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トランプ大統領誕生で科学技術はどうなる?

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
まさかのトランプ氏勝利で、アメリカの、世界の科学技術はどうなる?(写真:ロイター/アフロ)

まさかの勝利

1年前、いや、1か月前でさえ、今日の日のことを誰が予想できていただろう。実業家のドナルド・トランプ氏が、11月8日(現地時間)投票のアメリカ大統領選挙で勝利確実となった(ニューヨークタイムズ紙より)。

アメリカ国民は変化を選んだ。他国の国民の選択だから、異国の我々がとやかく言うことではない。とはいえ、世界有数の大国アメリカの指導者は、世界に影響を及ぼす。世界はかたずをのんで開票結果を見守った。

結果を受け、日本でも株価が下落し、円高が進んでいる。

科学者はクリントン支持

科学者の多くはヒラリー・クリントン氏支持だった。

Nature誌はクリントン氏支持の社説を公表している。

同誌は、トランプ氏は地球温暖化を否定しており、女性蔑視発現も繰り返しなど危険な人物だとしており、かつ以下のようにクリントン氏支持を述べる。

And not just because she is not Donald Trump. Clinton is a quintessential politician- and a good one at that. She has shown tremendous understanding of complex issues directly relevant to Nature’s readers, and has engaged with scientists and academics.

(そして、彼女がドナルド・トランプではない、というだけでなく、クリントンは典型的な~よき~政治家だ。彼女はNature誌の読者に直接関係する複雑な問題を見事に理解しており、科学者や学術界にかかわりを持ってきている。)

出典:Nature2016年10月19日号社説

しかし、Nature誌の記事によれば、科学者のなかには、隠れトランプ支持者がいるようだ。研究業界は基本的にリベラルなので、不利益を恐れて公言はしないが…トランプ氏は科学技術に関する問題をあまり前面には押し出していないが、科学技術政策のなかみはある種どうでもよく、現状を変えてくれるという期待から、トランプに投票するという。

あるトランプ支持の科学者は以下のように言う。

“The popular impression I get is Clinton would go forward with business as usual and Trump is likely to upset things a bit. There’s a lot that could be improved in science.”(私が受ける一般的な印象は、クリントン氏は通常どおりビジネスを推進するが、トランプは物事を少々混乱させる傾向があるというものだ。科学の分野でも、それでよくなる部分はたくさんあるはず。)

出典:Nature誌記事

トランプ政権で科学技術はどうなる?

こうした隠れトランプ支持者が投票したからなのか、トランプ大統領が決まった。さて、この決定はアメリカの科学技術、そして世界、日本の科学技術にどのような影響を与えるだろうか。

民主党政権は基本的に「科学押し(pro-science)」で、共和党はそうではないという印象がある。

オバマ大統領は、就任直後に開催されたNASの年次総会に出席し、「基礎研究と応用研究、教育を通して米国の科学を再活性化する」、「研究開発投資をGDPの3%まで引き上げる」などと語り、科学の重要性を強調した。現役の大統領が就任直後のNAS年次総会に出席するのはジョン・F・ケネディ大統領以来であり、前任のブッシュ大統領が科学技術担当大統領補佐官を置かず科学顧問の任命にとどめたり、再生医療に必要なヒト胚性幹細胞(ES細胞)の研究予算を抑制するなど、科学界と距離感があったこととは対照的であった。

出典:米国の科学技術情勢

トランプ次期大統領も科学技術に距離を置くのだろうか。

この点は全く分からないとしか言いようがない。「(海外トピック情報)米国:2016年米国大統領候補 科学技術政策について( 平成28年10月5日 科学技術振興機構 研究開発戦略センター 海外動向ユニット)によれば、トランプ氏の科学技術に対する姿勢は不明な点が多い。

また、トランプ氏は共和党の主流派から距離を置いた言動で知られており、またニューヨークに拠点を置くこともあって、必ずしもこうした共和党の過去を踏襲するとは言えない。

かろうじてヒントになるのは、ScienceDebate.orgが送った、科学技術に関する20の質問状に対する両候補の回答だ

とにかく、クリントン氏に比べて文字数が少ない。あまり練り込まれていないと思われる。以下は科学技術振興機構 研究開発戦略センター 海外動向ユニットの資料による、質問と回答の日本語訳だ。

質問1:イノベーション 米国がイノベーションの先端であり続けるにはどのような政策が必要か?

回答1:市場への参入障壁の解消と自由・公平な経済活動の支援

宇宙探索におけるイノベーション支援と大学における研究開発投資

科学、工学、医学、その他の分野の投資促進

質問2:研究 財政的制約がある中で、科学・工学研究の優先順位は何か、短期的・長期的な投資のバランスをどのように取るのか?

回答2:実現可能な宇宙研究の推進と、その他の分野における企業支援事業者の確保

利害関係者による国家的な優先課題の評価

質問3:気候変動 気候変動に対する理解と政権として何に取り組むのか?

回答3:「気候変動」の存在自体に対する調査が必要

政府の財政が厳しい中、上水・感染症・食料生産・エネルギー問題へ予算利用を優先すべき

質問8:教育 女性・マイノリティを含む全ての学生が21世紀型の課題に対応できる教育を実施するためには何が必要で、現在の理数(STEM)教育は十分であると考えるか?

回答8:全ての学生に教育の機会を確保

市場動向を把握し、よりよい教育機会を多くの学生に提供

紋切り型の教育モデルの実施ではなく、公の学校教育制度は教育省ではなく地域・州の管理の下で推進すべき

質問19:移民 米国で大学院の学位を取得した科学者・工学者を支援するために移民政策を改正するか?

回答19:合法的に米国で教育を受けた個人に対しては、その後米国経済への貢献を望む場合滞在を許可

H1-Bビザについては、米国民や合法居住者が能力的に従事できない場合に限り企業の利用を認めるべき

質問20:科学的公正性 政府は、科学者・連邦研究機関に対する政治的な介入を避けつつ、どのように科学の透明性・説明責任の文化を醸成するのか?

回答20:政治的なバイアス無しに、科学の透明性と説明責任を確保

出典:2016年米国大統領候補 科学技術政策について 平成28年10月5日 科学技術振興機構 研究開発戦略センター 海外動向ユニット

気になるのは移民政策で、留学の際に何らかの影響が出る可能性がある。

いずれにせよ、もはや何が起こるか分からない。トランプ氏は科学技術でも「アメリカを再び偉大に」する気があるのか。

世界への、日本への影響はどうなるだろうか。日本は核武装するのか?軍事研究はどうなるのか?

世界は新しい時代に突入した。もう後戻りはできない。日本の科学者も、トランプショックに備えよ。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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