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「ブッシュミート(野生動物食)」がエボラ出血熱を広げた

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

エボラ出血熱の感染が拡大している。アフリカから欧米に飛び火し、感染者は増え続けている。致死率は高いものの、感染力は現在のところ高くないため、世界的な感染蔓延には至っていない。しかし、日本も無関係ではなく、疑い例が発生したのは記憶に新しい。

エボラ出血熱はアフリカやアジアの一部に留まる風土病であった。コウモリが宿主と言われ、血液を介してサルやヒトに感染するが、最近まで感染者が発生してもここまで広がることはなかった。

なぜ一部地域の風土病がここまで広がってしまったのだろうか。その原因の一つに「ブッシュミート」がある。

ブッシュミートの実態

ブッシュミートは、ひと言で言ってしまえば「熱帯の森林に住む野生動物を食用にすること」だ。動物の種類は問わない。霊長類やコウモリも含め、さまざまな野生動物が食べられている。場所もアフリカに留まらない。

アメリカのCDC(疾病予防管理センター)は、今回のエボラ出血熱に関して、Facts about Bushmeat and Ebolaという文章を発表した。これによれば、今回のエボラ出血熱の感染拡大の端緒も、ウイルスに感染した野生動物(コウモリ)を狩り、解体、精肉する過程で、感染した血液に接触したことによるものと考えられている。

ブッシュミートとエボラ出血熱の関係については、すでに識者が論じているが(こちらなど参照)、ここでは2003年に発売になり、大きな話題となった本、Eating Apes(アマゾンペーパーバック版ハードカバー版)を中心に、あらためて考えてみたい。

Eating Apesの著者は野生動物関連の著書があるDale Peterson。同書でPatersonは、スイス出身の写真家Karl Ammann氏の足跡を追う。

Ammann氏はアフリカにおける霊長類のブッシュミートの存在を世に知らしめ、世界に警鐘を鳴らしたキーパーソンだ。霊長類のブッシュミートは1970年代から増えていたというが、後述する様々な要因で問題にされてこなかった。

彼の撮影したブッシュミートの写真は、同書をはじめウェブサイトにも公開されているが、目をそむけたくなるほどむごい。

首が切り取られ、皿の上にのせられたゴリラ、ゴリラやサルの腕、皆殺しにされたゴリラ一家…肉にならない孤児は愛玩用として売られ、ひどい扱いを受ける…

こうした写真を通じて、Ammann氏はブッシュミートの問題に警鐘をならしてきた。しかし、ニューヨークタイムズが「根拠薄弱かつ非現実的でおおかた逸話的」な研究が土台になっていると批判するなど、その警鐘は軽視され、無視された。経済活動を妨害するとして、アフリカ各国から敵視され、協力者が逮捕された。Ammann氏は、カネを払って霊長類を殺させたと、自作自演の濡れ衣を着せられた。しかし、Ammann氏は粘り強く活動を続けた。同書の出版などもあり、現在ではブッシュミート問題は広く知られるようになった。ブッシュミートを取引することは先進各国で禁止されている。

しかし、ブッシュミートは減っていない。霊長類をはじめとする野生動物の多くが絶滅の危機に瀕している。ヒトに似ている動物が殺されてかわいそう、という感情的な問題ではない。生物の多様性が破壊されているのだ。そして、問題は生物の多様性の減少だけではない。

ブッシュミートがエボラ出血熱を広げた

われわれ日本人も、シカやイノシシなど野生動物を食べている。だから、野生動物を食べること自体が問題なのではない。問題は、ブッシュミートが営利化、商業化し、大規模に行われるようになったことだ。

霊長類をはじめとするブッシュミートが拡大した理由はいくつかある。人口の増加に食糧の増産が追い付かなかった、高級食材(美食)としての需要が増加した、貧しい人々の手っ取り早い収入源となった、森林伐採によって輸送が行いやすくなった…

森林伐採業者は、ライフル銃を提供したり、ブッシュミートを輸送するなど、陰でブッシュミートの拡大に関与してきた。ブッシュミートの問題を明らかにする活動を妨害することさえしてきたという。巨額の資金にモノを言わせ、政府に圧力をかけることさえする。

こうしたなか、本来は野生動物由来のウイルスがヒトに感染する機会が増えてきた。ブッシュミートを採取し、解体する過程で、動物の血液がヒトの血液と接触し、感染するのだ。

同書もエボラ出血熱について触れ、「解体作業で森にこぼれた血液は、緋色の敷布となり、小川や水溜りになって、エボラ好みの「類人猿発」「人間行き」プラットフォームになるだろう」と述べる。今回のエボラ出血熱の感染拡大は、コウモリ猟を行う一家が発端だというが、野生動物食が原因になったのは同じだ。

もちろん、いままでも野生動物のウイルスがヒトに感染することはあっただろう。とくにヒトと霊長類の遺伝子は最大99%同じであり、共通のウイルスが感染するケースも多い。エイズの原因であるHIVウイルスがサル免疫不全ウイルス(SIV)由来であると言われているが、これもヒトと霊長類の遺伝子が近いのが原因だ。とはいえ、ヒトと野生動物の接触は限られ、また隔離された地域で起こっていたので、ウイルスの感染が広がることはなかった。

しかし、森林伐採によって道路網が張り巡らされ、ウイルスはヒトからヒトへ容易に広がる。航空網の発達で、感染はアフリカにとどまらない。あっという間に世界に広がる。HIVがそうであったように、エボラ出血熱もアメリカやヨーロッパに飛び火した。エボラ出血熱が日本に上陸するのも時間の問題と言えるのかもしれない。BBCの記事が指摘するように、ブッシュミートはきっかけに過ぎないとも言える。

とは言え、ブッシュミートが一要因であるのは、多くの識者の一致するところだ。

ブッシュミートを知らない日本人

2003年に出版された「Eating Apes」は大きな反響を呼んだ。ウェブサイトで書評の一部が読めるが、Nature誌をはじめとする科学誌のみならず、新聞や雑誌などで好意的に取り上げられた。2003年以降、ブッシュミートに対する対策が世界各国で講じられている。WWFはAfrican Bushmeat Programmeを実施している。アメリカではブッシュミートの輸入は違法だ(CDCのサイトなど参照)。

とはいえ、前述の通りブッシュミートがなくなる気配はない。口でブッシュミートはいかん、禁止せよ、と言ったところで、増える人口、経済的な要因などがある限り、ブッシュミートの拡大は続くだろう。先進国で繁栄を享受しているわれわれが言えた義理ではないのかもしれない。さすがに今回のエボラ出血熱の感染拡大を受けて、西アフリカ各国はブッシュミートを禁止したというが、政府への不信感が強く、聞く耳を持たない住人もいる。密猟が増えるだけなのかもしれない

ブッシュミートが問いかけるのは、増え続ける人口のなか、人類は食をどうしていくべきか、貧困をどうなくすべきかという、人類が直面する大きな課題なのだ。日本も決して無縁ではない。実際、ブッシュミートに端を発すると言われるエボラ出血熱の感染の危機にさらされているではないか。

しかし、日本ではブッシュミートに対する関心は低い。ウィキペディア日本語版ページは存在しない(2014年11月6日検索)。グーグルニュース検索では、たった二つの記事しか見つけられなかった(2014年11月6日検索;「エボラ撲滅のために普通の日本人ができること。(若松千枝加 留学ジャーナリスト)」「ラップで、漫画で―エボラ熱と闘うアフリカのアーティストたち」)。

こうした状況のなか、Eating Apesの翻訳本の早期出版を心から期待する。2003年に世界が受けた衝撃を、11年遅れて日本も受けるべきだ。

実は霊長類を研究する私の友人がこの本を全訳したのだが、諸事情でとん挫しているという。残念でならない。アフリカ渡航歴のない私が今回の記事を書く際にも、この全訳が参考になった(訳の一部を引用させていただいたことをお断りしておく)。この本は多くの人たちに読まれるべき本だと思う。

ブッシュミートがある限り、たとえ今回エボラ出血熱のアウトブレイクが防げたとしても、次々と危機は訪れるだろう。また新たなウイルスのアウトブレイクがあるかもしれない。われわれ日本人に何ができるのか。まずはブッシュミートを知ることから始めるしかない。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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