きを圧倒し、次の動作に一瞬間迷ったティラーソン国務長官の機を捉え、リードするように腕一杯を用いた手先で誘導し、常に主導的姿勢を貫いた。

その腕と顔は、「さあ、たじろげ!」という威圧を相手に与えるに余りある。

「外交」とはこういうものだ、と、「ビジネスマン」で政治経験のないティラーソン国務長官に最初のジャブを打った格好だ。

今般の北京における会談にしても、あくまでも「上から目線」。

ネット上に公開されているものでは、十分には見られないが、先ずはこの中国外交部のウェブサイトにある「最初の表情」をご覧いただきたい。生中継の時にあった部分はカットされているが、だが右手を相手の方に回して自信ありげに次の動作に誘導するしぐさだけは見て取れよう。

いくらか冒頭のカットが少ないのが民間のこの動画。我慢強く広告宣伝を十数秒間待ってからしか観たい画像が出て来ないが、ここは我慢願いたい。

実は両者が近づいてから、王毅がティラーソンの肩に手を回すまでの間に、王毅外相は顔を10センチくらいの近さまでティラーソン国務長官の顔に近づけ、左手の指を振りながら相手の顔をほぼ刺さんばかりに指さし、実に傲慢で非礼な動作をしている。この動画でも、その部分はカットされているので観られないが、外交部の動画よりは、いくらか見て取れる。

要は、「アメリカに負けてなるものか!」というボディ・ランゲージを使って、まずは習近平国家主席に会う前の準備運動をさせたということだ。

◆習近平国家主席との会談

習近平国家主席は19日にティラーソン国務長官と人民大会堂で会談を行ったが、もう事前にジャブは効かせてあるので、ここは威厳を保つために泰然としていなければならない。

その様子を中央テレビ局CCTVはこのように伝えている。

習近平国家主席は「両国は一時、危機的な状況にもあったが、トランプ大統領との電話会談などによって良好な関係を続けている」とした上で、おおむね次のように述べている。

――中米両国は非常に良好なパートナーシップを継続することができると信じている。両国が協力して敏感な問題を解決し、中米の新しいスタート地点に立たなければならない。協力こそが唯一の正しい道である。相手の核心的利益を互いに重んじなければならない。

これに対してティラーソン国務長官は「トランプ大統領は習近平国家主席との電話会談を非常に重視しており、一刻も早く両国の首脳会談が実現することを期待している」と述べた。そして「中米関係は衝突せず、互いに尊重しウィン-ウィンの関係に基づいて、未来の50年の中米関係の発展の方向性を確定していかなければならない」などとした。

まあ、なんとも歯が浮くような外交儀礼ではないか。

トランプ大統領は「すべての選択はテーブルの上にある」として、北朝鮮に対する武力攻撃も辞さない構えだし、「北朝鮮を説得できない責任は中国にある」と何度も形を変えて発信している。

そして中国もまた、THAAD(サード)の韓国配備に着手したアメリカを、口を極めて非難し、「アメリカがTHAAD配備を中止し、大規模米韓軍事演習をやめない限り、朝鮮半島の平和は来ない。平和を乱しているのはアメリカだ。他国の玄関の前で喧嘩をするな!」と言い続けてきた。

だというのに、実際に会えば、この「きれいごと」!

サードの「サ」の字も、互いの口からは出て来なかった。

◆中国メディアにおける挑戦的な発信

中国のネットには、THAADの韓国配備に対する威嚇的な発信が充満している。

まず「サードの韓国入りに対する中国の報復は、ロシアよりも残忍無慈悲だ」というのがある。ここでは韓国に対する経済的報復を主として論じており、また「サードの韓国入りは、韓国経済を十年二十年も後退させるだろう」といった種類の情報もあり、「中国は多くのカードを持っている」という脅しも、早くから出ていた。

その多くのカードの中に「軍事行動」がある。

3月12日付の本コラム「パク大統領罷免とTHAAD配備に中国は?」で書いたように、中国外交部報道官は8日の定例記者会見で、「われわれは必ず必要な措置をとって中国自身の安全と利益を守る。このこと(THAAD配備)が招く全ての結果は、米韓が責任を負わなければならない」と強い語調で米韓を批難した。また2月23日、中国国防部の報道官は、韓国のロッテグループが韓国国防部とTHAAD配備のための土地の交換契約をすると宣言したことに対し「中国の軍隊はすでに必要な準備をしている」と宣言している。さらに「国防部:THAADの問題は中国の軍事力にモノを言わせる」とした情報が中国のネット空間を飛び交った。

これをトランプ政権の外交・国防関係者が見落とすはずがない。

互いに「いざとなったら軍事行動に出るぞ」と威嚇しながら、腹の探り合いとプロレスのリング上に立っているようなボディ・ランゲージによって、「きれいごと会談」をやってのけたわけだ。

◆結果、アメリカは?

その結果、何のことはない、ティラーソン国務長官帰国と入れ替えに、アメリカは北朝鮮に関する六者会合(議長国:中国)の米代表を韓国に送り込んでいる。日本ではあまり報道されたいないが、中国ではCCTVでもネットでも熱心に報道している。たとえば中国共産党傘下の「環球網」をご覧いただきたい。

まるで王毅外相の「ほら見ろ、中国が勝利した」と言わんばかりの声が聞こえてきそうだ。

というのも、前出の3月12日付の本コラム「パク大統領罷免とTHAAD配備に中国は?」で詳細に述べたが、王毅外相は3月8日、全人代(全国人民代表大会)の外交部記者会見で、「武力より対話を」と呼びかけているからだ。

一方、六者会合の米代表を韓国に送り込みながら、なお同日トランプ大統領は「中国はといえば、北朝鮮問題に対して、何の貢献もしていない」と発言。行動と発言が異なっている。

それも互いに来月に開催されるとされている米中首脳会談をにらんでのことか。

外交を任務とする国務長官が国防長官の役割を果たすことはできない。「たかだかビジネスマンじゃないか」といった先輩づらで、王毅外相(ごとき?)に、舐められないようにしてほしいものだ。

習近平政権誕生以来、中朝首脳会談が行われていないことからも分かるように、中国は暴走する北朝鮮に激怒しながら、実は出口のないジレンマに追い込まれているのである。北朝鮮がアメリカに武力攻撃されるくらいなら、いっそのこと中国が北朝鮮を武力攻撃して現政権を崩壊させようかという気持さえ持つ一方、戦争だけは起きてほしくないとも思っており、北朝鮮という国が消滅することも望んではない。日米韓に対する防波堤が無くなるのは嫌だが、国連決議による制裁を繰り返している間に、北朝鮮の核・ミサイル能力が発展していくのは、もっと困る。いざという時には北朝鮮をやっつけることはできなくなるし、戦争などが起きて中国国内における社会の平穏が乱されれば、中国共産党による一党支配体制が崩壊するだろうことも知っているからだ。

そのジレンマの中にありながら、虚勢を張る中国。だから中国には六者会合に持って行く対話の選択しかないのである。

米中両国の腹の探り合いと駆け引きは、しばらく続くだろう。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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