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高齢者の肺炎と死~原節子さんの逝去から考える

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
(写真:アフロ)

伝説のまま…

小津安二郎監督作品の常連で、半世紀以上メディアの前に姿を見せなかった伝説の大スター、原節子さんが、去る9月5日に95歳で亡くなっていたことが明らかになった。ご冥福をお祈りする。

原さんは8月中旬に体調を崩し、肺炎と診断されて入院。9月5日、親族数人が見守るなか、神奈川県内の病院で息を引き取ったという。

出典:http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20151126/enn1511261543021-n1.htm

肺炎は高齢者の一般的死因

先ごろ発表された2014年の人口動態調査によると、日本人の死因のなかで、肺炎は第3位で、2014年の一年間に119650人が亡くなっている。全死亡者数の9.4%を占める。うち93590人(78.2%)が80歳以上だ。高齢者の死因として肺炎は、老衰や心疾患などと並んで一般的であるといえる。

なぜ高齢者に肺炎が多いのだろう。ご存じの方も多いと思うが、説明しよう。

ヒトは空気の通り道である気管と、食べ物の通り道である食道が途中まで同じ経路を通り、開閉式の壁(喉頭蓋)が動くことによって、空気は気管に、食べ物は食道に送り込まれる。

年を取ると、筋力の衰えなどから、ものがかみ切れなくなる、食べ物を奥に送り込めなくなる、気管と食道を区切る壁がしっかり閉じなくなってしまうといったことが起こる。また、唾液が少なくなり、口の中の菌が増えてくる。

こうして高齢者は、気管に食べ物が入りやすくなる。食べ物が肺まで達すると、食べ物に交じって肺に達した口の中の菌が増え、肺炎、いわゆる誤嚥性肺炎が生じるのだ。

また、年とともに体の抵抗力、免疫力も弱まる。このため、誤嚥性肺炎が致命的になる率が高まる。

肺で菌が増えれれば、それに対する反応で膿が出てくる。膿が肺のなかにたまり、呼吸ができなくなり死に至る。また、菌が肺のみならず複数の臓器で増え、「敗血症」になって亡くなることもある。

がんの死因が誤嚥性肺炎の場合も

このほか、がんや脳梗塞、認知症、長い間床に臥せる生活を送っていたことなど、様々な病気の最後に誤嚥性肺炎が発生し、それが直接的な死因になることも多い。死亡通知で死因が肺炎となっていても、ほかの病気で闘病していた経過があり、その最後に誤嚥性肺炎が発生したという場合もあるのだ。

私も数多くの患者さんを解剖させていただくなかで、がんでの経過の最後に誤嚥性肺炎が発生し、呼吸不全で亡くなったというケースにしばしば遭遇してきた。むしろほかに病気のない方が誤嚥性肺炎で亡くなったという場合の解剖のほうが少ないと言える。そういう患者さんは、あまりに一般的な死因であるがゆえ、解剖する必要がないとされ、解剖に回る場合が少ないからなのだろう。

このように、高齢者が肺炎になる可能性が高いことは認識しておいたほうがよい。普段から嚥下機能をなるべく低下させないようにする、口の中を清潔にするといった対処法を行うことで、誤嚥性肺炎を少しでも減らす必要がある。

高齢者の肺炎と耐性菌

このように、高齢者の肺炎はとてもよくある病気であり、高齢者が多く入院している施設では、その対処法が問題になっている。

一部の病院では、こうした高齢者の肺炎を治療するために、いきなりたくさんの菌を殺すことができる強力な抗菌薬を使うことが多い。こうした抗菌薬は強力で、効果があるのだが、いずれ薬が効かない耐性菌が出現する。

強力な抗菌薬に耐性菌が出現したら、次に使うことができるさらに強力な抗菌薬は限られてしまう。いずれ使える薬がなくなってしまうかもしれない。

耐性菌の問題は、感染症の治療を1940年代に引き戻すのではないかとさえ言われるほど危機的な状況にある。

近年、薬剤耐性菌問題(Antimicrobial Resistance, AMR)が国際的に大きく注目を浴びている。世界保健機関(WHO)は 2011 年の世界保健デーのテーマとして AMR を取り上げた[1]。その際には、“No action today, no cure tomorrow”(今日行動しなければ、明日の治療法はない)という印象的なキャッチコピーが採用された。20 世紀中頃から現在に至るまで、抗菌薬の存在は全ての医療にとって不可欠のものとなっている。AMR の広がりがこのまま進めば、ペニシリンが臨床現場に登場した 1940 年代以前の医療に立ち戻る可能性がある。

出典:厚生労働省 院内感染対策中央会議 薬剤耐性菌対策に関する提言

こうした耐性菌の問題は、11月17日にNHKのクローズアップ現代が取り上げるなど、関心が広がっている。耐性菌の問題は何も肺炎だけではないが、真剣に考えていく必要がある。

原節子さんの逝去からはやや離れてしまったが、高齢者の肺炎は医療に様々な課題をなげかけているのだ。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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