罪と罰~研究不正の「量刑」相場と小保方さんの今後

小保方さんの手記「あの日」は賛否が真っ二つに分かれている(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

擁護、否定に分裂

小保方晴子氏の手記「あの日」が発売されて、この記事執筆時点で3週間が経過した。手記は増刷を重ね、25万部にも達しているという。

テレビや雑誌の報道は発売直後ですぐに下火になったが、ネット書店アマゾンのカスタマーレビューは日々増え続け、すでに500件を超えている。

レビューは最高ランクの星5つが6割弱、最低ランクの星1つが2割強。この二つでレビューの8割に達する。まさに小保方氏「擁護派」と「否定派」に分断されていると言ってもよい。

アマゾンレビューのみならず、著名人も意見が分かれているようだ(現代ビジネス記事参照)。

私の感想は、発売日に記事に書いたが、小保方氏を擁護する人、否定する人があまり意識していないことがある。

それは、これまで研究不正を行った者がどのような処分を受けてきて、その後どうなったのか、ということだ。

研究不正の「量刑」相場とは?

量刑相場とは、

刑事裁判において有罪の判決を言い渡す場合に、罪名や特定の犯罪情況・犯罪態様によって、おおよその量刑が定まる実務上の慣行のこと

出典:ウィキペディア

とされる。研究不正は基本的に刑事事件ではないので、鍵かっこをつけて「量刑」相場とするが、これを援用して、どれくらいの研究不正をしたときに、どれくらいの処分が下されてきたのか、ということを考えてみたい。それが分からないと、小保方氏に対する処分が妥当なのか判断できない。

文部科学省は、同省が出した研究費で研究不正を行った場合、以下のような処分を課す。

配分機関等は、調査機関から特定不正行為を認定した調査結果が提出され、それを確認した場合は、当該調査結果の内容を踏まえ、以下の措置を講じるものとする。

(ア)措置の対象となる研究者

・特定不正行為があったと認定された研究に係る論文等において、特定不正行為に関与したと認定された著者(共著者を含む。以下同じ。)

・特定不正行為があったと認定された研究に係る論文等の著者ではないが、当該特定不正行為に関与したと認定された者

・特定不正行為に関与したとは認定されないものの、特定不正行為があったと認定された研究に係る論文等の内容について責任を負う者と

して認定された著者

(イ)特定不正行為に係る競争的資金等の返還等

特定不正行為が確認された研究活動に係る競争的資金等において、配分機関は、上記(ア)の措置の対象となる研究者及び研究機関に対し、事案に応じて、交付決定の取消し等を行い、また、当該競争的資金等の配分の一部又は全部の返還を求める。

なお、運営費交付金や私学助成等の基盤的経費は、特定の研究活動又は研究者ではなく、研究機関を対象に措置されるものであり、その管理は研究機関に委ねられている。このため、基盤的経費の措置により行われた研究活動における特定不正行為に関し、研究費の返還に関する取扱いは、本ガイドラインでは一律に対応を定めておらず、研究機関において適切な対応が求められる。

(ウ)競争的資金等への申請及び参加資格の制限

配分機関等は、上記(ア)の措置の対象となる研究者に対し、事案に応じて、競争的資金等への申請及び参加資格を制限する。

競争的資金の配分により行われた研究活動における特定不正行為については、「競争的資金の適正な執行に関する指針」(平成 17 年9月9日競争的資金に関する関係府省連絡会申し合わせ。以下「指針」という。)に基づき措置を講じるとともにその他の競争的資金等への申請及び参加資格も指針に準じて制限する。

また、その他の研究活動における特定不正行為(競争的資金の配分により行われた研究活動に係るものを除く。)についても、同様に、競争的資金等への申請及び参加資格を指針に準じて制限する。

出典:研究活動における不正行為への対応等に 関するガイドライン 20-21ページ

長い引用で申し訳ないが、ざっくり言えば、金かえせ、そしてしばらく金やらん、ということだ。これは研究費のことだけであって、不正をした研究者が所属している機関がどういう処分を下すのかについては、書いていない。機関にゆだねられているということだ。

では、これまでどんな処分が下されてきたのだろう。

これを知るには、白楽ロックビル氏が作成している研究不正(白楽氏はねつ造、改ざん、盗用の頭文字から研究ネカトと呼んでいる)のアーカイブが役に立つ。このアーカイブを中心に、研究不正の「量刑」相場を考えてみる。

甘い処分の日本、研究業界追放の欧米

以下、白楽氏のサイトなどをもとに、研究不正により論文が撤回された研究者を何人かピックアップした。

藤井善隆(麻酔科学)

  • 発覚時:東邦大学医学部准教授
  • 撤回された論文数:183本
  • 処分:諭旨退職処分。学会は除名処分。
  • その後:不明

加藤茂明(分子生物学)

  • 発覚時:東京大学分子細胞生物学研究所教授
  • 撤回された論文数:36本
  • 処分:東京大学を辞職(本人が研究不正をしたわけではないが、部下に成果を強要するなど関与した)
  • その後:相馬中央病院放射線対策室長及び仙台厚生病院研究顧問

ヘンドリック・シェーン(物理学)

  • 発覚時:ベル研究所研究員
  • 撤回された論文数:36本。
  • 処分:解雇。博士号はく奪(「恥ずべき行為(dishonorable conduct)」を理由に)。ドイツ研究財団(DFG)は8年間DFGの選挙の投票権およびDFG委員になる権利を剥奪、また、DFGが拠出する研究費への応募禁止、査読者になることも禁止。
  • 現在:会社員?

森直樹(生命科学)

  • 発覚時:琉球大学医学部教授
  • 撤回された論文数:32本
  • 処分:いったん解雇処分、その後取り消し
  • その後:現在も琉球大学教授

高井教行(産婦人科学)

  • 発覚時:大分大学医学部講師
  • 撤回された論文数:13本(21本に研究不正行為があると認定)
  • 処分:停職の懲戒処分(本人は退職)
  • その後:大分労働衛生管理センター(健康診断を行う団体)勤務(情報源はこちら

アンナ・アヒマストス(血管学)

  • 発覚時:オーストラリア・メルボルンのベーカーIDI心臓糖尿病研究所研究員
  • 撤回された論文数:2本(うち一本はJAMA誌)
  • 処分:辞職
  • その後:不明

黄禹錫(ファンウソク)(幹細胞生物学)

ドンピョウ・ハン(エイズワクチン開発)

  • 発覚時:アイオワ州立大学助教授
  • 撤回された論文数:1本
  • 処分:解雇。4年9か月の実刑、罰金720万ドル(約8億6千万円)
  • その後:収監中

有地建実(免疫学)

  • 発覚時:NIHポスドク
  • 撤回された論文数:1本(PNAS誌)
  • 処分:不明
  • その後:内科医

以上、日本人研究者を中心に、研究不正を犯した研究者の処分や今後をみてみた。白楽氏のサイトには多くの情報が集まっているので、参考にしてほしいが、こうした情報をみてみると、日本の研究不正の処分が甘いことを感じる。諸外国と「量刑」相場がちょっと違うような感じだ。

「史上最大のねつ造」と言われたシェーン氏は、博士論文に不正がないのにも関わらず、博士号が取り消されている。ハン氏はたった一本の論文(しかも学会発表の要旨)で収監された。欧米では研究者として復活する人はまれだ。オーストラリアのアヒマストス氏の場合は、上司が一切おとがめなしという不可解な結果となっているが…

一方日本では、琉球大学教授の森直樹氏のように、研究不正が認定されても辞職していない人もいる。韓国のファンウソク氏の場合は、民間研究所で研究しており、研究業界から完全に足を洗ったわけではない点が、日本と欧米の中間のようだ。

小保方氏は今後どうすればよいのか

このような、研究不正の「量刑」相場、ほかの研究者の処分や行く末もふまえて、小保方氏が今後どうすればよいのかを考えてみたい。

小保方氏が関わった論文の撤回数は2本。研究不正は既に認定されている。小保方氏は手記の中で「故意ではなかった」と主張しているが、それは通らない。手記は不都合なことには触れていないのだ。手記の読者の方々の中には「小保方さんはそんなことをするような人ではない」「小保方さんを信じる」ということを言う人もいるが、いい人とか、信じるとか、そういう問題は科学では通じない。ダメなものはだめだ。科学に「情状酌量の余地」はないのだ。

一方、2本の論文の撤回は、他の研究不正事件と比較すれば多くはない。32本も論文を撤回しても辞職しない教授さえいるのだ。それから考えると、研究業界追放のような処分は厳しいという意見も出るだろう。しかし、1本でも収監される人もいることを踏まえると、さすがにおとがめなしは許されない。数は問題ではないのかもしれない。

小保方氏の博士号の取り消しに関しては、難しい問題だ。シェーン氏のように、研究不正を行っただけで、博士論文に不正がなくても博士号が取り消された人もいる。しかし、シェーン氏は36本の論文が撤回された。研究不正を起こした者が博士号をはく奪された例は多くはない。しかも、早稲田大学には小保方氏以外にも博士論文に問題があった人が多々いるので、小保方氏だけが博士号取り消しというのは、不公平だという気がする。

以上をふまえると、小保方氏は公的機関の研究者としてはもう難しいと考える。どんなに一般の人々が支持しても、小保方氏を研究者として採用する研究機関はないだろうし、あってはいけない。研究不正をしてもおとがめなしでは、研究不正は減らないし、研究者のモラルが崩壊する。

どうしても研究者でいたいというのなら、博士課程からやり直すか、手記を読んで小保方氏を支持する人がお金を出す、クラウドファンディング型の研究をするしかない。今では自宅で生命科学の研究をするDIYバイオという道もあるし、それは誰にも止められない。

一方、研究者以外の道を幸福に歩む権利はある。行った行為に見合った責任は果たすべきだが、報道被害により失われた名誉は回復されるべきだ。外出もままならないというのは、研究不正を行った者としてはあまりに異例だ。研究以外の別の道を歩むというのなら、私たちは小保方氏をそっとしておくべきだろう。過去の「あの日」にとらわれた小保方氏の心が未来に向くように。

上で紹介した例で、医師免許を持っていた研究者たちは、臨床医として働いていたりする例が多かった。ほかにも、遺伝子スパイ事件に関与したとして、アメリカで起訴された岡本卓氏は、現在は北海道北見市で開業医をしており、著書も出版するなど活躍している。

罪と罰とは

手記に対する分かれた賛否をみると、日本では、法律やルールよりも感情が優先されるのだということが分かる。

同じことをやっていても摘発されたりされなかったり、叩かれたり叩かれなかったりする。誰も守らないルールがあり、ある特定の人を処分するために適用されたりする。

STAP細胞があれば小保方氏の研究不正はチャラになる、などということも、小保方氏は有能なのだから、不正なんか免責して活躍の場を与えろ、というのも、小保方氏は悪いことをしたのだから、叩かれて当然というのも、皆根っこは同じだ。

そして、研究不正をしてもお咎めがなかったりあったりするのも同じことだ。

NHKBSで放送中の刑事フォイルをみていると、時々こんな場面が出てくる。

殺人を犯したり、罪を犯したりした者が、自分を逮捕したら、戦争に負ける、だから見逃せ、と。政府から圧力もかかる。

フォイルは苦虫を噛み潰したような表情をして、ときに見逃す。しかし、こうもいう。「戦争が終わったら、絶対に罪を償わせる」と。

科学者たちの多くが小保方氏に厳しい態度をとるのは当然だ。けれどほかの研究不正に対しても厳しい態度をとるべきだ。研究不正を告発した者が解雇されるなど、あってはならない。

STAP細胞事件、小保方氏の手記が突き付けるのは、私たちの社会の矛盾なのだ。