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空いているトイレが1秒でわかる仕組みを作る、バカンな会社

遠藤司SPEC&Company パートナー 皇學館大学 非常勤講師
(ペイレスイメージズ/アフロ)

イノベーションの話というか、呆れた話というか。当記事では一人の人間の半生を取り上げたい。起業をするような人間というのはこういう特性を持った人なのだ、という話である。

河野剛進という生き方

2016年4月、ちょっとしたおかしなことをやる会社が立ち上がった。株式会社 バカンという会社だ。

ここの社長、河野剛進は筆者の友人なのだが、なかなかの変人である。九州に生まれたにもかかわらず、彼は北海道大学に進んだ。なぜ北大なのか。九大にいけと。彼の答えは「九州出身だから一番遠い北海道を選んだ」であった。意味がまったくわからない。しかし、笑えた。

北大を卒業してから、東京工業大学に進み、技術経営修士号(MOT)を取得した。そして三菱総合研究所で、金融関連の研究員として勤めることになる。彼は頭がいい。その彼が、ようやく安定した、知的エリートとしての道を歩みだした、ということだ。

それなのに彼は、なんと数年で三菱総研を退職することにした。なんてバカなことをするのかと、筆者は思った。どこに行ったのかといえば、SNSを運営するグリー株式会社である。そこで事業戦略や新規事業立ち上げなどに携わることになる。

それはまぁよいとしよう。給料は上がったらしい。しかし再び、突飛なことをやりだした。いきなり彼は、米国シリコンバレーに渡ったのである。そこでグリー現地法人の財務会計業務に携わる。奥さんは納得して行ったのだろうか、心配である。

で、ようやく日本に帰ってきた。そしたらこやつは、いきなりグリーを辞めてしまったのである。おいおい、頭大丈夫かと。奥さんは納得しているのだろうか、心配である。

そして、起業した。立ち上げた会社は、株式会社 バカン。この会社は、ありとあらゆる空席情報を集めて提供することを目指すのだという。筆者は思う。絶対に、「空」を意味する vacant と「バカ」をかけている。

バカンというバカンな会社

そういう人がつくる会社であるから、やっている事業は少しおかしい。しかし、企業というものをよくわかっていると筆者は思っている。

昔から彼は、ワクワクすることをやる会社をつくりたいと言っていた。そう、ビジネスとは、自分が勝手にやるものである。それはこの事業が儲かるからとか、市場が伸びているからといった理由でやるものではない。自らの心のおもむくままに行うのがビジネスである。やってやるのが、ビジネスである。だからこそ、一歩を踏み出す動機が生まれる。できない理由ではなく、どうにかしてできるようにする姿勢が生まれる。

バカンのホームページをみてみると、トップにはまず、ミッション、ビジョン、バリューと並んでいる。この辺りがしっかりしていることから、彼が起業に向いていることが分かる。多くの起業家は、起業すること自体が目的化しているため、これらのことを軽視する傾向がある。しかし彼は、自らの存在と、向かうところ、そして行動規範を明確にしている。そうであれば、荒波のうちにあったとしても、そうそうブレない。判断の指標が明確だからである。

とかく勘違いされていることに、ミッションとかビジョンといったものは社員の行動をまとめるためにこそ必要だ、というものがある。たしかにそうなのだが、その前に、ミッションやビジョンは、トップの行動を規定するもの、あるいはむしろ意味づけるものである。船を進めるのは船頭である。船頭が行き先を明確にし、首尾一貫して進めなければ、船員はどうしていいかわからない。長い航海、目の前のカネに飛びついて進路を変えるような船頭には、舵を任せられない。船員の命はつねに危険に晒される。

ミッションは一般に、目的とか使命と訳される。目的とは「~のために」である。企業は社会に貢献し、顧客にありがとうと言われることで、対価をもらう。ゆえにここにおける「~のために」には、社会的意義が求められる。よってバカンは、ミッションを「存在意義」と読み変え、自分たちが何のために存在しているのかを明確にしている。バカンのミッションは、世の中に新しい価値を創造し、一歩先の当たり前とワクワクを提供し続け、より良い社会を共に創る、である。シンプルでありながら、一本筋の通った、よいミッションである。

ミッションを達成するために、ビジョンがある。ビジョンとは、成し遂げるもの、である。ゆえに最終目標が求められる。目標地点はあいまいではいけない。どこに到達するために自社は活動しているのかが重要である。バカンのビジョンは、ありとあらゆる空席情報を集めて提供し、グローバルNo.1を目指す、である。さらに続きがあって、バカンはそのために、ワクワクするサービスを提供し、最高の組織とカルチャーを作り上げる、とある。前半は社会における目標であり、後半は、社内における目標である。顧客とともに、社員にも訴える姿勢がみられる。ミッションにおける「共に創る」が、ここに反映されている。仲間の思いを大切にする、よき船頭になれそうだ。

ところで筆者は、目的と大目的を分けて考えている。ビジネスの目的と、それよりも大きな目的、つまり世界観とか価値観、視座、そういった意味での目的である。会社ではなく、個人としてのミッション、と言うこともできるかもしれない。彼の大目的は、彼から直接聞いていた。「日本をよくしたい」とか「世の中をよくしたい」であった。そういう貢献のマインドが、彼のうちにあった。では、彼のいうところの「よくする」とか「よりよい社会」とは、どういったものか。青山アクセラレーションセンターで行なわれたイベントで、彼はそれを話していた。彼の眼目にあるのは「不幸がなくなる社会を目指していきたい」である。そのためにビジネスを行う。最終的な到達地に向けて、目の前の不幸をなくす。それが、バカンという企業がいま行うべきビジネスである。

では、彼の目の前にある不幸とはどういったものか。彼が最初に行うと決めたビジネスは、トイレ空席検索サービスのThrone(スローン)であった。これだけを聞くと、何を言っているのかと思うかもしれない。しかし実際に、トイレが空いていないのは困る。最悪、不幸というか、大惨事が待っている。先の記事にあるように、トイレ個室の平均利用時間は2分半だったが、それが中でスマホを利用するようになって6分に延びてしまっている。彼はそこに目をつけた。キャッチコピーが面白い。「ようやく辿り着いた、長い道のり。……だが、どこも満席。さあ、どうする?こうなってからでは、もう遅い。」本当にバカなんじゃないかと思う。しかし、そんなビジネス。ワクワクしてくるじゃないか。

ようするに、河野剛進はつねに、自分の考えで、自分の力で、一歩を踏み出してきたのである。彼の頭のなかに、何らかの正しさ、理想の姿があったのだろう。確実かどうか、成功するかどうかは関係ない。自分の生き方は自分で決める。しかし、このビジネスには価値がある。新しい未来をつくり、人を喜ばせることができる。だから、絶対に成功してやる。これからもどんどん、人をワクワクさせられるようなビジネスを展開してやる。いま行っていることは、明日をつくるための活動にほかならない。おれが、未来をつくるんだ。

起業家とはかくあるべし。希望を抱いて、未来を切り拓いていってほしい。この世の中の幸せと、自らの幸せのために。

SPEC&Company パートナー 皇學館大学 非常勤講師

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。多数の企業の顧問やフェローを務め、企業や団体への経営支援、新規事業開発等に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

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