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医者の仕事はなくなるか

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
画像診断は人工知能にとって代わられる可能性が高い(写真:アフロ)

日本人の半数が仕事を失う?

12月2日に野村総合研究所(野村総研)が発表した研究成果が、世間に衝撃を与えている。それによると、「日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に」になるという。

英オックスフォード大学のマイケル A. オズボーン准教授およびカール・ベネディクト・フレイ博士との共同研究により、国内601種類の職業について、それぞれ人工知能やロボット等で代替される確率を試算しました。この結果、10~20年後に、日本の労働人口の約49%が就いている職業において、それらに代替することが可能との推計結果が得られています。

出典:野村総研ニュースリリース

詳細はニュースリリースをご覧いただきたいが、タクシーやバスの運転手、給食の調理人といった職業が機械にとって代わられるという。

一方で、「創造性、協調性が必要な業務や、非定型な業務は、将来においても人が担う」という。

機械にとって代わられる仕事とそうでない仕事の違いは何か。ニュースリリースは以下のように述べている。

この研究結果において、芸術、歴史学・考古学、哲学・神学など抽象的な概念を整理・創出するための知識が要求される職業、他者との協調や、他者の理解、説得、ネゴシエーション、サービス志向性が求められる職業は、人工知能等での代替は難しい傾向があります。一方、必ずしも特別の知識・スキルが求められない職業に加え、データの分析や秩序的・体系的操作が求められる職業については、人工知能等で代替できる可能性が高い傾向が確認できました。

出典:野村総研ニュースリリース

将来も人が担うとされる職業のなかには、内科医や外科医、精神科医など医師も含まれている。

医師は安泰か?

確かに医師は患者や同業者、他の医療職とのコミュニケーションが重要であり、そう簡単には人工知能や機械にとって代わられることはないのかもしれない。機械に

「アナタハガンデス。ヨメイハアトハントシデス。」

などと言われたら、むかつく人もいるだろう。もちろん、話し方などはもっと人間に近づくとは思うが。

とはいえ、医師の仕事がなくなることはないにせよ、人工知能やロボットが活用されていくのは間違いない。現在も「ダビンチ」のような手術用ロボットが病院に導入されつつある。あくまで、人が操作するわけで、道具として利用している段階ではある。

いろいろな症状や検査データを入力して、考えられる診断を答える人工知能は活用されるだろう。NHKの「総合診療ドクターG」でやっているような、病気の原因を突き止めるような場合には、人工知能はかなりの助けになるのではないか。とはいえ、あくまでアシストとしてだろう。

しかし、医師の仕事のなかでも、完全に人工知能にとってかわられるかもしれない分野がある。それは「診断系」の仕事だ。

「診断系」はなくなる?

放射線科医のなかでも診断を中心にやっている医師は、X線、CT、MRIなどの画像をみて、体の中に病気があるかをみる。病理診断医は、患者から採取された組織の標本を顕微鏡でみて、がんがあるか、ないか、どんな病気か、病気の広がりはどうか、といったことを診断をしている。

なお、放射線科医が放射線の画像診断をすることを「読影」という。ちなみに、病理診断は「読影」ではない。影ではなく実態を見ているので、お間違えのないよう…

それはともかく、これらの仕事の本質はいわばパターン認識だ。放射線の画像にしろ、病理診断にしろ、一つとして同じものはないから、たとえばあるがんに特徴的な鍵となる構造を確認して、がんだと診断している。

こういうことは、人工知能が得意なことでもある。

実はすでに研究が始まっている。

研究グループは、マサチューセッツ総合病院(MGH)のような大規模な医療機関は数十年に及ぶ病理報告を保有していると指摘。マサチューセッツ工科大学の研究グループはこれらの情報をコンピュータに取り込み、リンパ腫の診断を支援する自動ツールの開発を目指した。

出典:「ビッグデータ」により医療でのがん診断を正確に、MITからの報告

まずスライドガラスに載った病理組織をデジタルスキャンして、数百メガバイトから数ギガバイトの大きさの高精細な画像データにする。その後「e-Pathologist」は、この病理組織の画像データの細胞や構造の特徴を分析して数値化する。そしてこれを膨大な画像データを使って作った「がんらしさ」の抽出ルールと照らし合わせてあやしいか判断する。

出典:病理画像解析システム「e-Pathologist」

人工知能ワトソンを開発したIBMが医療画像の会社を買収するなど、ビジネス化にむけた動きも加速している。

聞いたところでは、某所では人工知能に、膨大な数の病理標本を処理させ、がんかがんでないかを学習させているという。

放射線(診断)科や病理診断科は、患者と直接やり取りする機会が少ない科でもある。血液検査を機械が行っても誰も怒らないように、画像診断や病理診断を機械がやっても怒る人は少ないだろう。

放射線診断医もそうだが、病理診断科は深刻な人不足の状態にある(詳しくはこちら)。このままでは近年増加するがんの診断にとても対応できないと言われている。

だから、こうしたいわば「診断系」と呼べる科の医師の仕事の多くは、機械化が不可避だと言える。

病理診断医の仕事は、がんかがんでないかを診断することだけではない。臨床医とのコミュニケーションも必要だし、病理解剖なども含まれる。さすがにロボットが遺体を解剖するというのは、もはや「腑分け」であり、広がるとは思えない。しかし、控えめに言っても、相当の部分が機械にとって代わられる可能性は高い。

比較的情報量の少ない白黒の画像が中心の放射線診断が先行すると思うが、そう遠くない将来、次第に病理診断も機械化されていくだろう。

さらに画像データは世界中どこへでも送ることができる。アメリカの人工知能があらゆる診断を行い、日本の医師はそれに間違いがないかをチェックするだけ、そんな時代が到来するかもしれない。これは絵空事ではない。すでにインドの医師は、安価で世界中から放射線画像診断の仕事を請け負っているという。

世界的に見ても放射線医師の絶対数は不足しており、遠隔放射線診療は先進国を含む至る所で実施されている。プネの病院では、実は国内だけでなく海外の病院や診療所から届くX線写真を毎日分析しているのであり、需要があまりにも高いことから専門の会社まで設立されているぐらいなのだ。

出典:遠隔医療もここまできた:遠隔放射線診療の実態

鳩に負ける?

カリフォルニア大学デービス校のリチャード・レベンソン教授(病理学・臨床検査学)らの研究チームは、鳩が病理診断を行えることを明らかにした。

実験では8羽のハトを使い、目の前の画面に乳房の細胞の拡大写真と、青と黄色の四角を同時に映し出した。そして写真にがん細胞が映っていれば青の、そうでなければ黄色の四角をつつくよう、えさを使って教え込んだ。

15日間の訓練の結果、ハトは初めて見る画像であってもがん細胞の有無を85%の確率で見分けることができるようになったという。

出典:CNN

もとの論文はこちら

すわ、このままでは鳩にさえ仕事を奪われる?!

さすがに鳩そのものが診断をするとは思えないが、鳩の脳を研究すれば、診断の精度が高い機械ができるかも知れない。

鳩はともかく、機械化は悪いことばかりではない。誤診が減り、最先端の高度な医療を世界中の人が受けられるようになるかもしれない。法的な問題がクリアされ、コストが安くなれば、雪崩を打って機会化が進むだろう。

医師しかできない、いわば「既得権益」を機械が奪う…そのとき、医師はどういう態度に出るだろうか。機械を打ち壊すか。政治力を使い、機械が参入しないように規制を強めるか。鳩狩りをするか…

医師も現状にあぐらをかいていていは取り残されるのだ。早速豆持って鳩に教えを乞いに行こう…

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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