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ノーベル賞小柴博士の財団解散~非営利組織の運営の難しさ

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
ノーベル物理学賞受賞者の小柴昌俊博士が理事長を務める財団が解散する(写真:ロイター/アフロ)

ノーベル賞の小柴さんの財団解散

個人的には衝撃的なニュースだった。

2002年のノーベル物理学賞受賞者の小柴昌俊博士が理事長を務め、昨年の同賞の受賞者の梶田隆章博士や、2008年の受賞者小林誠博士ら著名な科学者が理事として名を連ねる公益財団法人平成基礎科学財団が解散するという。

この財団は、中高生や大学生に科学の魅力を伝えるために、科学教室などを精力的に開催してきた。私もたびたび報道などで活動を耳にしてきたので、そんな有名な財団が解散するというニュースは、寝耳に水だったのだ。

同財団のホームページには、解散の理由として以下のように書かれいている。

財団を解散することはやむを得ないと私が考え、また、理事会、評議員会の皆様もお考えになった理由は、財政上の問題と人事上の問題との2面がございます。

出典:平成基礎科学財団解散のお知らせ

財源が確保しにくくなったことに関しては、

わが国の基礎科学・芸術等の非営利の文化事業が、その財源を主として国からの財政支援に依存しており、欧米諸国と異なり文化的事業に寄付する慣行が社会的に未だ定着していないこと、このような慣行を確立するための法整備が遅れていることに根本的な原因があると存じます。

出典:平成基礎科学財団解散のお知らせ

と述べる。

そして人事上の問題は、高齢化だという。

第2の人事上の問題は、私自身の高齢化に加え、これまで理事、評議員、監事として財団を支えてきてくださった方々も高齢化しているという事実です。より若い世代の研究者の方々にこの事業を引き継いでいただくことは好ましいこととは考えません。彼らはまだ現役で研究に従事していますので、これらの方々に後任をお願いするよりも、むしろ研究に専心していただき、いっそうの成果を挙げていただくことが望ましいと考えております。

出典:平成基礎科学財団解散のお知らせ

まずは10年以上活動を精力的に行われてきたことに心より敬意を表したい。

解散理由をみて、ため息が出てしまった。これは科学教育に関わらず、非営利組織の多くが直面する課題だからだ。ノーベル賞受賞者を擁してもこの壁を超えることができなかったのか…

非営利組織運営の難しさ

私はかつて、仲間とともにNPO法人サイエンス・コミュニケーションを立ち上げ、代表として団体運営にかかわってきたので、法人格の種類、法人格のありなしを問わず、非営利組織運営の難しさがよく分かる。

科学教育など、基礎科学の魅力を伝えるという活動は、収益事業を行うのが難しく、どうしても助成金や寄付に頼りがちだ。小柴博士が言うように、日本では寄付が盛んではなく、安定財源を確保することが難しい。

財源を確保するために、様々な収益事業を行っても、今度は逆に、その事業が活動のメインになってしまい、本来やりたかった活動がなかなかできないというジレンマに陥る。こうしたことが団体としての求心力を低下させることにもなる。

お金の問題は人事にも影を落とす。

年間2000万円程度の収入がなければ常勤職員を雇うことが難しいと言われているが、非営利組織は財政基盤が脆弱なので、常勤職員がいないところが多い。

そうなると、ボランティアの力を借りる必要が出てくるが、ボランティアの方々に活動を継続してもらうのは非常に難しい。

金銭的に報いることは難しい。営利企業と異なり、非営利組織は「ミッション」、いわば志が唯一のよりどころだ。志に共感するから活動するのであり、嫌ならやめればよい。ノルマを課し、活動を強制することもなかなか難しい。

だから、どうしても団体を最初に立ち上げた人たち、とくに代表、理事長がリーダーシップをふるうことになる。

それが世代交代を阻む。代表が積極的に動かないと活動が立ち行かないが、代表ばかりが動いていては、後継者が育たない。だから非営利組織の多くは、第一世代から第二世代へバトンタッチできず悩んでいる。

私も、様々な問題に直面し、結局自らが作った団体から去ることになった。

小柴博士の財団の解散は、まさに非営利組織がかかえる問題が如実にあらわれた事例と言えるだろう。

壁を乗り越えるには?

小柴博士の財団のように、科学教育や科学振興に関する活動を行う組織は全国に存在する。科学技術振興機構(JST)は、こうした活動に助成するなど、支援している

しかし、こうした活動を行う団体はまだまだ少ない。

内閣府の資料によれば、科学教育や科学コミュニケーションなど、「科学技術の振興を図る活動」を行うNPO法人は2,874。「保健、医療又は福祉の増進を図る活動」を行うNPO法人(29,852)の十分の一程度しかない。そのうえ、上で述べたように、財政的、人的な問題を抱える小規模団体も多い。

しかし、数は少ないとはいえ、成功事例も存在する。

NPO法人数理の翼は、フィールズ賞受賞者の広中平祐博士によって設立され、30年以上合宿形式のセミナーを開催している。NPO法人市民科学研究室は、市民自らが科学に関する諸問題を調べるという草の根の活動を長年行っている。

日本の寄付文化の弱さなど、確かにハンディキャップはあるが、嘆いているだけでは何も変わらない。私自身、一度は失敗してしまった科学技術に関する団体作りをあきらめてしまったわけではない。

株式会社という形態で活動する組織のなかには、注目すべき存在がある。リバネスは理科教育を含めた多彩な事業を行っている。スペースタイムも、科学コミュニケーションに関する活動を行う株式会社だ。ほかにも、人工流れ星を作ろうとしているALEも注目すべき存在だ。これらは非営利組織としての弱点を、営利組織として乗り越えたと言えるのかもしれない。

こうした団体の活動は、非営利団体も多いに学ぶべきだ。

サイエンスアゴラ2016に集え

タイミングよく、来週2016年11月3日(祝)から6日(日)まで、東京お台場でサイエンスアゴラ2016が開催される。科学技術と社会を考える様々な企画が開催されるが、ここに全国で活動する科学技術関連の組織が集結する。11月4日には「サイエンスフェスティバルの担い手たちをつなぐ対話集会」が開催され、全国から集った人たちが熱く議論する。

小柴博士の財団の解散に衝撃を受けた人は、ぜひお台場に集ってほしい。小柴博士の思い、精神が、次世代に引き継がれていくことが肌で分かるだろう。

確かに、志だけでは乗り越えられない課題は多いが、成功事例、失敗事例から学び、前進していこう。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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