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経験者として言わせてもらうと、過労は人間から人間らしさを失わせる

遠藤司SPEC&Company パートナー 皇學館大学 非常勤講師
(写真:アフロ)

前回、「会社に行きたくない朝は、インド人のように踊ろうじゃないか」を書いたあと、何人かの方から、仕事で本当にキツかったことがないからこんなことが言えるんだ、といった声が浴びせられた。

冗談はやめてほしい。筆者は経験者である。最初に勤めた会社で、過労により半年近く会社を休んだ。その経験があるからこそ、ポジティブ思考が人を幸福にすると断言できるのである。

最初に言っておくが、筆者が過労に陥ったのは、完全に身から出た錆である。あるお客さんから大きな仕事を成約することができたのだが、勘違いによって、どうにも不可能なことを約束してしまったのである。それに献身したことによって、体を壊してしまった。ゆえに筆者がいた会社のせいではない。あの会社こそ、人を大切にする会社であったし、心から尊敬できる会社であった。そうであったからこそ、たったの半年で復帰できたのである。仲間はみな、助けてくれた。感謝こそすれ、恨むようなことは全くない。

何がきついのか

ギリシャ神話のなかに「シーシュポスの岩」という話がある。恐ろしい刑罰の話である。

二度にわたってなされた神々への不遜により、ゼウスの怒りを買ったシーシュポスは、罰を与えられる。彼は、巨大な岩を山頂まで上げるよう命じられた。しかし、岩がもう少しで山頂に届くというところまで押し上げられると、岩はその重みで底まで転がり落ちてしまう。この苦行は、永遠に繰り返される。

努力して積み上げても報われない。成果が認められない。これが延々と続くと、人間は精神的に参ってしまう。ゴールが見えず、いつ終わるかも分からない。試行錯誤して道を切り開いても、徒労に終わるのである。そうすると、いずれ人間は思考を止めるようになる。思考が停止しているから、正常な判断は下せない。現状から逃れるための手段の取捨選択ができなくなるのである。場合によっては、最悪の手段を採るようになる。

そうなる前に、どうにかして前向きにならなければいけない。だからこそ「インド人のように踊ろう」と言っているのである。

筆者の場合、プロジェクトがうまくいく算段がついた次の日に、一気にガタが来た。思い出したくもないのだが、どうなったかを伝えることで、読者には恐怖を覚えてほしい。そうならないように、まだ正常ないまを、歌って踊って過ごしてほしい。どうしても無理なら、手遅れになる前に転職を選んでほしい。

メンタリティがおかしくなる

【目の前を車が通ると飛び込みたくなる】

倒れる前のことだったが、この頃は外に出ると危険だった。目の前を車が通ると、そこに飛び込みたくなるのである。おそらく、事故で入院でもすれば、現状から逃れる言い訳が立つということだったのだろう。

【しかし、人間であるから防衛本能が働く】

どうやら人間というのは、論理的な生き物ではない。実際には足が動かない。飛び込もうというロジックよりも、生きようという本能のほうが強いようである。

【スイッチが入ったときがやばい】

ときに挑戦的になりすぎる瞬間がくる。躁状態である。実はこの時がまずい。何をしても無敵だと勘違いする。窓から空へ羽ばたくことすらできるように思われる。アイキャンフライなのである。

動き方がわからなくなる

【ベッドから起きる方法がわからなくなる】

当日の朝、起きたらベッドから起き上がる方法がわからない。これまでどうやって起き上がっていたのか。転がることはできるから、体を横に回転させて、ベッドからうつ伏せに体を落とすことで、起床した。

【電車にも乗れなくなる】

しかし、電車にも乗れない。会社の場所と電車の乗り方を確認するために、同僚に電話をする。頭は冴えているから、笑いながら会話はできるし、メールも書ける。意思を伝えたり、ものを聞いたりはできるのである。

【顔中の穴という穴から液体が流れる】

会社には着いたのだが、なぜか外の喫茶店の椅子に座り込んでしまった。時間が経ち、どうにか立ち上がってオフィスまでたどり着いたが、急に目から鼻から口から毛穴から、大量の液体が吹き出した。止め方がわからない。これで休職が決まった。自分が悪いのに、皆に迷惑をかけたくなかった。そればかりが頭の中に残った。

復帰のために行ったこと

【熱い風呂に入り、頭から冷水を浴びる】

最初は何もできなかった。しかし何日も休むと、復帰のために何とかしなければと思うようになった。自律神経を正常化することがポイントだ。朝から熱い風呂に入り、頭から冷水を浴びた。これを毎日行った。結構きつかった。

【電車に乗れるようになるように訓練する】

昼頃になると、電車に乗るための訓練をする。すでにガイドがないと全く乗り方が分からなくなっていたから、色々試した。ついに小平から新宿までは、たどり着くことが出来るようになった。勤務先は六本木であった。

【読めないがとりあえず本を眺める】

調べたところ、何かをしていないと復帰できないようである。よって、日中は喫茶店で本を読むことにした。しかし、頭に全く入ってこない。それでも読み続けた。いや、眺め続けた。ひとりの生きた人間になりたかった。

数ヶ月後、ようやく普通に生活ができるようになった。仕事に復帰してからも、最初は少し変だったが、徐々に慣れてきた。どうにか正常な毎日を送れるようになっていった。

上に書いたことは、筆者なりの努力である。仕事で倒れた人は必ず病院に行き、その人に合った治療方法を聞いてほしい。いずれにせよ、筆者は必死になって努力したおかげで、復活できた。復帰に向けたモチベーションが、あらかじめ筆者のなかに存在したからである。

次回、「生きがいのある人生を送ることを最優先に考えよう」では、どうして筆者が立ち直ることができたのかを、簡単に述べていきたい。

SPEC&Company パートナー 皇學館大学 非常勤講師

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。多数の企業の顧問やフェローを務め、企業や団体への経営支援、新規事業開発等に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

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