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2019年、AIが病理診断開始?

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
2019年、ついに病理診断に顕微鏡は不要になる?(ペイレスイメージズ/アフロ)

3年後にはAIが病理診断開始?

2016年10月19日、厚生労働省の「保健医療分野におけるICT活用推進懇談会」は提言書を公表した。

この提言書は、「ICT(インフォメーション・アンド・コミュニケーション・テクノロジー)を活用した『次世代型保健医療システム』」の姿と、それを実現するためのアクション、工程表を提示するものだ。

【提言内容】

(1) 「保健医療 2035」のビジョンを踏まえ、ICTを活用して創出すべき「患者・国民にとっての価値」

―「基本的理念」と「4つの価値軸」

(2) 「患者・国民にとっての価値」を創出していくための「次世代型保健医療システム」の考え方と基本的な姿

―「3つのパラダイムシフトとインフラ」

(3)「次世代型保健医療システム」を着実に構築していくための方策

―「アクション」と「工程表」

出典:保健医療分野におけるICT活用推進懇談会 提言 P8

提言は保健医療の様々な分野に言及しているが、このなかに、私の本業である病理診断に関する言及があった。

2019 年度

(アクション)

○ AI(著者注:人工知能)を用いた病理診断の技術を確立する。

(メリット)

○ がんを始めとした疾患について、これまでより一層迅速かつ正確な診断に基づく適切な治療が受けられる。

<対象:病理診断を必要とする疾患にり患している、又はその可能性のある方々>

(実現方策)

(8) 病理画像等のビッグデータを収集・検証する仕組みを構築するとともに、収集されたビッグデータを基にして、医療従事者を支援するための補助技術に関する人工知能を開発。

(2016 年度~開発)

出典:保健医療分野におけるICT活用推進懇談会 提言 P36

報道もされている。

懇談会は社会保障や医療の専門家らで構成する。提言書では病理診断に使う画像を収集し、これを基に医師らの診断を支援するAIを開発するなど具体的な計画も盛りこんだ。

出典:日経新聞ウェブ記事「「病理診断にAI活用を」 厚労省有識者懇」

私はこのYahoo!ニュース個人の記事で、病理診断や画像診断などの診断は、早期にAIが行うようになると書いた。

とはいえ、2019年度、つまり3年後にAIによる病理診断技術を確立するというのは、私の予想を超えていた。私は10年後くらいかなと予想していたが、甘かったようだ。

AIによる病理診断の現状は?

上記工程表では、2018年度までにAIを用いた病理診断技術を確立し、2019年度、2020年度でそれを開発・実装化、2025年度までに次世代ヘルスケアマネジメントシステムを本格するという。

このような早いペースで実現できるのか?診断技術の確立とは何か。懇談会の議論を追ってみたが、議事要旨のみの公開で、議論の詳細が分からない。

唯一病理診断に言及しているのは、2016年5月13日に開催された第7回の懇談会だ。一言「ICTの活用で、時間・空間の概念が変わる。例えば病理検査・病理診断は、クラウドにデータを上げることで、空いている病理医が対応するなど、効果的な運用が可能となる。」と書かれているのみだ。

AIによる病理診断は、現在どの程度なのだろうか。

アメリカの著名な病院、ベス・イスラエル・メディカルセンターとハーバード医学校の発表。病理医とAIの共同作業で乳がんのリンパ節転移を診断したら、99.5%の精度で診断できたという(AIは92%、病理医は96%)。

先ごろドイツのケルンで開催された病理の国際学会に参加した同僚によれば、AIを用いた病理診断に関する発表があり、前立腺癌などが95%の精度で診断できるといった報告がなされたという。

分野や方法を限定すれば、2019年度に何らかの実用診断技術ができる可能性は高いだろう。

私たち病理医は、こうした技術があれば大助かりだ。リンパ節の転移の確認は単調で、見落としの危険もある作業だ。こうした作業にAIが投入できれば、私たちの負担は大いに軽減される。病理医不足による影響を軽減できる。それは患者さんの利益になるはずだ。

”AIショック”に備えよ

現在日本では、国家戦略として、AI技術の開発に取り組んでいる(参考:経済産業省METIジャーナル 2016年8月など)。AIに関するニュースを見ない日はない。

病理診断にAIを用いる研究も進んでいるようだ。

手術で切除した組織の中にどれくらいがんが広がっているかを調べる病理診断を、人工知能(AI)を使って迅速化する研究が進んでいる。組織の顕微鏡画像をAIで解析してがんの疑いが強い細胞を見つけ出し、病理医が集中的に調べることで、診断の効率を上げる。病理医の不足が全国的に懸念される中、AIの活用で解消を目指す。

出典:がん細胞、AIで画像判定 信州大や阪大

ところが、少なくとも私の周囲では、話題の一つとしてAIが病理医にとって代わるのか、といった話をすることはあるが、実際の研究の話は聞かない。

春に開催された日本病理学会の大会でも、AIに関する発表は多くなく、私たちのような一般病理医には、AIはまだまだ遠い世界の話のようだ。

そういう意味で、今回の保健医療分野におけるICT活用推進懇談会の提言書は、病理医にはある種寝耳に水だった。え?2019年?という感じだ。飲み屋で「病理医の仕事はAIにとって代わられるよね」などと悠長に話している場合ではない。

もちろん、まだまだとって代わられるという段階ではないが(さすがに顕微鏡による診断は2019年にはなくならない)、病理医の仕事を劇的に変える可能性のあるAIが、もう数年後には現場に導入されるかもしれない、いわば”AIショック”が目前であることを、病理医は意識しないといけない。少ない病理医で多くの診断をなんとかこなす毎日では、なかなか難しいかもしれないが…

この”AIショック”は、患者さんにはよい”ショック”だ。誤診が減り、診断結果を早く聞くことができ、早く治療を行うことができる。ただ、全国津々浦々にAIが浸透するにはまだ時間がかかるので、過信はしないでいただきたい。

とはいえ、いつの間にか、未来の医療はすぐそばに来ていたのだ。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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